その聖剣、攻撃力オーバーフローにつき
村の宿屋で泥のように眠り、久しぶりに爽快な朝を迎えた俺は、窓の外からの騒がしい声で目を覚ました。
「おい村長! この村で一番いい食い物を持ってこい! あと馬の手入れもだ!」
なんともテンプレな悪態が聞こえる。 窓から顔を出すと、広場に豪奢な鎧を着込んだ男と、その取り巻きたちが立っていた。 金髪の美青年剣士、露出の多い魔法使い、そして大柄な戦士。 いかにも「勇者パーティーです」といった風体だ。
「あれは……アレン勇者一行か」
宿の主人が困り顔で教えてくれた。 どうやら彼らは、この地域に出没する「森の主」を討伐するために王都から派遣されたらしい。
俺は興味本位で、彼らの頭上に視線を向けた。 管理者権限発動。
<User: Allen (Hero)>
Level: 45
Job: Hero
Weapon: Holy_Sword_Excalibur (Ver.1.02)
Status: Arrogant (傲慢)
レベル45か。この辺りの敵レベルが平均10前後だから、過剰戦力もいいところだ。 だが、俺の目はある一点で止まった。
勇者が腰に差している聖剣。そのパラメータ記述がおかしい。
<Item: Holy_Sword_Excalibur>
ATK: 65535
Attribute: Holy
[Warning: Integer_Overflow_Risk]
「うわ……攻撃力、カンストしてるじゃねえか」
攻撃力『65535』。これは16ビット整数の最大値だ。 開発者が「最強の剣だからとりあえず最大値入れとけ」と適当に設定したのが見え見えである。 しかし、俺のプログラマーとしての勘が警鐘を鳴らしていた。 古いシステムで最大値を超えるとどうなるか。……そう、**オーバーフロー(桁あふれ)**だ。
「おい、そこの平民! 何を見ている!」
勇者アレンが俺に気づき、不愉快そうに鼻を鳴らした。
「勇者様をジロジロ見るとは無礼だぞ。……フン、まあいい。我々はこれから『森の主』を狩りに行く。せいぜい村で震えて待っているがいい」
彼らは高笑いと共に村を出て行った。 俺はため息をつく。
「……あいつ、絶対バグるぞ」
放っておけばいいのに、どうしても気になってしまうのが元デバッガーの悲しい性だ。 俺は彼らの後をこっそり追うことにした。
◇
森の奥深く。 開けた場所で、勇者たちは体長5メートルを超える巨大な熊――『森の主』と対峙していた。
「我にひれ伏せ、下等生物め!」
アレンが聖剣を抜く。 刀身が黄金の光を放っている。エフェクトだけは立派だ。 彼は補助魔法をかけられ、自信満々で熊に向かって突進した。
「必殺! ホーリー・スラッシュ!!」
その一撃は、確かに熊の脳天を直撃した。 はずだった。
ピキーン!
軽快な音が響き、熊の頭上に緑色の数字がポップアップした。
『Heal: 1』
「……は?」
アレンが動きを止める。 熊もキョトンとしている。 俺は木陰で頭を抱えた。
「やっぱりだよ! バフのせいで攻撃力が『65536』になっちまったんだ!」
16ビットの上限『65535』に、攻撃力アップのバフ『+1』が加わった結果、数値が一周して『0』になってしまったのだ。 いや、システムによっては『最小値』扱いになり、攻撃が反転して回復効果になっているのかもしれない。
「な、なんだ!? なぜ死なん!?」 「アレン、もう一度よ!」
アレンはパニックになりながら剣を振り回す。 しかし、斬れば斬るほど熊の傷が癒え、毛並みがツヤツヤになっていく。 逆に熊の方は、マッサージでもされている気分なのか、最初は困惑していたが次第に「グルァァァ!(もっとやれ!)」と元気になってきた。
「バカな……僕の聖剣が効かないだと!? この魔物、無敵か!?」 「きゃあああ! こっちに来るわー!」
元気になった熊が反撃を開始し、勇者パーティーは逃げ惑う。 完全に崩壊していた。
「……はぁ。仕方ない」
俺は木陰からウィンドウを展開する。 本来なら放っておいて逃げ帰らせるのが一番だが、このままだと熊が村まで追いかけてきそうだ。
「聖剣のコードを修正……いや、対象変更」
俺はアレンの聖剣ではなく、熊の方にアクセスする。 熊の防御力(DEF)の項目を見つけ、書き換える。
Target: Mad_Bear DEF: 500 → DEF: -66000
「ほらよ。防御力をマイナスにしてやったぞ。これなら計算式がバグってダメージが通るはずだ」
Enter.
その直後、逃げ遅れたアレンが、苦し紛れに剣を振った。
「く、来るなあああ!」
へっぴり腰の、剣の腹で叩くような情けない一撃。 それが熊の鼻先に触れた瞬間。
ドォォォォォォォン!!
まるで隕石が直撃したような衝撃波が発生した。 熊の上半身が消し飛び、森の木々が数百メートルにわたってなぎ倒される。 マイナス防御力にオーバーフロー攻撃力が掛け算され、とんでもないダメージ計算が叩き出されたのだ。
「……え?」
土煙の中、アレンが呆然と立ち尽くしている。 目の前には巨大なクレーター。 仲間たちが恐る恐る顔を出す。
「す、すごい……アレン! なんて威力なの!?」 「これが本気だったのね!」
「あ、ああ……まあな! 僕にかかればこんなものさ!」
アレンは震える手で剣を鞘に収め、引きつった笑顔で仲間に応えている。 俺はウィンドウを閉じ、ため息交じりにその場を離れた。
「やれやれ。デバッグ完了だ。……報酬もなしに、何やってんだか」
だが、俺は気づいていなかった。 今の衝撃で、森の奥にあった**「隠しダンジョン」**への入り口が、バグによって露出してしまったことに。 そしてそこで、一人の少女が助けを待っていることに。




