最強の従者は、世界を高画質で見ている
デバッグ空間から現実の森へと戻る。 リリスは初めて見る「外の世界」に目を輝かせていた――と言いたいところだが、彼女の反応は違っていた。
「主様、この世界……なんだか汚くありませんか?」
リリスが眉をひそめて周囲を見回す。 無理もない。俺が手塩にかけて「4K高画質化」したリリスにとって、このバグだらけでテクスチャの粗い世界は、解像度の低いレトロゲームのように見えているのだろう。
「神様の手抜き工事だからな。俺たちが少しずつ直していくしかない」
「分かりました。主様が望むなら、この世界を全て『削除』して作り直しましょうか?」
「待て待て、物騒すぎる。修正でいいんだよ」
リリスの手には、いつの間にか黒い大鎌が握られていた。 あれも没データの中にあった武器データだろうか。攻撃力が不安になるので、今は見ないことにしておく。
◇
村に戻ると、ちょうど勇者アレンたちが撤収するところだった。 彼らは熊を倒した(と勘違いしている)高揚感で、意気揚々と馬に跨っている。
「フン、田舎村にしては良い宿だったぞ。感謝するんだな」
アレンが村長に金貨を投げ捨てる。 相変わらず感じの悪い奴だ。 その時、アレンの視線が俺の隣にいるリリスに釘付けになった。
「な……なんだ、その女は!?」
アレンだけではない。パーティーメンバー全員が息を呑んでいる。 ボロボロの服を着た村人たちの中に、一人だけ発光しているような美少女が混じっているのだ。目立たないわけがない。
「おい貴様! その美しい娘は誰だ! この村の者か?」
アレンが馬から飛び降り、ツカツカと歩み寄ってくる。 リリスの美貌に目を奪われているらしい。 彼はリリスの前でキザなポーズを取り、手を差し出した。
「僕は勇者アレン。君のような宝石は、こんな泥だらけの村には相応しくない。どうだ、僕のパーティーに入らないか? 王都での暮らしを約束しよう」
典型的な勧誘イベントだ。 だが、リリスの反応は冷ややかだった。 彼女はゴミを見るような目でアレンを一瞥し、俺の背中に隠れるようにしてしがみついた。
「主様……この低ポリゴンの男、誰ですか? 声質が低すぎて耳障りなのですが」
「ぶっ……!」
俺は吹き出すのを必死に堪えた。 リリスにとって、一般人のアレンは「画質の悪いモブ」にしか見えていないらしい。
「て、低ポリゴンだと……!?」
意味は分かっていないようだが、侮辱されたことだけは理解したアレンが顔を真っ赤にする。
「き、貴様ぁ! 勇者である僕を愚弄するか! さては魔族の手先だな!?」
アレンが聖剣に手をかける。 殺気立つ勇者パーティー。俺はため息をついて前に出ようとしたが――それより早く、リリスが動いた。
「主様に剣を向けるなど……万死に値します」
リリスがスッと手を掲げる。 詠唱はない。魔法陣も出ない。 ただ、空間に「ジジッ」という嫌なノイズ音が走り、彼女の指先から黒い稲妻のようなエフェクトが迸った。
「――【強制終了】」
ブォンッ!
アレンたちが抜こうとした聖剣や杖が、突然「ガラスのように砕け散った」。 いや、砕けたのではない。 剣の破片が地面に落ちる前に、無数の「0」と「1」の数字の羅列に変わって霧散したのだ。
「は……? 僕の聖剣が……!?」
アレンが何も掴めなくなった空の手を呆然と見つめる。
「今回は武装解除だけで許してあげます。次はありません」
リリスが冷徹に告げる。 その理解不能な現象に恐怖したのか、アレンたちは悲鳴を上げて逃げ出した。
「ば、化け物だあああ!」 「覚えてろよおおお!」
捨て台詞を残して去っていく勇者たち。 村に平和が戻った――が、俺の心拍数は跳ね上がっていた。
「おい、リリス」 「はい、主様! 追い払ってやりました!」
褒めてほしそうに振り返るリリス。 だが俺は、彼女の頭を撫でる前に、慌てて管理者コンソールを開き、直前のログを確認した。
[System Warning: Memory_Corruption_Detected]
Target: Holy_Sword_Excalibur
Status: Lost (Not Found)
Cause: Unknown_Glitch_Interference
「……マジかよ」
俺の背筋に冷たいものが走った。 俺の能力は【編集(Edit)】だ。コードを正しい記述に書き換えたり、数値をいじったりする正規の管理者権限。 だが、今リリスがやったのは違う。
彼女はコンソールを介さず、対象のデータそのものに直接干渉し、強制的にクラッシュさせたのだ。 正規の手順を踏まない、乱暴で破壊的なデータの抹消。 それはまるで――
(『管理者』の俺に対して、こいつは触れるもの全てを破壊する『コンピュータ・ウィルス』そのものじゃないか……!)
とんでもない爆弾を抱え込んでしまったかもしれない。 だが、リリスはそんな俺の懸念を知ってか知らずか、無邪気に小首を傾げている。
「主様? どうされました?」 「……いや。お前、データの消し方が雑すぎないかと思ってな」 「雑? これでも手加減したのですが……。本気を出せば、あの勇者ごと『文字化け』させてあげられたんですよ?」
リリスがニッコリと笑う。恐ろしいことをサラッと言わないでほしい。 俺は深くため息をつき、諦めて彼女の頭に手を置いた。
「……とりあえず、これからは俺の許可なく能力を使うのは禁止だ。世界が穴だらけになっちまう」
「はい! 主様の仰せのままに!」
嬉しそうに目を細めるリリス。 最強のデバッガー(修復者)と、最強のバグ(破壊者)。 この凸凹コンビによる世界修正の旅は、前途多難な予感がした。




