天使たちの買い物
昼間の横浜駅あたりで私服のティーンエイジャーがウロウロしてれば、そりゃ国家権力に目をつけられますわな。
ではどうすれば…と考えて思いついたエピソードです。
セリナがアンジェラス入りして間も無くの頃。
「あれ? アンナさん、お出掛けですか?」
エレベーター待ちしていたサキが声を掛けた。
「うん。ちょっとね」
「あららー。おデートですかぁー?」
サキはよく喋る上、かなり無遠慮。思い付いたら口から出ているタイプ。
考えすぎて喋れなくなるセリナからすると、サキが喋るたびに相手を怒らせたりしないかヒヤヒヤドキドキものなのだが、これもサキのキャラゆえ許されるのだと知るのはもう少し経ってから。
「ふわぁ…アンナさん、今日はバリバリキメてるって感じ!」
ミツキが驚きと賞賛の声を上げる。
「まぁちょっとね。人と会う約束だから」
「やっぱおデートなんですかぁ?」
なおも追撃しようとするサキにセリナは内心ハラハラしている。
「やぁねぇ、そんな相手、いないわよー」
「またまたそんなー。アンナさんほどの美人に声掛けないなんて、男ドモの目と頭を疑うわぁ」
「いやいやサキ。違うわよそこは。アンナさんともなるとその辺のバカ男じゃ相手にならない感じなのよ」
「おー! なるほどー!」
と、本人をさておき勝手に盛り上がる。
「あなたたちは? お出掛け?」
「はい。たまには外で食べようって感じで」
「いいんじゃない? でもあまり昼間は出歩かない方がいいかもねー。少なくとも服装くらいは工夫して…って、セリナぁっ?」
「は、ハイッ!」
「何なの、あなたのその格好!」
結構な勢いでアンナに言われ、深海に落ちた缶詰の如く縮こまるセリナ。
「え…? あの…何か…」
「何か、じゃないわよッ! …気が変わった。ちょっと待ってなさい」
とアンナは電話を掛ける。
「あ、翼君? ちょっと急用で行けなくなった。どうするかはまた後で連絡する。それじゃ」
一方的に用件を捲し立てると相手の返事を聞いたかどうかも分からない早さで電話を切った。
「ミツキ、サキ。ちょっとセリナ借りるから。お昼は二人で行ってきて。3人で行くのは夜にでもして。セリナ!」
「ハイィッ!」
「あんたはちょっと私と来なさい。あ、帽子って持ってる?」
「いえ…」
「そこからかい⁈ ミツキ! ちょっとセリナに貸したげて!」
「ハイ! 了解です!」
セリナがガンガン言われている割には、ミツキは楽しそうに部屋からワークキャップを持って戻ってきた。
「こんな感じでいいですかね?」
「無いよりはマシね。さぁ行くわよッ!」
「あ、あのッ⁈ え? あの⁈」
事態を掴めないまま、セリナはアンナに腕を掴まれエレベーターの中に引き摺り込まれた。
閉まるドア。
その前に佇む、ミツキとサキ。
「あー、今日は勉強会って感じかぁ」
「セリナはまだだったか。ここ来て間もないからねぇ」
「どんな姿で戻ってくるか、楽しみな感じだねぇ」
「全くだねぇ」
◆
ツカツカと歩くアンナの後ろを俯きながら追うセリナ。
(なんだろう…何か悪いことでもしちゃったかなぁ…謝りたいけど、なんかそんな雰囲気じゃないし…どうしよぉ…)
◆
行った先は横浜駅。
それに隣接するデパートへ、アンナはスタスタ入って行く。当然、セリナはその後を追って入って行くのだが。
「うわぁ…素敵なお洋服がいっぱい…」
ハイブランドの店舗が軒を連ねるフロア。その一つ一つが眩いばかりにそれぞれのブランドの個性を主張する。
「どのお店が気になった?」
「ここなんか素敵ですね。大人っぽくてカッコいい」
セリナがいう店に入り
「パッと見回して、どの服が目に入った?」
「これ素敵です! カッコいいですっ!」
「そう。じゃ、着てみなさい」
「…え?」
セリナは固まった。
「すみません。試着、いいですか?」
「え? え?」
「サイズはこちらで?」
「多分いいんじゃないかな?」
「それでは試着室へどうぞ」
「え?」
「ほら、さっさと行ってくるっ!」
「は、ハイィッ!」
「どうぞこちらです」
店員に促され、試着室に入るセリナ。
着ていたパーカーを脱ぎ、アンナに着てみろと言われた服を手に取る。
