若葉入隊 四
「!!」
まさに今、一二三さんを襲わんとしていた、三組の斬撃風は弧を描くように反転し、距離をとった。
対峙していない俺ですらひしひしと感じたのだ。あの三匹組は当然感じ取っただろう。明らかに、今、一二三さんの醸し出す雰囲気は、言いようのない脅威を孕んでいた。その脅威の根源が殺意なのか気迫なのか。その脅威の感情が畏敬なのか恐怖なのか。残念ながら、その時の俺には分からなかったわけだが…。
三つの風刃の三日月はクルクルと両端で円を描き、獣の姿に戻った。おそらくは、一二三さんの脅威による行動だろう。
「…何ヲ企ンデイルカハ知ラナイガ、…コノ距離デハ刀ハ役ニ立タナイダロウ!」
言って、銀の尾を振るう。音速の刃は空を裂き、そこに真空が生まれた。この自然現象を、人々は…若干ややこしくなるが、「カマイタチ」と呼ぶ。
ギュリリリリィ!と地をうねり迫りくる真空の刃。しかして、一二三さんは流そうともかわそうともしていない。ただ、笑む。
「…『火剋金』。」
次の瞬間、一二三さんの余裕、自信、そして、脅威の源に俺は気づくこととなった。
「『炎流波浪』」
右肩から左下に振り下ろされる刃。その軌道から炎が噴き出し、炎の波を生み出した。
後に俺は「どれだけ寿命が縮まったか」などという無意味な考察をすることになる。一生分の驚愕を一日で体験したからだ。幽霊のような沖田総司。二足歩行でしゃべる獣。極めつけは、人間であるはずの、…いや、そのとき俺は彼も人外のものかと考えたのだが、一二三さんの謎の術式。これらを、弾丸がごとく脳髄にぶち込まれたのだから。
「…ナッ!?」
炎波が真空の刃を飲み込みこみ、右左より鎌鼬たちに迫る。
「ナンダコレハッ!?」
言いつつ、鎌鼬たちは飛躍し、上空に逃げる。
「逃がさないよ。」
そのさらに上。人間の跳躍の限界をはるかに超えた高さに一二三さんの姿はあった。その時は気づかなかったが、冷静に考える事が、兆分の厘くらいの可能性で出来たとしたら、炎波の起こす上昇気流に乗ったのだろう。
「『二連相生』より、『風蛇群旋風』!!」
今度は八つの竜巻だ。もう、嫌になる。何度となく驚いた俺の肝っ玉をまだいたぶるのか…
「クッ…!」
ギリ..リリ...ィィインッ!!
確実に決まると思われた攻撃は、刃の尾で流された。
「我ラハ風ヲ使役スルモノゾ!ソノヨウナソヨ風ナド効カンハッ!!」
「ん?もとより、効くなんて思ってねぇよ。本命は…」
右下から左下へ刃をずらす。その軌道に灯る青白い光。
「こっち♪」
「マ、待ッ…!!」
「『雷槍三閃』!」
刀身から放たれた閃光が、轟と共に地に降り注いだ。
…荒い息遣いが聞こえる。稲光に閉じた瞳を開くと、三匹の獣は地に倒れていた。その頭の一尺もない際に、黒焦げた穴が見える。
「…ユ、許シテクレ…。」
「だ~か~らぁ~。始めっから殺めないっつってるでしょうが。あんたらも被害者だっつてるでしょうが。…あ、あんたらの縄張り奪ったやつのことも教えてな。そいつ退治しねぇといけないから。」
「ワ、分カッタ。…スマナカッタ。モウ人ハ襲ワナイ…」
「あいよ。じゃあ、待ってるからちゃんと報告してくれよ。」
会話が済んだようだ。鎌鼬たちは、闇に溶けるように姿をくらました。
一二三さんは「この羽織どうしよっかな~」とか先ほどの激闘が嘘のようにのんきな口調で自分の着衣の傷を見ていた。そして、ふと気付く。そう、俺の存在に、だ。
「もうわかったかな?若葉くん。零番隊は…」
「『陰陽剣術』を振るう、妖怪退治専門部隊だよ。」
その時、俺は、一二三さんの言葉の半分も分かってなかった。無反応な俺に「若葉く~ん?」と問いかける一二三さんの言葉に返事もできず、俺はその文字の形のように口をポヘェと開け、呆けていた。