第8話
魔法少女レインは、今まで沢山のヴィランと戦ってきた。
凶悪な見た目の怪人、山の様な巨大を誇る敵、人の形を外れた異形。どれもこれもかなりの強敵だった。
今、レインの前に立つ怪人は、今まで戦ってきた怪人の中で最もシンプル。人の形を外れるわけでもなく、巨大を誇るわけでもない。見た目も他の怪人と比べれば地味に見える。
けれど、目の前に立つ怪人からは、今まで戦って来た全ての怪人達を足しても、なお足りない圧力を感じる。
ただ立っているだけなのに、押しつぶされるかのような存在感。全身の毛が逆立ち、ソラの頭の中では先ほどから警告音が鳴り響いて止まらない。
今までに出会った事ない強敵の出現に、ソラは右耳に付けてある通信機を起動する。
「司令部、応答を願います」
『聞こえているよレイン君』
通信機から帰って来たのは、穏やかで年齢の重みを感じさせる声。
「すぐに私から100キロメートル圏内に避難指示を。誰一人としてここに近づかないでください」
『無茶です!!測定器が機能不全を示す程の敵ですよ!?戦うなんて……!!せめて援軍を呼ぶべきです!!』
続いて聞こえて来た若い女性の言葉は正論だ。けれど、他に取れる選択肢をソラはは持っていない。
「この近くに私と共闘できるヒーローはいません。下手に人を集めても私が本気を出せなくなります。悪戯に人数をかけるよりも、私一人で戦った方が可能性があります」
『レイン君、死ぬ気ではあるまいね』
「まさか。私はいつだって勝つ気でいます。ただ、戦闘データは全て記録してください」
ソラは通信機を切り、前を向く。
正面に立つのは、俺/怪人。
「別に、逃げてもいいんだぞ」
本気のソラから逃げるのは、少しだけ骨が折れそうだ。俺としては、このまま逃げてもらった方が都合がいいのだが。
「私が逃げたら、誰が貴方の前に立つんですか」
怪人を前にして逃げる選択肢など、魔法少女レインは持っていない。
怪人から逃げすヒーローがどこにいようか。最強の名を冠するからではなく、ただ一人のヒーローとしてソラは俺の前に立つ。
例え命の灯火が消えようとも、今日の全てを次のバトンに繋ぐ為に。
(あぁ、なんて)
なんてかっこいいんだろう。
力量差が分からないが故の蛮勇ではない。力量差を理解した上で立ち向かう勇気。
ヒーローと名乗ってはいるが、一人の少女。いくら力があろうとも、怪人の前に立つなど怖い筈のなのに。
俺を射抜く瞳には、力強い光が輝いている。
今の姿は、まさに俺が憧れるヒーローそのもの。
なら、ここで逃げて彼女を蔑ろにするなどできない。怪人としての姿を晒したのだ。今はただの怪人として、最後までヒーローに付き合おう。
「ヘイル!!!!」
降り注ぐ2mの氷の塊。まるで流星群のように俺めがけて大量に落ちて来る。
さっきまでは逃げるしか無かったが、今は違う。
「因子解放」
怪人の中には上級怪人と呼ばれる怪人達がおり、人間形態では上級怪人の能力は負担が大きすぎて使用する事ができない。
しかし、怪人態となった俺は、全ての使用制限が解除される。
「重力怪人グレイホール」
重力を操る異能により、俺に降り注ぐ氷塊群は強化された重力によって地面に叩き落とされる。ただの一つも例外はない。
「ライトニング!!」
「因子解放、家電怪人オールデンカーン」
空間を断ち切る稲妻。
並みの怪人なら食らっていただろうが、生憎とこちらは特別製。一度見た攻撃の前兆を見流すほど甘くはない。
怪人を焼き切る天の剣は、異能の力を起動した左手を空に掲げる事で簡単に吸収された。
「ヘイル、テンペスト!!!!」
「因子解放、烈風怪人タツマキ×火炎怪人ヘルフレイム」
ソラの放った氷の刃を乗せた竜巻に、俺は炎を巻き込んだ竜巻をぶつける。
怪人態の出力は、人間態を超える。正面から打ち合えば叩き潰されるしかなかった先ほどまでとは違い、今は相殺も余裕。
氷と炎の竜巻はお互いに食い合い、衝突することで完全に消滅する。
「っ……!!」
悉く、ソラの放つ全ての魔法が潰される。
上がった出力、異能の手数。だが、本当に恐ろしいのは、ソラの手を見てから的確な一手を差し込んでくる判断力。
快楽に任せた暴力ではなく、理性を持って振るわれる力。これだけの戦力差があるというのに、ソラは目の前に立つ怪人から油断を感じなかった。
「テンペスト……!!」
単純な出力のぶつけ合いでは勝ちの目が無いと判断したソラは、全身に風を纏って俺に突撃する。
剣のように振るわれる傘。前回は腕を硬化しても防ぎきれなかった。
「来い」
だが、怪人としての俺は違う。
横薙ぎに振るわれる黒い傘。しなりながら迫る黒い一撃を、俺は異能を使わずに片腕で受け止めて見せる。
100パーセントの力を発揮した俺の肉体は、この程度の一撃ではビクともしない。
「まだ……!!」
巨大な金属を殴りつけたかのような感触が、ソラの手に伝わる。