「これ…いくらするんだろ…」
チラッと身頃を捲り、プライスタグを見る。
「ぁ…」
一瞬クラクラと眩暈で倒れそうになった。
プライスタグに並ぶ数字は6個。
「え…お洋服に…こんな値段が付くものなの…? いや、素材が違うのかもっ!」
【 綿 100% 】
その服にも、セリナが着てきたパーカーにも、同じことが書いてあった。
「…きっと…きっと、これ、黄金とかダイヤモンドでできた綿なんだよ。きっとそうだよ…」
もはや正常な思考のできないセリナであった。
「まーだー?」
アンナの急かす声がすぐそばで聞こえる。いつに間にか近くまで来ていたらしい。
「は、はぁい、ただいまぁ」
出前を急かされた蕎麦屋のような返事。しかし急かされたとはいえ
「こ、これ、引っ掛けちゃったり破いちゃったりしたら死んでお詫びをするしかぁ…くふぅぅぅ…」
急いで着られるものではない。
「う…うぅ…うぅ…」
ゆっくり、まるで日焼けでヒリヒリする素肌にシャツを着るかの如くゆっくり、袖に腕を通して行く。
やっと身に着け
「あの、着ました…」
とカーテンを開ける。
「ぁの、どぉでしょぉかぁ」
全部6pt隷書体で表記すべきほどの小言。
それを見て、アンナ。
「ふむ。店員さん、これ包んで」
「かしこまりました」
「はいぃぃぃぃぃぃぃぃッ⁈」
セリナは気を失い掛けた。
◆
そんな調子であちこちでドカドカと買うアンナ。もはや上から下までひと揃えしたところで
「あ、すみません。ちょっと試着室、お借りしてもよろしいかしら?」
「はい、どうぞ」
「いま買ってきたの、全部着なさい」
「え?」
「今すぐ!」
「は、はいぃぃぃぃぃぃぃぃ」
有無を言わせない。
「あの、着ました…」
「じゃ、ついてきなさい」
ツアーは続く。
◆
化粧品売り場。
アンナは店員に声を掛け、何やら注文を出しているようだ。
「まぁ可愛らしい顔だち。これはやり甲斐があるわね!」
その店員、セリナの前に来て腕まくり。
「あの、何を」
「そちらのお姉様から妹さんにお化粧のイロハを教えてあげてくれ、と頼まれまして」
どうも姉妹という設定になっているらしい。
「それじゃ始めますね」
店員はテキパキと作業を始める。
ファンデーション。リップ。チーク。アイシャドウ…顔につけるものひと通りの種類と使い方、肌や唇、TPOになどに合わせた色選び。紫外線対策。アンチエイジング。化粧水などの基礎化粧品…それらはかつてセリナの母親も使っていたであろうものだが、母親と距離を置きがちだったセリナにとっては初お目見えなものも多かった。まして使い方など。高校生になっても洒落っ気の無かったセリナには、全ての情報が新鮮だった。
「21にしてはハリも瑞々しさもあって、まるで10代の子みたいですよね」
セリナは、あっと声が出かけ、様子を見ているアンナの方をチラと見ると、彼女はパチっとウィンクした。それで状況を察したセリナ
「そんなことないですよぉ。ありがとうございます」
と言い繕った。
「はい。できました。いかがですか?」
目の前に出された鏡を見、セリナは息を飲んだ。
「これ…私…⁈」
「とってもお綺麗ですよ。お世辞じゃなくてね」
そこへアンナがやってきて
「いま使ったの、ひと揃えいただけますか?」
「はい。少々お待ちください」
国内メーカーだけでなく海外のものも多数あったはず。しかしセリナはもう値段についての思考は停止していた。
セリナが商品を受け取ると
「お昼、まだだったわね。行くわよ」
と、アンナはスタスタと行ってしまった。
慌ててセリナはアンナの後ろを追いかける。
◆
デパートの最上階のカフェ。
「あの、アンナさん…」
「何?」
「あの、これは一体どういう…」
アンナは食前指定で運ばれていたコーヒーをズッとひと啜りすると
「あなた、連れ戻されたくはないのよね?」
「え? は、はい。そう、ですけど…」
「それなら、服装も気を遣わなくちゃダメ。年齢相応の服なんか着てちゃ、平日の昼間なんか、出歩けないでしょ?」
「あ…はい」
「今日の二人の服、見た?」
「はい」
「どうだった?」
「おしゃれだなぁ、と」
「まぁ片っぽは元々そんなんだったけど、もう片っぽって普段はそんなんじゃないでしょ?」
