「水野芹那」との訣(わか)れ
セリナはアンジェラスに加入した最後の一人です。そんなわけで、セリナを追っかければだいたい他のメンバーがどんな風にして今に至ったかも分かるかな、ということでセリナ周りのこと中心で進みます。
「あぁぁ…恥ずかしかったぁぁ…」
アンジェラスに入った翌日。
セリナはアンナに連れられて、横浜駅から数駅離れたところにある産婦人科を訪れ妊娠と性病の診察を受けた。
「赤ちゃん、できてなかった?」
「それは…大丈夫、でした…」
顔を真っ赤にしてセリナはぼしょぼしょと答える。
「じゃ、これ乗って」
「クルマ? アンナさん、クルマ持ってるんですか?」
「違うわ。レンタカー。あなたが受診してる間に借りてきたの。ちょっと付き合ってもらうわね。まぁ話は中でしましょうか」
セリナが紺色のコンパクトカーの助手席へ収まると、アンナは南西の方角へ進路をとった。
「性病の方は検査で数日かかるから、また来ましょう。パパ活やってる子だとこういうのって、なかなか受けられないからね。自営業みたいなもんだし。しっかりした風俗店なんかはお店の方で受けさせるみたいよ。そういうのあると、安心して働けるわよね」
「あの、風俗店って…」
「あら知らないの? 男の人を気持ち良くさせてあげるお店。チ◯チ◯しごいたりしゃぶったり。それ以上のサービスをするところもあったりするみたいだけど」
「ひぃぃ…そおぷらんどというのですか?」
「そういうヤツ。そっちはちゃんとチ◯コ入れたりするんだけど」
「うぅ…」
「なに引いてんの。あなただってそういうのやってたんじゃない」
「そうなんですけど…できればやりたくない、というか…」
「そりゃまぁそうよ、誰だって。私だってそうだし。でも先立つものがないと生きられない世の中だからね、仕方ないのよ。割り切って生きなきゃ」
「…はい…あの、どこへ行くんですか?」
「ちょっとドライブ、かな?」
「わぁ…」
セリナの顔にパァっと笑顔が広がる。
「あの病院って、女医さんが理解のある方でね、保険証や身分証明書なんかなくても診てくれるの。もちろん秘密厳守。仮に警察に踏み込まれても、カルテは全部偽装してあるからニセモノの診断結果が流れるだけだって。徹底しているのよ。あなたたちみたいにカラダ売ってる子たちにはありがたい存在。だから安心して。あなたの悪いようにはならないから。内科もやってるから、風邪でもひいたら行くといいわ」
「はい。ありがとうございます」
「保険証なしだから高くついちゃうけど、それは仕方ないところね。で、どうだった? 診てもらって」
「どう…って」
「女医さんとはいえ、アソコをぱっくり開かれて見られたんでしょ? 興奮しちゃった?」
「しませんよぉ! というか、カーテン掛かってたんで見えませんでしたけど…なんか冷たいヌルヌルしたのをかけられて、冷たいのがにゅうっと入ってきて開かれて…」
「奥まで見られちゃった?」
「う、うぅ…」
「声は我慢しなくていいですよ、って言われたでしょ?」
「…はい…思わず出ちゃって…あら、かわいい声ね、って言われました…うぅぅ…」
「まぁいいじゃない、汚いおっさんに覗かれるよりは」
「まぁそうですけど…」
「気持ち良くなっちゃった?」
「な、なりませんよぉ!」
「先生になんか言われた?」
「あの…傷も無いし炎症も見られないし、きれいに使ってるわね、って…」
「あははは。中古品の査定みたいだな」
「そんなぁ…」
「ごめんごめん、冗談よ」
移動の間、セリナとアンナはいろいろと話をしたが、話題といえば好きな食べ物や好きなアーティストなど当たり障りのないことばかり。
アンナはセリナの過去に関わることは一切聞かなかった。それはセリナのみならず、アンジェラスのメンバー全員同じで、年齢や本名も、言いたくなければ言わなくていい、というルールだ。これはアンナが決めた方針だ。
人目を憚って日の落ちる頃に受診したので、途中多少の渋滞もあり、湘南自動車道を降りた頃にはとっぷり日が暮れていた。
やがて見えてきた大きな橋の袂まで来ると、クルマは橋を渡らず脇道へ入り、停まった。
「さぁ、降りて。行くわよ」
「は、はい!」
