7話
「私の事知ってるんだ」
「……この国に住んでいて、あんたの名前を知らない人の方が少ないだろ」
ダークマターと戦った英雄の一人。実際に姿を見た事ある人は少ないだろうが、名前ならば誰だって知っている。
当然、彼女の武勇も。
「当分前に引退したと聞いていたが?」
「引退してましたよ。でも、最近色々あって復帰する事にしたんです」
魔法少女レインは結社ダークマター壊滅後に引退した筈だったが、運の悪いことに丁度復帰したらしい。
「私の事を知っているなら話が早いですね。大人しく変身を解いて投降してください。今なら手荒な真似はしません」
「どうして、俺は何もしてない」
「そんな言葉が通用しないことぐらい、他でもない貴方がわかっている事でしょ。その姿を晒している時点で、貴方は全てを疑われる立場にある」
まあ、そうだろう。
ド派手な戦闘が起こった場所にいるヒーローとヴィラン。例え俺が協力者だと言っても、実際に現場を見ていなければ誰も信じない。
むしろ、ダークマターの残党が今回の事件を起こしたのではと、疑われている可能性だってある。
今の俺は、最も疑わしい容疑者だ。
「もう一度言います。今すぐ変身を解除して投降してください」
問答無用で襲ってきても良い筈なのに、この期に及んでまだ投降を勧めてくる。
ソラは本当に優しい。だが、今はソラの優しさを受け取るわけにはいかない。
「すまないが、断る!!」
右手に炎を、左手に氷を。
「因子解放!!火炎怪人ヘルフレイム×氷結怪人形態ツンドラ!!」
右と左、同じ出力の異能を胸の前でぶつけ合う。
「スチームバースト!!!!」
氷と炎がぶつかり合い、大量の水蒸気が爆発的に生み出される。
真っ白な水蒸気は視界を塞ぎ、煙幕のような役割を果たす。ソラの視界が塞げている間に、全力で逃げるため背を向けると。
「――テンペスト」
突如、巨大な旋風が巻き起こり、水蒸気を纏めて吹き飛ばす。視界は晴れ、俺の位置は丸裸。
俺の逃走は、たった一手で潰された。
「抵抗するならしょうがない。少し、痛い目を見てもらいます」
最強と呼ばれた魔法少女が、動く。
「来るか……!!」
まともに戦う必要は無い。俺の勝利条件はソラを倒す事でなく、どうにか隙を見つけ逃げ出す事。
「テンペスト」
荒れ狂う風を自らの翼と変えたソラが、俺との距離を一息で詰める。
「因子解放、鋼鉄怪人アイアーン……!!」
まるで剣のように振るわれる黒い傘を、鋼鉄化した右腕で受け止める。
「ぐっ……!」
重い。鋼鉄化した腕で防いだのにも関わらず、鈍い痛みが腕に残り、僅かにだが後退させられる。
ソラの攻撃は一度で終わらない。続けて二撃、三撃と振るわれる傘。
合わせる様に俺は左腕も鋼鉄化し、両手で攻撃を捌いていく。
「テンペスト」
高速で放たれる突き。
両手をクロスして受け止める事に成功した、筈だった。
「っ!?」
突きを受け止めた後から来た二つ目の衝撃。
ソラは傘の先端に圧縮した風を纏わせ、俺が突きを防いだ瞬間に風を破裂させた。
解き放たれた風は衝撃破の如き破壊力を産みだし、俺は数メートルほど後ろに吹き飛ばされる。
「ヘイル」
不意に、俺に向かって来る大きな影が見えた。
上を向くと、空から直径3メートル程の巨大な氷の塊が俺目掛けて落ちてくる。
高速で接近する飛来物に、回避する時間はない。
「因子解放!!火炎怪人ヘルフレイム×怪力怪人マッスラー!!」
既に発動している鋼鉄化に、炎と怪力の異能を掛け合わせた咄嗟の三重発動。
筋力で強化された鋼鉄の右腕に炎を纏わせ、迫り来る氷を真正面から打ち砕く。
