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呪いで男体化した転生悪役令嬢~結婚式当日までに女へ戻らないと一族郎党皆殺しですわ~

作者: エムイジ

★読みやすくするため、一字下げは省いて改行多めにしています。

リノテアは、窓から漏れる日差しにまぶしさを感じながら、気持ち良く起床した。

しかし、いつも通りベッドから立ち上がろうとした瞬間、大きく体のバランスを崩して驚く。


(――あれ? 体がいつもより重い。なんだか、私の体じゃないみたい)


まだ寝ぼけていた思考も、転倒の痛みで徐々に覚醒しはじめる。

とりあえず、緩慢に足元を見て、膝を見て、腰を見て……腰の近くで、リノテアの視線がぴたりと止まった。


「……は? んんん? んー?」


何度かまばたきしながら、しばらく股間の膨らみを見つめる。

思わず、人差し指で膨らみを軽くつついてみれば、未知の感覚が伝わってくる。

たっぷり一分ほど固まった後、リノテアは断末魔のような悲鳴をあげた。


「なにこれ! なにこれ!? なにかが……!

いや、こ、股間にナニが付いてる!

わたくしの股間に、ナニが付いてますわああぁ!

だれか! 男の人を呼んできてくださいまし~!」


その悲鳴は、いつもの美しいソプラノボイスではない。

野太い男性の悲鳴が、広大なティコット家を地鳴りのように揺らしていく。


混乱の中、リノテアの背中を冷や汗が伝った。


(や、やばい……。やばいやばいやばい!

これ、絶対、正史と違う行動を取ったせいだよね!?

原作だと、リノテアが男体化するイベントなんて無かったのに!)


そう。リノテアには、前世の記憶がある。

だからこそ、非常に焦っていた。


リノテアが暮らすこの世界は、前世で人気だった乙女ゲーム『雨上がりに紅茶を』――通称『雨ティー』とよく似た世界なのだ。


正史のリノテアは、主人公の腹違いの兄であるガレルス・スラールと結婚する。

そして、主人公である義妹イリスをひたすら虐めぬいた後、最終的に悪行が全部バレて処刑される。

つまり、主人公の恋仇ではないにしても、リテノアといえば"破滅フラグが立ちまくっている悪役令嬢キャラ"である。


しかし――原作知識があるこの世界のリテノアは、悪役令嬢ルートへ入らないようにするため、ガレルスとの婚約を断った。


リノテアは、ガレルスとの婚約さえ断れば、将来の破滅フラグも回避できるだろうと甘く見ていた。

その結果が、この悲惨な有様である。


(どんな手口か知らないけど、いま私がこうなってるのは、絶対ガレルスの仕業だわ……。

まさか、婚約を断っただけで、こんなにひどい呪いをかけられるなんて!

一週間後にはルデルとの結婚式も控えてるのに、どうしよう!?

結婚式までに解呪できなかったら、私も家族もみんな、国に対して性別を詐称した重罪人になっちゃう)


◆◆◆1


野太い悲鳴の後、すぐに侍女と執事、そしてリノテアの父が部屋へ駆けつけた。


「お嬢様! どうなさい――」

「リノテア様! お待たせいたしま――」

「リノテア? 何があったん――」


急いで駆けつけた全員が、部屋へ入ると同時に言葉を失う。

当然だ。見目麗しき令嬢だったリノテアは、いまや、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の全裸美男子に変わってしまっているのだから。


ただ、幸いなことに、その面影にはリノテアの美しさが色濃く残っている。

艶やかな赤毛と、人一倍長い睫毛に、若芽色の猫目。

男にしか見えないという一点を除けば、体や輪郭は多少違っても、明らかにリノテアらしき人間である。


慌てて部屋へ踏み込んだ三人は、目を白黒させながら状況理解に努め――数時間後、ティコット家中がパニックに陥っていた。


伯爵である父は、青白い顔で、穴があくのではないかと思うほどリノテアを見ている。

母は、早々に精神的ショックで倒れた。

妹は、「お姉さま、かっこいいですわ!」と能天気に頬を染めている。

メイドや執事は、着替えの用意後、どうしたら良いのか分からず指示を待っている状況だ。


リノテアはと言うと、意外にも一番落ち着いていた。

自分より慌てている人間を見ると、逆に当事者の精神が落ち着くものである。


(性別詐称の噂が出回ったらバッドエンド確定よね。

隙なんて作ったら、真偽はどうあれ、すぐ食い殺されるのが貴族社会だもの。

一週間後の結婚式まで時間がないわ。なんとか解呪の方法を調べないと……でもどうやって?)