今日のアンナの出立ちはライトグレーのタイトスカートスーツ上下。セリナは同様な紺色。これは背丈の近いミウから借りたもの、だそうだ。側から見ればOLの上司と部下といったところだ。
入ってきた道を歩いて戻り、今度は橋を渡っていく。
その真ん中まで来たところで
「セリナ。携帯は? ちょっと貸して」
「は、はい。これです」
内ポケットから出したスマホをアンナに手渡した。
「電源は?」
「入れてません」
「うん。賢明な判断ね」
「ミツキに初めて会った時に、必要ない時は電源をオフにした方がいいって教わりました」
「それはなぜだと思う?」
「電池の節約、ですか?」
「…甘いわねぇ…」
そういうとアンナはセリナの携帯の電源を入れ、ホーム画面が現れたところでまた電源を落とした。
そして。
ブンッ
「あ、アンナさんんんッッッ???」
携帯を川に投げ込んだ。
「な、なんてこと…いくらアンナさんでも…」
セリナは驚愕の表情と同時にあとちょっとつっついただけでも泣きそうな顔をしている。
「甘い、って言ってんの。なぜ電源を入れないか。スマホの利用履歴やGPSで位置を特定させないため。あなた、家を出てきたんでしょ? 戻りたいの?」
「いえっ! そんなことは!」
「だったら。なおさらよ。場所を特定されるようなマネはしない。探させない。携帯で尻尾を捕まれたくないでしょ? それとね、今一瞬だけ電源入れて、それで電話やGPSまで繋がったかは分からないけど、繋がっていたとして、その端末はいま川の底。データ上だけなら、ここで投身自殺でもしたかのように見えるわね」
「あ…」
「今いるのは茅ヶ崎と平塚の市境。横浜からは離れてる。あなたを探すにしても、ヒントになるのはこの場所で消えた端末からの位置情報だけだから、ここを探すしかない。しばらくはここを探すしかないから、少なくとも横浜にいるあなたの安全性が高まる。そういうこと。だから、昔のあなたは、今のセリナじゃないあなたは死んだ。今、ここで」
「…アンナ…さん… 私… 私…」
「いいわよ、セリナ」
「う、ウワァァァァァァァァン」
セリナは泣いた。アンナに抱かれて泣いた。
なぜ泣くのか、自分でも分からない。
過去を切り捨てたこと、そこまでアンナは考えていたこと。
そんな思いが整頓できず、ただ泣くだけだった。
「…大丈夫?」
優しくアンナは声を掛ける。
「…はい。大丈夫、です…」
「無理はしなくていいわよ。不安になったり困ったことがあったら、私に相談なさい。全てを解決できるとは約束できないけど、話相手くらいにはなってあげるから」
「はい…はい…」
「うん。いい子だ」
抱かれながら頭撫でられて、セリナはとても安らかな気持ちになっていった。
そして顔をあげ
「もう大丈夫です。ありがとうございました」
礼をいうセリナにアンナは
「うん」
とだけ。
「それから…これ。使いなさい」
アンナはショルダーバッグからスマホを1台、セリナに手渡す。
「無きゃ無いで困るからね。契約は私名義になってるから大丈夫。料金は私が作った口座から引き落としになってる。『依頼』の報酬もそこへ振り込むようにするから。通帳とカードは帰ったら渡すわ」
「そこまで…」
「そこまでしないと私たちは身分を隠せないのよ。そういう時代。山に篭って行方不明ってわけにはいかないからね」
「あの、何から何まで…ありがとうございます…」
「いいのよ。私もあなたに働いてもらうって立場、雇用者みたいなものだからね。十分な福利厚生って難しいけど、あなたたちに気持ち良く働いて欲しいからね」
「ありがとうございます…」
「うん。あ、もうこんな時間? …晩御飯、食べて行こっか。何にしよう…そうだ、ラーメン食べて行こっか?」
「はい! ラーメン、大好きです!」
「そう。何ラーメンが好き?」
「私は」
アンジェラスってやってることは真っ黒なんですが、従業員(?)に関する扱いはめっちゃホワイトです。うらやましい。この辺はアンナの社会人経験からくるものでしょう。
ちなみに舞台で出てくるのは銀河大橋。これを平塚側に渡り少し進むとR129と交差します。このR129というのが、やたらめったらラーメン屋があるのです。一部店舗は週末や祝祭日のお昼時、渋滞ができたりするので困ったもんだ。ストーリーは途中で切りましたが、はてさて、セリナはどんなラーメンが好みなのでしょうか?