「ぐっ……!!」
炎を纏った鋼鉄の拳は、見事氷の塊を砕いてみせた。
だが、反動は大きい。異能の三重発動は負担が大きく連発できるものじゃない。この身体での切り札的存在を、早々に切らされた。
「貴方、何者ですか」
反動は大きくとも、ソラの攻撃全てを迎撃した。ソラとして、魔法少女レインにとってこんな結果はあり得ない。
「……見ての通りだが」
「私がどれだけ貴方達と戦ってきたと思ってるんですか?ただの戦闘員が私の攻撃を捌ききれる訳がない」
今まで戦ってきた戦闘員は初撃で沈んだ。なのに、今ソラの目の前に立つ戦闘員は初撃を受けきっただけでなく、全ての追撃を悉くしのぎ切って見せた。
高すぎる戦闘能力に複数の異能。相対して分かる異常さに、ソラは警戒レベルを飛躍的に引き上げる。
「少し本気を出します」
ポツリ、と顔を覆う装甲に水滴が垂れる。
最初は数滴だったが、徐々に数と勢いが増していく。
「雨……」
空を見上げると、あれだけ澄んでいた碧空が灰色に塗りつぶされていた。
世界を照らしていた太陽は、分厚い雲に遮られて姿を隠す。
(まずいな……)
降り注ぐ雨にソラは持っている傘をささずに立っている。
サラサラとした髪は濡れ、ゴシックドレスは肌に張り付く。あれだけ綺麗な姿をしていたのに、全身ずぶ濡れの台無しだ。
だが、身なりとは反対に、ソラから発せられる圧力は増すばかり。
「これが最後です。変身を解いて投降してください」
「断る」
「何故です。私の名前を知っているなら、魔法も知ってるはず」
知っているとも。
魔法少女レインの魔法。彼女は、空を支配する。天候こそ彼女の武器。
俺は今、全方位から銃口を突き付けられているようなもの。
「知ってるさ。それでもだ!」
敵がどれだけ巨大でも、ここで諦めるわけにはいかない。
「残念です」
ソラが傘の先端を空に向ける。
「ライトニング」
一瞬の煌めき。続いて轟音。
空間を焼き切る光の名前は、稲妻。
「因子解放ォ!!!!」
反射では間に合わない。もはや勘の域で、俺は咄嗟に電気怪人エレキングの異能を発動し、稲妻をどうにか受けきった。
後一瞬でも遅ければ、今の一撃で勝負はついていた。
「テンペスト」
「がっ!?」
車に跳ねられたような衝撃で、俺の体が浮き、思いっきり後ろに吹き飛ばされる。
「ヘイル」
雨に交じり、光を反射する大量の礫。
氷で出来た数センチの無数の刃が、雨の如く広大に降り注ぐ。逃げ場は無い。
「因子解放!!火炎怪人ヘルフレイム!!」
地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がる体をどうにか起き上がらせ、空に向かって火炎を放ち氷を溶かし尽くす。
一手間違えれな即敗北。遅れるだけでも取り返しがつかない。
「なんて規模だ……!!」
破壊力もさることながら、一つ一つの攻撃規模がデカすぎる。今まで戦ってきたどの敵とも比較にならない。
「ヘイル」
再び降り注ぐ氷の雨。今度は小さな刃ではなく、1メートルほどの塊だ。
小さな氷ならともかく、あの大きさの氷を瞬時に大量に溶かすには火力が足りない。
幸いな事に、大きさを増したことで降り注ぐ数自体は少なくなっており、どうにか走って避ける事が出来る。
「っ……!!」
尽きる事のない攻撃の雨。規模も手数も脅威だが、真に恐ろしのは、これだけの攻撃をしておきながら一切の消耗を感じさせないこと。
現在、この世界に存在する異能は魔法と超能力の二通りある。
二つにはいくつか違いがあるが、大きな違いは異能を使う際に消費するものだ。
