序章 二
「…ここか。」
西本願寺。新撰組屯所前。
門の前に立つ俺は、一言そうつぶやいた。
起承転結で表すと「転」にあたるだろうか?いや、これは「起」にあたるだろう。
長ったらしい序章は終わったのだ。
ここから俺の人生はようやく始まりを迎える…。
そんなことを思うと、俺の高揚が高まった。
「うっし!」
燃えあがる気合に鞭打つかのように、両の手の平でバツツンと両ほほを叩き、俺は門の内に一歩足を踏み入れた。
それから少々の後。
案内人の後につき、俺は新撰組屯所内を歩いていた。
途中、訓練所を通った際、覇気を孕んだ雄叫びがビリビリと響いてきた。
さすがは新撰組。猛者の集いである。
これだけの覇気を醸し出せるのは、俺の通っていた道場でも数えられるほどしかいない。
しかし、俺はその雄叫びに対して無反応だった。…と、表現すると若干の語弊が生まれてしまうかもしれない。正しく表現すると、「揺るがなかった」のだ。
俺とていくつもの道場で師範代を務めた身である。これくらいの力量はとうに超えている。
逆にここで上り詰める自信がわいたのだった。
なんてことを考えていると、隊長室にたどり着いた。
「近藤さん。入隊希望者がいらしました。」
「おお!入れてやってくれ。」
静かにスゥゥと障子が開く。
隊長。近藤勇は俺から見て左の襖の前に座っていた。
なかなかの恰幅、存在感。一目見ただけで、生命力に満ち満ちているのがわかる。さすがに隊長ともなると、人間としての次元が違う。
「貴重なお時間を割いていただき、有難う御座います!自分、御守戸若葉と申します!この国、この新撰組のために、身を粉にしてお仕えさせていただく所存でございます!」
「いやいや、君の礼儀の正しさは見習わんといかんな。しかし、そのように堅苦しくせずとも、もっと気楽な感じで構わないぞぉ?堅物は土方歳三だけで十分でなぁ。」
「い、いえ!隊長殿に気楽になど…。」
「ハッハッハッハッ!…いやはや、君は本当に礼儀正しいなぁ…。」
そんな会話ののち、近藤さんは俺を自室に迎え入れ、用意していた座布団に座るように言ってくれた。
もちろん、一礼し、両手で障子を閉め、座る際も近藤さんの了解を得ることも忘れなかったわけだが。
「御守戸くん。君のことは聞いているよ。なんでも数々の流派の道場にて師範代を務めたとか…。」
「はい!すべては人を、国を、世界を守るためです!」
「頼もしい限りではないか!君のように精神と実力を兼ね備えたものはそういない。いやいや、入隊試験など必要はないだろうなぁ。」
近藤さんはご機嫌で話を進めている。
そんな折り、晴天に雲がさすかのごとく表情が一転し、今までの雰囲気をかき消すかのような真剣な表情に変わった。
「時に御守戸くん。きみの瞳なのだが…」
ああ、やっぱり。
その時の俺の心情を言葉にすると、それが当てはまる。
近藤勇は、猛者の集い、新撰組を総括する大人物である。人望もさることながら、度量も相当なものなのだ。だからこそ、俺は淡い期待を抱いていた。近藤勇は血筋や生い立ちなどで人を判断するわけがない。と。
いや、近藤勇とて人間なのだ。価値観が有るのだ。どんな人物にも受け入れざれぬことはあるのだ。
俺はこんなことで近藤さんに失念は抱かない。いつものことだ。これから努力を積み実績を重ね…
「いい目をしているな!」
「へ?」
俺としたことが…。今のような返事は面接では絶対使ってはいけないのに…
いや、しかし考えてほしい。俺がこの目を両親以外にほめられたことはただの一度もないのだ。「期待」と言えど、そのようなもの一厘以下である。
そもそも「いい」などと言われようとどうして思えただろう…。
「狐につままれる」とはこのことだろうか?いや、実は近藤さんは狐狸の類なのだろうか?
そう考えている間でも近藤さんは話し続けていた。
素質がどうとか、見込みがなんとか。
俺のこんがらがってたこ足配線状態の思考回路には、とてもじゃないが入力しきれなかったが。
「というわけで、御守戸くん!」
「は、はい!」
「どういうわけ」と聞けるはずもない。そんなこと言うと、今度こそ落とされてしまう。
「試験はしない、と言ったが、すまないが一つだけ聞きたいことが有るのだが…」
「どうぞ!なんなりと!」
「うむ、…では、これが見えるかい?」
俺は目を閉じた。
いやいや。俺は疲れているんだ。
そんなありきたりな理由を逃げ道に仕立て上げ、俺は首をブンブンふり、目を開けた。
俺は再び目を閉じた。
いやいやいや。俺は夢を見ているんだ。
そんな無理やりな理由に淡い期待を抱き、俺は目をゴシゴシこすり、再び目を開けた。
二度あることは三度あるのだろうか。
その現実とはあまりにもかけ離れた事実は、俺の理解範疇の限界を軽く超えた。
三度の衝撃に、俺の顔は御仏さまのように豹変し、丹田からこみ上げる衝動はついに俺の口を割り開き、外界へとなだれ込んだ。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
近藤さんが腹を抱えて笑っている。
しかし、今の俺にそんなことは完全に蚊帳の外だった。
俺の目には、半透明で襖を半分通り抜け上半身だけ出した、沖田総司が映っていたのである。
「沖田総司!?なんで透き通ってんの!?てか、すり抜けてるし!そもそも寝込んでるはずじゃ…いや、どっから訂正ばいいんだあああぁぁぁぁぁっっ!!」
後にも先にも、これだけの抑揚で、これだけ混乱て、これだけ訂正ことはないだろう。
「ひどいなあ、人を化け物みたいに…」
「いや、化け物じゃん!!てか、しゃべったあああぁぁぁぁっっ!!!」
「い、いや、御守戸くん、す、す、すまんな。」
爆笑していた近藤さんが、ヒーヒーいいながら俺に話しかける。
「し、しかし、決まりだな。」
フーフーと息を落ちつけつつ、近藤さんは言い放ったのだった。
「きみの配属は零番隊で決まりだ。」
「……へ?」
これが、俺の人生の「転」で、隊員としての「起」だった。