村の井戸が『Null』でした
森を抜けると、粗末な柵で囲まれた集落が見えてきた。 第一村人を発見し、俺は情報を集めることにした。
しかし、村に入った瞬間に違和感は確信へと変わった。 村人たちの挙動がおかしい。 道の真ん中で、三人の男が同じ軌道を歩き回り、定期的に壁にぶつかってはクルリと向きを変えている。 畑を耕している老婆は、クワを振り下ろす動作と音(SE)がズレている。
「NPCの挙動設定もガバガバかよ……」
頭を抱えていると、村の広場に人だかりができているのが見えた。 中心にいるのは、立派な服を着た老人――村長だろうか。彼は枯れ果てた井戸の前で、絶望的な顔で天を仰いでいた。
「ああ、神よ! なぜ我らを見捨てたもうたのか!」 「村長、もう水が一滴もありません……」 「このままでは作物が全滅ですじゃ……」
村人たちの悲痛な声。 だが、俺の目には別のものが映っていた。 井戸の周りに、真っ赤な警告色のエラーウィンドウが乱立しているのだ。
[Critical Error: Resource_Not_Found]
Object: Village_Well
Target: Underground_Water_L3
Status: Link_Broken (404)
「……なんだ。ただのリンク切れか」
俺は思わず呟いた。 井戸という「蛇口」と、地下水脈という「水源」を繋ぐパス(経路)が、何かの手違いで切断されている。 神様のうっかりミスか、あるいはアップデート時のデグレ(改修による不具合)か。どちらにせよ、致命的なバグだ。
俺は人混みをかき分けて前に出た。
「おい若造、何をしている! ここは神聖な場所だぞ!」
村長が俺を咎める。 だが、説明している暇はない。喉が渇いているのは俺も同じだ。 俺は虚空に手をかざし、管理者コンソールを展開した。
「な、なんだそれは!? 空中に光の板が……」 「魔法使い様か?」
ざわめく村人たちを無視し、俺はソースコードをスクロールする。 あった。井戸のプロパティ設定。 参照先が [Target: Null] になっている。これでは水が出るわけがない。
「じいさん、ちょっと下がっててくれ。今、修理を当てるから」
「しゅ、修理? 井戸は壊れてなどおらんぞ?」
「いや、内部データが壊れてんだよ」
俺はキーボードを叩く。 正しい地下水脈のIDを検索し、コピー&ペースト。 ついでに、一ヶ月も水が出ていないなら少し多めがいいだろう。 水量パラメータ [Amount: 50] を、えーい、サービスだ。 [Amount: 500] に変更。
Enter.
ズズズ……ゴゴゴゴゴッ!!
地響きと共に、井戸の石組みがガタガタと震え出した。
「ひ、悲鳴を上げている!? 何をしたのじゃ!?」
「あ、ちょっと待っ――」
ドッパァァァァァァン!!
俺の制止も虚しく、井戸の底から圧縮された水流がレーザービームのように噴出した。 水柱は遥か上空まで突き抜け、周囲に豪雨となって降り注ぐ。 乾いた大地があっという間に泥沼となり、村長が濁流に足をすくわれて流されていく。
「ぶごあぁっ!? 溺れるっ、溺れるぅぅ!」 「村が沈むぞー!!」
「やべっ、係数ミスった!」
俺は慌ててコンソールを操作し、水量を [Amount: 80] に下方修正。 水柱はスッと収まり、コンコンと湧き出る美しい清水へと変わった。
静寂が訪れる。 ずぶ濡れになった村人たちは、呆然と溢れる水を見つめ、やがて震える声で叫んだ。
「き、奇跡だ……」 「神の奇跡だああああッ!!」
一斉に平伏する村人たち。 流されてボロボロになった村長が、俺の足元にすがりついてくる。
「あ、あなた様は……もしや、神の使いであらせられますか!?」
「いや、通りすがりのデバッガーだ」
俺はウィンドウを閉じ、濡れた髪をかき上げた。 感謝されるのは悪い気はしない。だが、それより重要なことがある。
「村長、礼はいいから飯と寝床をくれ。あと、この村の宿屋のベッド……反発係数を『低反発マットレス』並みに書き換えてもいいか?」
こうして、俺の異世界デバッグ生活は始まった。




