その港町、当たり判定が消失につき
最初の目的地は、王都から西へ百キロほど行った場所にある「港町ポルト」だ。
特産品はマグロとカニ。俺の狙いはそれだ。
浮遊馬車で快適に移動すること二時間。 エリアが窓の外を指差して叫んだ。
「レン様! あそこです! 町全体から、ものすごい『エラー』の気配がします!」 「ああ、俺にも見えてきた……って、なんだありゃ?」
丘の上から港町を見下ろした俺は、絶句した。 町の住人たちが、腰から下が地面に埋まっていたのだ。
いや、埋まっているだけではない。 ある者は建物の壁をすり抜けて歩き、ある者は置かれた木箱を突き抜けて座っている。 そして、海の方では船が半分ほど水没したまま、平然と航行していた。
「……【コリジョン(当たり判定)】が消えてるな」
物理的な接触判定が機能していない。 だから地面の上に立てず、基本座標(地面の少し下)まで沈んでしまっているのだ。
俺たちが町に入ると、半身浴状態の衛兵がズリズリと地面を滑りながら近づいてきた。
「よ、ようこそ……。ご覧の通り、一週間前からこの有様でして……。物が掴めない、ベッドに寝ても床に沈むで、生活にならんのです」
衛兵は泣きそうな顔だ。 飯を食おうとしても、フォークが皿を突き抜けてしまうらしい。地獄か。
「主様、気持ち悪いです。人間が幽霊みたいになってます」 「判定がないだけだ。……よし、原因を探るぞ」
俺はコンソールを開き、このエリアの物理演算ログを遡った。 当たり判定が消えたのには理由があるはずだ。 大抵の場合、**「矛盾するデータ」**が衝突して、システムがエラーを吐いて機能を停止しているケースが多い。
エリア、何か『異質』なものを感じないか?」 「はい! あちらの……港の倉庫の方から、強烈な違和感を感じます!」
俺たちは倉庫へ向かった。 そこには、一際大きな「謎の黒い立方体」が鎮座していた。 住人たちは「ある日突然現れた、動かせない物体」だと言って恐れている。
俺はそれを鑑定した。
<Object: Unknown_Artifact>
Name: Gravity_Core (Broken)
Weight: Infinity (無限大)
[Error: Physics_Calculation_Failed]
「……原因はこいつか」
重量設定が「無限大」になってしまった古代の魔道具だ。 こいつの重さを計算しようとして、このエリアの物理エンジンがパンクし、安全装置として「当たり判定」そのものをOFFにしてしまったらしい。
「物理演算をクラッシュさせるほどの重量物か。迷惑な粗大ゴミだな」
「私が壊しましょうか?」 リリスが大鎌を構える。
「いや、無限大の質量を破壊したらブラックホールができかねん。……修正する」
俺はオブジェクトのプロパティにアクセスした。 重量「Infinity」を削除。 代わりに、適切な数値を入力する。
Weight: 10kg
Enter.
ブォンッ! 空間が波打ち、世界に「重み」と「硬さ」が戻った。
ズッ! という音と共に、地面に埋まっていた住人たちがポンッと上に押し出され、正常に地面の上に立った。 壁をすり抜けていた猫が「ニャッ!?」と驚いて壁にぶつかる。
「お、俺たちが……浮いた!?」 「地面が硬い! 踏めるぞ!」 「直ったーッ!!」
町中から歓声が上がる。 衛兵が涙を流して俺に握手を求めてきた(今度は手がすり抜けなかった)。
「ありがとうございます! 貴方は救世主だ!」 「仕事だ、気にするな。……それより、約束の『最高級マグロ』は食えるか?」
こうして、俺たちは極上の海鮮丼にありついた。 だが、この「重量無限大のオブジェクト」が何故ここに現れたのか。 そのログには、気になる記述があった。
[Spawned_By: User_Joker]
「ジョーカー……?」 神様でもバグでもない。明らかに「プレイヤーネーム」のような痕跡。 この世界には、俺の他にも「システムに干渉できる何者か」がいるのかもしれない。
俺はマグロを頬張りながら、少しだけ目を細めた。 デバッグの旅は、意外と退屈しなさそうだ。




