若葉入隊 二
そこは、帝王の後光にきらめくような白の笠をかぶった森を背負う、こんもりとした小山のふもとの、人通りの少ない小路地だった。
屯所からかなりの距離があったため、出発時にはわずかばかり西に傾いていた帝王は、威厳のある金色から、優しく穏やかで、しかし、どこか郷愁的で哀愁の漂う朱色に顔色を変え、一日の公務を終えようとしていた。言葉で表すと、「黄昏時」である。
その小路地の壁にもたれかかり、黒の羽織をまとった一二三さんは、刀を抱え目を閉じていた。
一方、俺は、小路地に沿い、建っている空家の一室に潜んでいた。
これについて、何の疑問も抱かないとは思うが、どうか抱いてほしいというのが本音だ。少なくとも上級と言える力量をもった俺が、辻斬りなどという不意打ちしか能のないような悪党相手に姿を隠しているのだ。と、言うのも、「自分も参戦する」という俺の意見が、一二三さんに却下されたためである。
未の刻。
屯所を出発してからわずかの後、俺と一二三さんは人通りの多い大路地を歩いていた。
「…ああ!言い忘れてた!」
ピッツンと一二三さんが声を上げる。どうも、重要事項を言い忘れていたようだ。
「なんですか?」
一二三さんは「失礼かと思うが」と前置きをして、話し出した。
「今回の相手は辻斬りなんだけどさ。悪いけどきみは手を出さないでくれるかい?」
当たり前と言えば、当たり前だ。入隊したての俺に「協力してくれ」なんてとてもじゃないが言えないだろう。が、この言葉に、「見栄」とは全く色違いの「誇り」というやつが、俺に反発の言葉を推し進めた。
「いえ!自分も戦います!」
「んー。それはちょっと困るんだよねぇ…」
「決して足を引っ張るようなことはしません!」
「いやぁ…。零番隊のなんたるかを知らないうちはちょっとなぁ…。」
一二三さんの言葉には、決して圧をかける響きはなかったし、表情も真摯な色は見えなかった。しかし、その紅い瞳は真剣そのもので、まとう空気には威圧感さえ漂っていた。つまり、俺の行動の選択肢としては、「折れる」以外はなかったわけで。
「…わかりました。でも!一二三さんが万が一にも窮地に立たされるようなことがありましたら…、俺は参戦しますから…!」
「お?それじゃぁ、気合を入れないといけないな♪」
すぐさま一二三さんのすべてはおどけたものに変わった。
酉の刻。
帝王はその座を銀の女王に譲っていた。黒空に雲はなく、英雄座が威風堂々に輝いている。
いまだ一二三さんに動きはなく、また、小路地には人の気配すら感じない。「この辻斬り情報は完全に嘘なのだろうか?」そんなことを思ったその時だった。
ズォワァ、と流れる空気が変わる。これは女王の魔力なのだろうか?まるで、闇に対する畏怖と、媚薬のもたらす高揚が混じったような感覚。気付かずに俺の手の平には汗がにじみ、俺の生命を支える左胸の塊は、激しく鼓動を打っている。体の中で何かが暴れているとさえ感じるのだった。
「…来たか。」
一二三さんが立ち上がり刀を抜く。
三つの風が走ったのは、その直後だった。