ラスボスは『絶対定時退社させないマン』でした
世界の中心、カーネル領域。 俺の「影」であるジョーカーは、世界樹から溢れる膨大なデータストリームを吸収し、巨大な**「システム管理者」**の姿へと変貌していた。
その姿は、皮肉にも俺たちが前世で着ていた「ヨレヨレのスーツ姿の巨人」だった。 だが、その背後には数万枚の仮想モニターが展開され、世界中のあらゆる事象をリアルタイムで監視している。
『――業務開始。これより、世界統合プロジェクトの最終フェーズへ移行する』
ジョーカーの声が、重苦しいノイズとなって空間を震わせる。 彼がパチン、と指を鳴らした瞬間、世界が一変した。
美しい星空も、幻想的な光の輪も消え失せた。 代わりに現れたのは――「無限に続く灰色のオフィスフロア」。 整然と並ぶ無機質なデスク。蛍光灯の冷たい光。そして、耳鳴りがするほどの静寂。
「なっ……何ですか、この場所は? 息が詰まります……!」 聖女エリアが胸を押さえて膝をつく。 リリスも顔をしかめている。 「空気が……重い。魔力が循環していませんわ。まるで死んだ世界のようです」
『ようこそ、私の理想郷へ』
ジョーカーが見下ろす。
『ここでは「非効率」は許されない。「バグ」は即時削除される。「私語」は慎まねばならない。……さあ、君たちも席に着きたまえ』
ズズズ……! 俺たちの足元から、強制的に「オフィスチェア」と「デスク」が生えてきた。 身体が勝手に椅子に縛り付けられる。
「くっ、拘束コードか!?」
俺はPCを開き、解除コードを打ち込もうとした。 だが――
Error: Permission Denied (権限がありません) Error: Code Review Failed (コード規約違反です)
画面には無慈悲な赤文字が並ぶ。
『無駄だ、相馬レン。この空間では、私が承認しないコードは一行たりとも実行されない』
ジョーカーが冷酷に告げる。
『君のコードは汚い。可読性が低い。コメントが少ない。……よって、すべて却下する』
「……クソ野郎が。意識高い系エンジニアかよ」
俺は歯噛みした。 こちらの攻撃は全て「コードレビュー」という名目で無効化される。絶対的な支配領域だ。
「主様! 私が壊します!」
リリスが椅子を蹴り壊し、大鎌を振り上げた。 物理法則を無視した彼女の一撃が、ジョーカーの首へ迫る。
「消えなさい! この陰気なサラリーマン!」
だが、刃が届く直前。 ジョーカーはキーボードを叩くことなく、ただ「溜め息」を一つついた。
『――巻き戻し(Git Revert)』
ヒュンッ。
リリスの体が、残像のように後ろへ引き戻された。 壊れた椅子が修復され、彼女は再びデスクに座らされていた。 振り上げたはずの鎌は、元の位置に戻っている。
「……え?」 リリスが呆然とする。
『物理的破壊が発生した場合、直前の「正常な状態」まで世界をロールバックさせる。……ここでは、破壊活動など無意味だ』
「時間を……戻したのですか?」 「いや、データの復元だ。こいつ、バックアップを秒単位で取ってやがる……!」
俺は戦慄した。 攻撃は通じない。破壊しても戻される。 完全なる管理。終わりのない徒労。
『さあ、仕事を始めよう。納期は永遠だ』
デスクの上に、山のような書類(データ入力タスク)が出現する。 エリアが「い、嫌です! こんなの神の試練じゃありません! ただの拷問です!」と泣き叫ぶが、身体は勝手にペンを動かし始めた。
これが、ジョーカーの望んだ世界。 バグのない、変化のない、死に至るまでの完璧なルーチンワーク。
(……詰んだか?)
俺の心が一瞬折れかけた。 だが、その時。 俺のPC画面の端で、小さなポップアップが点滅した。
> Connection Request: Local_Host (Lilith)
> Message: "主様、怒っていいですか?"
リリスだ。 彼女はシステムに縛られながらも、俺との「個別の通信ライン(念話)」だけは死守していたのだ。
俺は口元だけで笑った。 ああ、そうだ。俺たちは「バグ」だ。 完璧なシステムほど、想定外の入力には脆い。
「……ジョーカー。お前は一つ間違いを犯した」 『間違い? 私のコードにバグはない』 「お前は『綺麗なコード』しか許さないと言ったな? なら……処理しきれないほどの『汚物』を食らわせてやるよ!」




