若葉入隊 九
「…うっし!」
黒の隊服をはおり、刀を腰にさし、俺は気合を込めた。
「若葉さん?」
「どうぞ~。」
この声は、新撰組最年少隊士こと、沖田利市のものである。
「準備出来ました?」
「出来ましたよ、利い…」
「あ、僕、いつもいっちゃんとかいっくんとか呼んでもらってますから、もっとくだけた感じでお願いします。」
ペコりと、「許可」でなく「要望」の意を口にする。
「む?…準備出来ましたよ、いっくん。」
「はい♪」
フワリとほほ笑む。半分伏せられた瞼と、中世的な顔立ちのせいもあってか、なんとも可愛げでなごみを与える笑顔である。「花のような」という形容詞がピッタリと当てはまる。
「僕と杏ちゃんも準備万端です。…参りましょうか。」
屯所を出発したころ、すでに日は沈みかけていた。
「若葉さん。」
道すがら、利一くん、もとい、いっくんが話しかける。
「今回の任務場所はあそこです。」
人差し指がさす先には、小山がそびえ立っていた。そこは忘れもしない、一二三さんと鎌鼬の戦闘が行われた場所である。と、いうことは、ここからだと一刻くらいかかるだろうか。
「敵は、雷獣。犬の姿をした、金の妖怪です。弱点は火で、無効果なのは土です。」
「…自分も戦うんですか?」
「念のためです。」
若干の影が入った俺の顔を見ながら、いっくんはわずかに口角を上げた。
「それから、心臓が波打つような息苦しさを感じたら、それは霊力を感じている。つまり、近くに妖怪がいる証拠です。霊力を練れないうちは、霊力に毒されないように気を付けてくださいね。」
ああ。
あのとき感じた妙におどろおどろしい感覚は、すなわち、霊力にやられていた。というわけか。
「雷獣は俊敏で、群れで行動します。囲まれないように注意してください。」
「了解す。」
それから半刻とその半分経った頃、俺は自らの体の異変を感じていた。始めは武者ぶるいの類かと思ったが、どうも違ったようだ。進むうちに脈打つ鼓動が高鳴り、全速力で走っているようなゼィゼィとした吐息。首筋を冷や汗が流れたとき、いっくんが口を開いた。
「どうも、近くにいるようですね。おそらくは…」
花火が爆ぜるようなパチパチという音が、静かな闇夜に響く。
「いえ、確実に、獲物を探してるようですね。」
その言葉の直後、左斜め上の瓦屋根から、まばゆく光る蛍光黄色の獣がいっくんの喉笛めがけ襲いかかった。いっくんは冷静に上体を後ろにそらし、反撃の一閃を切り込む。
「ギ、ギャン!」
「…浅かったか。」
手負いの雷獣は反転し逃げ出す。
「追いましょう!」
「うす!」
それを追い、俺たちも駆け出す。
「…杏ちゃん。」
「うん。」
「いつもと同じようにいきましょう。」
「…うん。」