若葉入隊 八
それから、二日経った。その間、零番隊の任務はなく、俺は昔からそうしてきたのと同じに、生活習慣を乱さず、鍛錬を積み、しっかり食事をとり、勉学に勤しみ、仲間たちとの親交を深めていた。
唯一変わったことと言えば、陰陽剣術の訓練が加わったことである。俺は、出来るだけの時間を陰陽剣術の訓練に割いていた。のだが…
ヒュっと振り下ろした剣先からは、粉のような熱源がわずかに散っていった。
「あぁぁ~…。ダメかぁ…」
呟き、木刀を下す。
理論と構えは、教えてもらったその日のうちに飲み込めた。問題は…、そう、霊力操作である。
わずかでも手助けを得たいと思い、皆に聞いてみたが、解答は決まって「想像は人それぞれだから、変に固定観念を持たない方がいい」だ。
「まいったなぁ…」
ため息はどこまでも青い空に溶けていった。
庭を望む廊下に一人の男が禅を組んでいる。何を考えているのか。何も考えていないのか。うかがいきれない。
「…ようこそ。」
呟かれた言葉は独りごとではなく、相手に向けられたものである。
庭に風が集い、やがてそこに茶色の毛と銀色の尾をもつ獣が現れた。
「…ナゼ気付イタ?君ハ何者カ?」
「私は新撰組零番隊、西田右京。見えるものを見ることはできないが、見えないものを見る事が出来るものです。」
「…ナルホド。」
「九十九くんから話は伺っています。…さて、鎌鼬くん。依頼をどうぞ。」
「…あぁぁ。疲れた…」
あれから、何度考えてもさっぱり手ごたえをつかめなかった俺は、とりあえず相剋・相生の構えと素振りを徹底的に行っていた。どれだけ経ったかは分からないが、疲労度合から考えると半刻は動きっぱなしだっただろう。
ふぅと一息つき、休憩を取ろうと踵を返すと、何時からいたのか、そこに一人の女性が立っていた。
「杏さん?」
「あ、はい!あの、…えと、あ、その…、お、お疲れ様です!」
頭を深々と下げる。
しどろもどろなしゃべり方と下がった眉が、どう見たって内気・臆病というような印象を与えている。血筋にこだわらない俺ではあるが、それでも、とても「鬼」の二つ名をもつ副長の娘さんとは思えない。
「あ、あの、若葉さん?」
「え?あ、はい!どういったご用件ですか?」
「はい。…あの、先日、一兄が制した鎌鼬さんから依頼を頂きました。」
――あんたらの縄張り奪ったやつのことも教えてな。そいつ退治しねぇといけないから。
ああ、そういえば、そうだった。
「それで、…あたしといっちゃんが担当になったんですが…、…若葉さんもどうでしょう?」
「え?」
この先は言いづらいのであろう。しどろもどろ度合いが、倍増する。
「あの、まだ…、その、霊力の練り方が…、いえ…や、その、何かの手がかりに、あの、なるかと…」
ピクリと動いた俺の眉に、過剰反応を起こす。
「あ!、…いえ、あの、し、失礼ですよね!…その、ごめんなさい!すいませ…」
「いいッスね!」
「え?」
「いや、ぜひともご一緒したいです!なんかの手がかりになるなら、なにせ…」
グっとこぶしを握る。闘争心が腹の底で煮えたぎるのを感じる。
「強くならねぇと。…どんな手を遣っても…」
ザリっという音に視線をこぶしから移すと、杏さんが一歩退いていた。若干青ざめても見える。俺の内なる炎でも見えてしまったのだろうか?
「…杏さん?」
「あ、あの…いえ、…その、な、なんか、…お父さんに似てるなぁ、って。」
「…トシさんに?」
「あ、その…いえ、なんでもないです。…じゃあ、半刻後に出発しますから…よろしくお願いします!」
再び、頭を下げ、杏さんは去って行った。また一人になり、俺は言葉を咀嚼する。
「…トシさんと似てる…ねぇ…」