表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/33

退職願を叩きつけて、俺たちはスローライフへ逃げ切る

満身創痍のジョーカーは、それでもまだ再起動リブートを試みていた。


『まだだ……。私は管理しなければならない……。世界を……仕様通りに……』


 彼の目には、狂気じみた使命感――いや、強迫観念が宿っていた。  それはかつての俺だ。  「自分がやらなきゃ世界が終わる」「休んだら迷惑がかかる」。そんな呪いに縛られていた、哀れな労働者の末路。


「もういい。休め、俺」


 俺はジョーカーの目の前に立った。  リリスとエリアが、左右で俺を支えてくれる。


「リリス、エリア。道を開けてくれ」 「はい! 主様の退職ロード、私が切り拓きます!」 「神よ、彼の門出に祝福を!」


 リリスが大鎌を一閃させ、ジョーカーの周囲に漂う防御障壁(未練)を斬り裂く。  エリアが浄化の光を放ち、ジョーカーの身体を蝕む「過労のノイズ」を洗い流す。


 俺は無防備になったジョーカーの胸元へ、一歩踏み込んだ。


「これが俺の、最後の業務だ!」


 手にした**【退職願】**。  それを、ジョーカーの胸――システムの中枢核コアへと、全力で叩きつけた。


 Target: Admin_Joker  Action: Submit_Resignation (Force_Quit)


 バシィィィッ!!


 乾いた音が響き渡る。  封筒が光の粒子となって、ジョーカーの胸に吸い込まれていく。


『あ……』


 ジョーカーの動きが完全に止まった。  彼の瞳から、強迫観念の赤色が消え、澄んだ青色が戻ってくる。


『……受理、されたのか?』


「ああ。有給消化も認めてやる。……これからは、好きに寝て、好きに遊べ」


 俺が告げると、ジョーカーは憑き物が落ちたように、ふっと笑った。  それは、俺が鏡で見たことのない、心からの笑顔だった。


『そうか。……なら、私は少し、眠らせてもらうよ』


 ジョーカーの巨体が、サラサラと崩れていく。  死ではない。  彼は「システム管理者」という役割から解放され、この世界の「ただの魔力データ」へと還っていくのだ。


 世界樹の中心に、静寂が戻った。


 ◇


「終わりましたね……」  エリアがへたり込む。 「主様。勝ちましたわ」  リリスが俺に抱きつく。


 俺はPCを閉じた。  もう、この世界を管理する存在はいない。  これからは、バグが起きれば現地へ行き、手動で直し、また新しいバグが生まれる。  そんな非効率で、面倒くさい世界だ。


「……ああ。帰ろうぜ、俺たちの家に」


 俺たちが洞窟の出口へ向かおうとした時、背後で小さな電子音がした。  振り返ると、ジョーカーが消えた場所に、一枚の「書き置き(テキストファイル)」が浮いていた。


> To Ren.

>

> Thanks for the debug.

> I left a "Admin Key" under the doormat.

> Use it wisely.

>

> P.S. The hot spring temperature is set to 42 degrees. Enjoy.


「……最後まで、気の利く野郎だ」


 俺は苦笑して、空中に浮かぶ「管理者キー(のデータ)」を受け取った。


 ◇


 数日後。  俺の領地――タワマン風洞窟のリビングにて。


「主様ー! 大変です! 畑のトウモロコシが足を速くして逃げ出しました!」 「レン様ー! 教会に飾った聖像が、なぜか踊りだして止まりません!」


 朝からリリスとエリアが騒いでいる。  管理者がいなくなった世界は、相変わらずバグだらけだ。


「はいはい、今行く。……ったく、退職したはずなのに、なんで前より忙しいんだ?」


 俺は文句を言いながらも、コーヒーを飲み干し、コンソールを展開した。  その顔には、前世のような疲労の色はない。


「ま、これくらい賑やかな方が、退屈しなくていいか」


 世界観がバグった世界で、元デバッガーの俺が修正(物理)して回る日々は、まだまだ続きそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