リノテアの頭に浮かんだのは、柔らかな笑みを浮かべる婚約者の顔だった。

ルデル・リテンド――今のリノテアが頼れるのは彼だけだ。


リノテアは早速机に向かい、婚約者当ての手紙を書き始める。


『ルデル・リテンド様へ』


第三者に読まれてしまう可能性も考えて、念のために肝心なところはぼかしまくった救援要請を記していく。


それから約三十分後――リノテアは、信用できる執事に書き終えた手紙を預け、すぐリテンド家へ行くよう命じた。


(うまく解決策が見つかると良いんだけど……どうなるんだろう、私)


◆◆◆2


リノテアから報せを受けたルデルは、即日ティコット家まで駆けつけてくれた。


「ふむ……。これは……残念ながら、夢じゃないようだ」


リデルは、柔らかそうな淡い茶髪を掻きあげて苦笑いする。

透き通る灰色の瞳が、心配そうにリノテアを見つめた。


「目鼻立ち、髪、話し方の癖、手紙の筆跡。

それに、俺とリノテアだけの秘密も全部知っている」

「はい」

「何回考えても、俺が知っているリノテアそのものだな。

どれだけ姿が変わろうと、疑う余地は何も無い。

体格と声だけだいぶ違うが……」

「ええ、ええ。そうですの。信じてくださってありがとうございます!