「はい。普通にジャージとか着てます」
「それもね、私が言ったのよ。外、特に平日の日中は服装に気をつけなさいって。厄介なのに声を掛けられる以前に、掛けられないようにしなさいって。似合う似合わないは別でね」
「あの、私はこれ、似合ってますでしょうか?」
「似合ってません」
「えぇエエエエ?」
「今日は何しに来たと思ってんの? 似合う服を選ぶんじゃないの。年相応じゃダメなのよ。選んだ服に似合う自分になる。いつまでもコドモのままでいたいなら今まで通りのもの着ててもいいけど、それじゃ成長しないでしょ? こうなりたい!って自分を、服に投影するの。それでイメージしてみて、今の自分を変えていくのよ。背伸びし続けたら、いつの間にかその身長になった、みたいな感じかしら?」
「あ…」
セリナはアンナの思惑が徐々に掴めてきた。
「あなたにはまだ未来がある。これから背が伸びたり、もっと素敵な女性になる可能性がある。逆に私の背が縮むって無理でしょ? まぁおばあちゃんになったらどうかは分かんないけど、それでも可愛い服は無理よね」
「アンナさんはかわいいおばあちゃんになりそうです」
「ふふ。ありがとう。まぁそれはそれとして、いま私たちは、できれば個人を特定されたくない立場にある。その他大勢の一人、モブでありたい。同時に、あなたみたいに特定されると都合の悪いことになりそうな人もいる。今日、今、私、あることに気をつけてしゃべってるんだけど、分かる?」
「…名前で呼ばれてません」
「そ。ご名答。さすがね。こういう察しが良くて頭の回る子は大好きだわ。だから、そういうことよ」
「私はア…すみません! 言いそうに…」
「ふふ。私はいいのよ。そこにそれほどリスクを持っていないから。でもあなたたちは違う。いま考えられるリスクを回避しつつ、でも素敵な女になって欲しいからね。男一つとっても、あっちに選ばれるんじゃなくて、言い寄る中からこれって思うものを選べるように。お仕着せのじゃなくて、自分で選んだ未来を進んで欲しいから。自分で選んだ未来だもの、それは最後まで責任もって、ってなるけどね」
「あの、ア、すみません、ありがとうございます」
セリナは深々と頭を下げた。
「ふふ。いいのよ。お、来たよ。それじゃいただきましょうか」
「ハイっ!」
◆
ホテルへ戻り、部屋に戻るセリナ。
しかし、その前にアンナがイタズラを仕掛けていた。
『部屋に入る時は黙って入りなさい』
言われた通りに黙ってドアを開け、セリナは中へ入る。
それから遅れて数秒。
「「エエエエエエエエエエエエエエェェェェェェっ⁈」」
声の主はミツキとサキで間違いない。
「うわぁ…うわっすっご! すごいねぇ。すっごい美人さんが入ってきてビックリしたよ!」
「ああ、セリナがこんなアダルトでセクシーな感じの女になって戻ってくるなんて…ヤバいな…じゅるっ! セリナ、抱いていいかい? 俺、もうガマンできないんだヨォォォ」
「きゃぁー! ミツキがえろいよぉー!」
ドアの向こうから興奮の余り言いたい放題にはしゃぐ若い声が聞こえてくる。
アンナはそれを聞いて満足げに微笑むと、エレベーターに乗り、自分の部屋へ帰っていった。
結局、その辺のOLさんたちと同じような服装していればある種の都市迷彩となり景色に溶け込むわけで、『「水野芹那」との訣れ』にもありましたがミウでさえスーツ(ビシネススーツですよ!)を持っているわけですよ。
一緒だったサキとミツキがどんな服装だったのかを想像すると楽しいですが、おそらく普段はジャージ上下かジーンズ穿いてるサキがタイトスカートだったりするんでしょうね。
ミツキは…この子、かなり奇抜な服装も厭わない正確なので結構ケバ目かもしれません。
さて、アンナの思惑的には、やはり自分たちはずっと「買われる」立場だったわけで、それを見返したいとまでは言わないまでも選ばれるのではなく選ぶ立場でいたいと思ったのでしょう。
それで外も中も磨け、と…逆?
いえいえ、セリナほどのイモ娘ともなると外見磨きが大事になってきますから。
それにしても1605号室、楽しそうですよね。
俺もあの中に混じって(死亡フラグ)