超能力は体力を消費し、魔法は、魔法を扱える者のみが持つ魔力と呼ばれるエネルギーを消費する。
魔法は体力を消費しない代わりに、超能力よりも燃費効率が悪い。ここまでの規模の魔法を連発すれば、どれだけ大量の魔力を持っていたとしてもガス欠になる。
ただし、彼女を除いて。
「あの話は本当だったのか……!!」
魔法少女レイン。彼女の名前が示すように、降り注ぐ雨こそが彼女の真骨頂。
恵みの雨とはよく言ったもので、雨はレインにとって恵そのもの。彼女の魔法で振らせた雨の一滴一滴には魔力が含まれており、レインは雨に濡れる事で含まれる魔力を取り込むことが出来る。
結果、彼女は雨に触れ続ける限り消費よりも回復が上回ることで、魔力切れを起こす事はない。
事実上、無限の魔力を彼女は有する。
「メイル――」
雨はソラに恵みをもたらすが、敵対するものには脅威をもたらす。
ソラがこちらに向けてくる傘の先端に、大量の水が集約する。
雨に含まれる魔力の役割は回復だけではない。含まれる魔力自体が、ソラの操作対象。
「――シュトロム」
傘の先端に集約した大量の水が、俺に向かって放たれる。
逆巻く水流。純粋な質量攻撃。あの時俺が倒した似非ヒーローの攻撃と本質は同じでありながら、質も威力も何もかもが段違い。
「因子、解放……!!」
絶対零度の冷気を放つ。止まらない。
岩石を操り壁にする。止まらない。
放たれた水流は、勢いを保ったまま突き進む。
「因子、解放ォ!!!!火炎怪人ヘルフレイム×烈風怪人タツマキ×爆弾怪人ダイナマン!!」
炎、風、爆発の三重解放
今使える最大の異能で抗うが、この溢れんばかりの質量を止めるには至らない。僅かだが水量を減らす事に成功するも、俺は水流に呑まれ瓦礫の山に打ち付けられる。
「ガハッ……!!」
体が頑丈で良かった。
最後の抵抗が功を奏し、意識は手放さなくてすんだ。
「貴方、本当に何者ですか」
フラフラとどうにか立ち上がるも、身体中が悲鳴を上げる。
俺がどれだけ限界だとしても、ソラにとってあり得ない結果。必殺技を放った筈なのに、耐えられたのだから。
より一層警戒を強めるソラ。
「何者か……」
彼女に問われ、俺は自分の右手に視線を落とす。
「そうだな、俺はどうやら自分を過大評価していたらしい」
舐めていた。魔法少女レインを前にして、本気を出さずにどうにか出来るなど、自惚れでしかない。
何より、彼女を馬鹿にしすぎだ。過小評価にも程がある。
「結局俺は、人ではなく」
正直に言おう。俺は怪人の姿が好きではない。俺は人ではなく化け物だと自覚してしまうから。
できるなら、ずっとこのままの姿でいたい。なにより、彼女に俺/怪人を見せたくなかった。
けれど、我儘を通せる程に俺/人間は強くなく、我儘を通せる方法は一つしかない。
「ただの、怪人なのだ」
俺の前に立つのは最強の魔法少女。
ならば、全霊を賭ける事こそ彼女に対する礼儀。
彼女の前に立つなら、より相応しい姿にならなければ。
「変身」
この身に流れる力の全てを解放する。
バトルスーツでは溢れる姿を抑える事ができず、エラーを吐きながらスーツは解除される。
黒い光と共にスーツが消えていき、現れるのは黒い人形の異形。黒いマフラーを靡かせながら、赤い瞳を彼女に向ける。
「貴方は……!?」
彼女にならば名乗ろう。俺の名前を、脅威を。
「俺か、俺の名前は――」
結社ダークマターが作り上げた最高傑作。彼女とは異なる最強を名付けられた異形。
「――終焉怪人エンド」
世界を破壊せよと産み落とされた怪人だ。




