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隠しダンジョンの最奥に、没データが捨てられていました

勇者アレンが引き起こした「オーバーフロー爆発」の跡地に戻ると、そこには直径五十メートルほどのクレーターができていた。  煙が晴れた底を覗き込むと、空間が奇妙に歪んでいる場所がある。  空気がモザイクのように乱れ、向こう側に「何もテクスチャが貼られていない灰色の空間」が見え隠れしていた。


「……マップの座標指定ミスで、裏世界への穴が開いたか」


 ゲームでよくあるバグだ。  壁抜けグリッチを使って侵入する「開発者用ルーム」や「没エリア」。  俺は興味本位で、その歪みの中に足を踏み入れた。


 ◇


 その空間は、明らかに異質だった。  地面は白とグレーの市松模様チェッカーボード。空には光源設定がなく、全体が均一に薄明るい。  遠くには、動きのない棒人間のようなモデルが数体、T字のポーズ(T-pose)で浮いている。


「うわ、完全にデバッグルームだ……」


 作りかけで放棄されたデータ置き場。  俺がコツコツと足音を響かせて歩いていると、空間の中央に、ひときわ大きなノイズの塊を見つけた。


 それは、巨大なおりのようなオブジェクトの中にいた。  鎖で繋がれた、一人の少女――いや、少女の「形」をした何かだ。


 銀色の長い髪は、毛先がギザギザのポリゴンになっている。  肌は真っ白で血の気がなく、質感マテリアルが設定されていない石膏像のよう。  そして何より、彼女の身体は半透明で、明滅フリッカーを繰り返していた。


「……誰だ?」


 俺が近づくと、少女の瞼がわずかに震えた。


「……あ、ぅ……」


 声が割れている。  まるで壊れたラジオだ。彼女の頭上にウィンドウが表示される。


<Object: Unnamed_NPC_00>

[Race: Demon_Lord_Daughter (Deleted)]

[Status: Corrupted (破損)]

[Execute: Force_Delete_Pending...]


「魔王の娘……の削除済みデータ?」


 ログを見て察した。  開発初期には「魔王の娘」という重要キャラとして作られていたが、シナリオ変更か何かの都合で「やっぱ無し」にされ、データを消すのも面倒だからこのゴミ捨て場に隔離されたのだ。


『……くる、しい……たす、け……』


 ノイズ混じりの声が、直接脳内に響く。  彼女の身体が激しく点滅し始めた。  システムの自動クリーニング機能が、彼女を「不要なゴミ」として完全消去しようとしているらしい。


「……ふざけんなよ」


 俺の中で、何かが切れる音がした。  社畜時代、俺も何度も経験した。「仕様変更」の一言で、血の滲む思いで作ったプログラムがゴミ箱行きになる瞬間を。  作り手が愛さなくてどうする。一度生み出したなら、最後まで責任を持てよ。


「安心しろ。俺が直す(デバッグする)」


 俺は両手を広げ、管理者コンソールを最大展開した。  かつてないほど膨大なコードが滝のように流れる。


「まずは身体データの復元リストアだ」


 俺は彼女の構成ファイルをロックし、消去プロセスを強制停止キルさせる。  そして、欠損しているデータを俺の権限で書き込んでいく。


 肌の質感テクスチャ。  ――石膏のような白さじゃ味気ない。最高級の「透き通るような白磁の肌」に変更。触り心地は「柔らかめ」に設定。


 髪の解像度。  ――ローポリゴンなんて許さん。一本一本がサラサラと揺れる物理演算を適用。色は「月光のようなプラチナブロンド」だ。


 声帯の設定。  ――ノイズ除去。クリアで、聞いていて落ち着くアルトボイスへ調整。


「……くっ、データ量が重い! 神様、なんでこんな高スペックな素体を作って放置したんだ!」


 俺の額から汗が流れ落ちる。  だが、指は止まらない。むしろ楽しい。  自分の理想を詰め込んだキャラクターを作り上げる、究極のキャラメイク。


 最後に、彼女の瞳の設定だ。  今は「Null(虚無)」になっている瞳孔に、色を入れる。


「よし、オッドアイにしよう。右は赤、左は青。……中二病っぽいか? いや、魔王の娘ならこれくらいが映える」


 Update Complete.  Enter.


 パァァァァッ……!


 眩い光が檻を弾き飛ばす。  光が収まると、そこには市松模様の無機質な空間には似つかわしくない、圧倒的な存在感を放つ美少女が立っていた。  この世界(低画質)の中で、彼女だけが4K画質で描かれているかのような美しさだ。


 彼女はゆっくりと目を開く。  ルビーとサファイアのような瞳が、俺を映した。


「……ノイズが、消えた?」


 鈴を転がすような声。  彼女は自分の手を見つめ、身体をさすり、そして俺を見た。


「貴方が、直してくれたの?」


「ああ。ついでにちょっと俺の趣味が入っちまったが、文句はないよな?」


 俺が軽口を叩くと、彼女はポロポロと涙を流し――いきなり俺の胸に飛び込んできた。


「ありがとう……っ! ずっと、ずっと暗い闇の中で、消えるのを待つだけだったのに……!」


 柔らかい感触と、いい匂いが俺を包む。  ウィンドウには、新たなログが表示されていた。


<Partner: Lilith>

[Race: True_Demon]

[Loyalty: MAX (Unbreakable)]

[Role: Devoted_Servant]


 名前はリリスになったらしい。  忠誠度はマックス。役割は……「献身的な従者」か。


あるじ様……私の全てを、貴方に捧げます」


 リリスは俺を見上げ、うっとりとした表情でそう言った。  どうやら俺は、とんでもないスペックの相棒(NPC)を手に入れてしまったらしい。


「……さて、帰るか。この何もない世界から」


 俺はリリスの手を引き、現実世界(バグだらけの森)への出口へと向かった。  没データを拾ったつもりが、世界最強の戦力を手に入れてしまったとは知らずに。

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