今の一撃では欠片ほどのダメージも与えられていない。ならば、与えられるまで攻撃するだけだと、ソラは風によって加速し、俺の周りを高速で飛び回りながら連撃を放つ。
「へぇ…!!」
まるで舞踏のように放たれる連撃を弾きながら、これだけの攻撃を成立させるソラに改めて驚く。
一撃一撃のキレ、次までの組み立ての速さ。咄嗟のアドリブ力など、近接戦闘力も驚くほど高い。
ただ異能の力に胡座をかいているのではなく、数多の戦闘経験値に裏打ちされた確かな実力。
だが、俺を打倒するにはまだ足りない。
「テンペスト!!」
「それはもう見た。因子解放」
傘に風を纏わせた一撃。触れれば圧縮した風が解き放たれ、大きく体制を崩す事になるだろうが、この攻撃も既に見ている。
こちらも腕に風を纏わせる事で、相殺どころか逆に大きくソラを押しのける。
「だとしても!!」
「無駄だ!!」
更に一段と加速して突っ込んで来るソラ。だが、近接は圧倒的に俺に分がある。
直線的な攻撃など通用するわけがない。俺は逆に風を纏った右の拳でカウンターを放つ。
「きゃあ!!!!」
拳を傘でガードするも、殺しきれない衝撃と炸裂した風によって大きく後ろに吹き飛ばされ、ソラは地面を転がる。
泥の上に倒れた彼女は、歯を食いしばりながらまっすぐに立ち上がる。綺麗だった髪や衣服は、雨と泥に濡れボロボロ。最初の姿と比べると見る影もない。
けれど、ソラの輝きに一片の陰り無し。
「立つのか、ヒーロー」
「当然……!!」
力の差は示した。ソラの攻撃を悉く上から叩き潰し、凌駕した。
絶望してもいいだろう。逃げ出したって仕方ない。戦意を失って立ち尽くす方が自然だ。けれど、ソラの瞳はまだ死んでいない。
泥に汚れならも輝く瞳は、どこまでも勝利を見据えている。
「お前の力は把握した。もう残された手もないだろ」
ソラの魔法は大体把握した。
天候を操る魔法は強力で、恐ろし手数に範囲、威力を誇るが、俺には届かない。
もし、彼女に匹敵するヒーローがこの場にもう一人いたなら、あるいは届いたかもしれないが、たらればを話したところで現実は変えられない。
「残された手なら、まだ、ある……!!」
確かにほとんどの魔法は届かなかったが、ただ一つ、ソラには残された奥の手がある。
ソラが傘の先端を空に向ける。釣られて俺も上を向くと、空には超巨大な水の塊が浮いていた。
「さっきの近接はこれを悟らせないためのものか!!」
「例え一度見せたとしても、これはかわせないでしょ!!!!」
空からの攻撃を最初に切り、途中から近接攻撃に持ち込むなどで空に対する意識を逸らした。
全ては、この一撃の為に。
「メイル、シュトローム!!!!!!!!」
魔法少女レインの必殺技、メイルシュトロム。
雨を操作、集約して放つ質量攻撃だが、操作できる水量に限界はない。
つまり、雨が降れば降るほどに、操作可能の水量は増え続けていく。理論上、時間経過により彼女の火力は無限に上昇し続ける。
降り注ぐ大量の水は、まるで神話に現れる洪水のようだ。俺が見てきた中で最も巨大な一撃。
断言しよう。彼女の牙は俺に届きうる。だが、今ではない。
「因子、解放」
事実上無限の魔力に、理論上無限の火力。研ぎ澄まされた異能に、磨き抜かれた戦闘能力。最強の名を冠するのは伊達じゃない。
しかし、俺もまた最強を冠するのだ。
街ごと飲み込まんとする巨大な水流に、俺は右手を握りしめ、体内に眠る異能を蜂起する。
「怪力怪人マッスラー×鋼鉄怪人アイアーン×火炎怪人ヘルフレイム×爆弾怪人ダイナマン×烈風怪人タツマキ×音楽怪人マイク・ジャックホーン×獅子怪人レオルド×魔狼怪人ヴォルフ×岩石怪人ガンロック×電気怪人デンキング×機械怪人アンドロボッド×恐竜怪人ダイナドー×猛牛怪人バッフマン×魔竜怪人ドラグノフ×妖刀怪人ザムライ×騎士怪人ナイトホース×魔鮫怪人シャックジョー×四獣怪人スザク×四獣怪人ビャッコ×吸血怪人ヴァンバッド×妖怪怪人アヤカシ×白光怪人ホーリー×黒闇怪人ダークネス」
23体もの怪人の異能を発露し、右腕に集約する。ここまでの数は流石に溜めと集中力が必要だが、標的は大きく俺めがけて一直線に迫ってくるため、どこに打とうが絶対に当たる。
細かな調整は必要ない。混ぜ合わせる事も、組み合わせることもしない。ただ、破壊力を上から重ね合わせ、拳と共に放つ。
「お前に雨は似合わない」
激突は一瞬。降り注ぐ激流に俺の拳が触れると、込められた破壊力が水流を駆け登り、逆流した破壊の嵐が水の悉くを蒸発させ、消し飛ばし、僅かな飛沫を残して、他の全てを破壊しつくした。
「うそ……」
魔法少女レインが今放てる渾身の必殺技をかき消してなお、俺の一撃は勢いを失わない。
放たれた衝撃は水流を貫きながら空へと突き進み、ついには天を穿つ。
重くのしかかっていた灰色の雲には大きな穴が開き、塗りつぶされていた青空が姿を現す。暗く雨に濡れていたソラの頭上から、暖かい太陽の光が降り注いだ。