ちょっと男らしくなっていますけれど、わたくし、本物のリノテアですわ」


意外なほど冷静なルデルの反応を見て、リノテアも少しだけ安心する。


なにせ、ルデルといえば、数百枚あった釣書の中から、リノテアが直々に選んだ最も頼もしい男性である。


子爵家次男のガレルスと違い、侯爵家の長子であり、文武両道。

さらに領地経営も難なくこなす天才だ。

穏やかな性格に加え、地味ながら優しそうな外見を持っているところも素晴らしい。

何もかもリノテアの好みを見事に撃ちぬいているのだから、結婚相手としてルデル以上に素敵な男性は居ないだろう。


ルデルが味方になってくれれば呪いなんてどうにでもなる――と、リノテアは心から確信できた。


「さて、現状は非常に深刻だ。俺が見たところ、これは呪いのようだな」

「ですわね。それも、かなり高度な呪いでしょう。

女を男に変える呪いなんて、初めて聞きましたもの」

「リノテア、この呪いをかけた犯人の目星はついているのか?」

「推測ですけれど、大体は分かっています。

犯人はおそらく、スラール子爵家の次男、ガレルス・スラールですわ。

その……ルデル様と出会う前に婚約を断った相手ですから、逆恨みでしょう。

わたくしが恨みを買うとすれば、ガレルス様しか居ないでしょうね」


リノテアの言葉が終わると、ルデルは、無言のまま、上着の内ポケットから黒い手帳を取り出した。

手帳の中ほどにあるページを迷いなく開く。

細長い指は、少しずつ文字を辿っていった後、ページの最下部で止まった。


「やはり、ガレルスだったか。彼については既に調べ終わっている」

「え? どうして……?」

「俺は用心深いからな。国内の貴族は全員くまなく調べて、弱みを握るようにしているんだ」


ルデルは手帳に目を落としたまま話し続ける。


「ガレルスは、ここ数カ月ほど怪しい人物を屋敷に出入りさせている。

俺が調べたところによると、ヴォルフという名前の、宮廷呪術師だった男だ。

一年前に不敬罪で追放され、そのまま行き場を探してスラール家へ流れついたと聞く」

「宮廷呪術師だったお方が、こんなことをなさるなんて……」

「情報からの推測だが、ヴォルフは娘の治療費を稼ぐために働いているんだろう。

忠義を持たない人間なら、直接話せば解呪に協力してくれる可能性もある」


リノテアは聞いた内容をしっかり反芻(はんすう)し、決断した。


「そういうことですか。それなら、明日、直談判しにいきましょう」

「いや、君をその姿のまま外へだすわけにはいかない。念のため、俺が1人で呪術師を訪ねよう」

「いいえ! わたくしも、全身鎧を着てルデル様についていきますわ!」

「……は?」

「全身鎧で体を隠してしまえば安全ですし、わたくしがリノテアだとバレることはありません。

それに、ずっと着てみたかったんですもの!

こんな機会でもないと着られないわ。

ルデル様も、騎士の全身鎧って、形が恰好いいと思いません?」


ルデルは呆気に取られた様子で、リノテアをまじまじと見つめた。


「……ふっ。くくっ。ふふふっ……ははははは!

まったく、この大変な時にそんなことを言い出すなんて……。

俺は、これ以上ないくらい良い相手と婚約できたようだ。

どんな時でも明るくいようとする性格を見ていると、俺までつられて明るくなってしまうな」

「ふふふ」


心底楽しそうな笑い声につられて、リノテアもにんまり笑ってしまう。


(せっかく男になったんだし、一度くらい記念になるようなコスプレもしておきたいよね。

王子様の到着を待つだけなんて、性に合わないし! 少しくらい楽しまなくちゃ)


「分かった。では、明日、二人で呪術師のヴォルフを訪ねよう。

装備は……そうだな。馬車の中に護衛騎士らしく見える鎧を用意させておくよ」

「ありがとうございます。頼りにしていますわ」

「ああ、任せてくれ」


ルデルは安心させるように微笑んだ後、少し真剣な面持ちで、リノテアの手を握った。


「外見は人間の一部分にしかすぎない。どんな姿でも――リノテア、君こそが俺の婚約者だ」

「……ええ、もちろんですわ。ルデル様」

「俺が絶対に君を救ってみせる」


その温かい言葉に、リノテアの鼓動がひときわ大きく跳ねる。


(やっぱり、私の婚約者――いいえ、私の結婚相手はこの人しか居ない!

ガレルスの呪いなんてさっさと解呪して、この世界で幸せになってやるんだから!)


