若葉入隊 三
ヵギッ!ギ!ュ.ヒイィィ..ン...
刃と刃がぶつかり、こすれる音が、闇夜という名の、銀の女王の支配領域に響く。
恐ろ美しい音色を奏でる音源の一つは、もちろん、一二三さんの握るひと振りの刀。が、もうひとつの、撥であり絃である音源の正体は、俺には分からなかった。…いや、正確に言うと、「目にしたが理解できなかった」のである。俺が目にしたのは、黒空の景色を歪めながら、刹那にして一二三に迫りくる三つの閃であった。
「あっぶなぁ…。頸動脈かっ切られるとこだった…。」
おどろおどろしい文章とは対照的に、その言葉にはおどけた余裕が存在していた。
我に返り一二三さんを見ると、そのほほには一筋の赤線が走り、濃紅のしずくが垂れている。
「やっぱ、あんたたちだったか…。平和主義のあんたたちが、どうして人を殺める真似などしたんかねぇ…。」
一二三さんの後方三十尺(約九メートル)。そこに、零番隊の正体にかかわる重大な解答補助が存在していた。
「なぁ、鎌鼬さん。」
「若造、君ハ何者カ?」
二足歩行で、銀色の刃のような尾をした三人…いや、三匹組のうちの左っ側の一匹が、その時の俺にとっては信じられないことに、一二三さんに話しかけた。
「俺?俺は九十九に一二三と書いて、つくもかずふみ。新撰組零番隊隊員。以後、よろしく!」
これまた信じられないことに、一二三さんは新しい組の仲間にそうするように、左手を腰に当て、朗々と自己紹介した。
「フム。シテ、一二三トヤラ。我ラニ何用ゾ?」
再び左側の…、いや、もう認めよう。鎌鼬が一二三さんに尋ねる。一二三さんは右手の刀で右肩をトントンしながら、右上を見つつ話し出した。
「ん。…まぁ、職務質問を受けてほしいなぁ、と。」
「…ヨカロウ。」
「ん。では、質問一。あんたたちは最近起こっている辻斬り殺人事件に関与していますか?」
「人間ハ辻斬リト言ウノカ?関与モ何モ、我ラガ起コシタモノダ。」
「質問二。なぜ、縄張りを守るためにしか刃を振るわないあんたたちが人を殺めたのですか?」
「我ラガ縄張リガヨリ邪ナモノニ奪ワレタタメ。我ラハ新タナ縄張リヲ作ラナケレバナラナカッタ。」
「ふむふむ。…質問三。辻斬りをやめてもらえませんか?」
「ソレハノメン。我ラニハ縄張ガ必要ナノダ。」
「…質問四。では、俺はあんたたちを始末しないといけなくなるのですが…。」
「…質問五。君ノヨウナ人間ニ我ラヲ始末デキマスカ?」
「…解答一。…試してみる?」
刹那。鎌鼬は、文字通り「風のごとく」走りだした。
風の刃に変化した鎌鼬たちが一二三さんを襲う。
ギンッ!キィ..カィンッ!
受け流された刃はすぐさま方向を転換し、今度は角度と攻撃時機をずらし一二三さんを攻め立てる。
一二三さんの刀捌きは、俺と同じくらいうまい。が、それでも防戦一方。まるで勝負になどならないのだ。
かわしきれなかった風は黒の羽織を裂き、一二三さん自身にも、致命的でないとは言え、幾多の傷を負わせていた。しかし、不気味なことに、一二三さんの目は何をも恐れておらず、時折口にする「きっちぃ」などの言葉からは、揺るがない自信すら感じる。
「ドウシタ?一二三トヤラ。我ラヲ始末スルノダロウ?」
「んん?いや、今回はあんたたちも被害者だから、どうやったらうまくあきらめさせれるか考えてんだけど…」
「ヌカセ!君ナドニ何ガ出来ル!」
途端、一二三さんの纏う空気感が変わる。何か、静かな炎のように、ヒリヒリするような威圧感。
「……解答二…」
上段の構えから、左肩の上に刃をずらす。その軌道に灯る青白い線。ニヤリと笑う一二三の目は鮮血のようにあやしく光っていた。
「…『木生火』。」