◆◆◆3


ルデルとリノテアを乗せた馬車は、街はずれにある古びた家の前で止まった。


城下町の中にあると思えないほど荒れたその家は、本当に人間が住んでいるのかも分からない。


リノテアは、不慣れな動作で鎧を軋ませながら外へ出た。

ルデルがリノテアの手を引いて、うっかり転ばないようにエスコートする。


長身の騎士が美しい貴族男性にエスコートされるという愉快な珍風景だが、目撃する者は誰も居ない。


無事に地面へ降り立ったリノテアは、騎士らしからぬ優雅な所作でルデルの後を追った。

少し声を潜めたルデルが、こっそりとリノテアに囁く。


「ヴォルフはおそらく、ガレルスの被害者にすぎないだろう。交渉の余地は十分あるはずだ」

「心得ておりますわ。わたくし、弱い者を虐める趣味はありませんの」


やがて、ヴォルフが住む家までたどり着いたリノテアとルデルは、家の扉を数回叩いた。

扉を開けて出てきたのは――蒼白い顔の小柄な少女だ。年齢は七歳くらいだろうか。


「はーい! あの、なんのごようですか?」

「俺たちは、ヴォルフ殿と話したいんだ。お父さんに取り次いでもらえるかな?」

「おとうさん、ですか?わかりました。ごあんないします」

「急いでないから、慌てずにゆっくり案内してくれ」


少し咳きこみながら階段を登る少女に連れられて、二人はヴォルフの部屋まで辿り着く。

部屋に入ってみれば、ヴォルフは驚く様子もさほどなく、すっかり諦めた顔で二人を迎え入れた。


「――ああ、もう見つかっちまったか。やっぱり、止めとくべきだったなぁ、こんな仕事は」

「わたくしたちがここまで来た理由は分かっていらっしゃいますね?」

「ああ。おまえさんは……その口ぶりからすると、ひょっとして例の令嬢か?」

「そうでしてよ。その件ではどうも、お世話になっておりまして」


リノテアが笑いながらからかうと、ヴォルフはその場で目を見開いた。


「おいおい、一体なんの冗談なんだ、まったく……」

「あなたの呪いでこうなっているんですから、少しくらい、お話を聞いてもらいたいですわ」

「……すまなかったな。お嬢ちゃん」


ゆっくり話しながら、ヴォルフはばつが悪そうにリノテアから目をそらす。

そこで、黙っていたルデルがようやく口を開いた。


「さて、呪術師ヴォルフよ。本当にすまなかったと思うなら、俺たちの質問に答えてほしい。

まず俺が聞きたいのは――リノテアの呪いを安全に解呪する方法だ。

どうすればこの呪いを解除できるか、あなたなら知っているんだろう?」

「娘さんのことは、わたくしたちが絶対になんとかしますわ。

ですから……わたくしたちを信じて、解呪方法について教えてくださいな」


うろうろと室内を歩きまわっていたヴォルフがすぐに立ち止まり、数回頭を掻く。


「本当か? ――本当に、娘を救ってくれるのか?」

「もちろんです。ティコット家の名にかけて、約束しましょう」


リノテアは、宣誓の言葉と共に、用意してきた契約書を渡した。

"ヴォルフ自身と娘の生活を保障したうえで、病気の解決にも尽力する"という契約をまとめた書類だ。

書類に目を通したヴォルフの目が一気に潤んだ。


「ありがとう、ありがとうよ、本当に。俺みたいな奴にも情けをかけてくれて。

そういうことなら……俺だってこんなことやりたくてやったわけじゃねぇからな、協力するぜ」


涙目で気持ちを伝え終えたヴォルフは、懐からボタンのような小さい魔道具を取り出す。


「なぁに、解呪方法は簡単だから安心してくれ!

この魔道具をガレルスの(ふところ)に仕込んで、お嬢ちゃんがガレルスの名前を呼ぶだけで良い」

「それ、なんですの?」

「この魔道具は、呪い返しの対象を登録する魔道具だ。

対象の近くに仕込んだ後、その後に対象の名前を呼ぶことで、じわじわと呪い返しの術が発動する。

すぐに効果が出るわけじゃないが、6時間も経てば呪いが大元へ返るってわけだ」

「……ヴォルフさんへの悪影響はないのかしら?」

「ああ。呪いっていうのは、相手を強く憎む依頼者の血が必要な術だからな。

お嬢ちゃんの呪いには、ガレルスの血を一滴使っているんだ。

だから、呪い返しで呪いが戻る先も、俺じゃなくてガレルス本人になる」

「なるほどな、そういうことか」

「では、この魔法具は私が預かりますわね」


リノテアがヴォルフから魔道具を受け取り、鎧の太ももにつけた小さなポーチへ入れた。


「俺が伝えるべきことは、もう無いぜ」

「ありがとうございます。あなたと娘さんは、しばらくティコット家で保護します」

「ああ。こちらこそありがとう。

急いで荷物をまとめるから、三十分だけ外で待っててくれ。すぐに行く」


◆◆◆4


しばらくして、荷物をまとめた親子と、リノテア、そしてルデルが馬車の中へ戻る。


「さて、これで無事に全ての準備ができましたね。

呪い返し、ちゃんと成功させましょう。

ガレルスには少々申し訳ないけれど――わたくしの人生がかかっていますの」


リノテアは、ほんの少し目を伏せながら、力強い声でそう言い切る。


「元はと言えば、人を呪う方が悪いからな。気にすることはない」

「慰めのお言葉、ありがとうございます。ところで、呪い返し後の処理はどうしましょう」

「そうだな。まあ、自分でかけた呪いが自分へ返ってきたなんて醜聞(しゅうぶん)、さすがのガレルスでも表には出せないだろう。

この騒動の背景を探られて困るのはガレルス……いや、スラール家の方だ」

「分かりました。

では、令嬢らしく、礼儀正しく――ガレルスに頂いたものを全部しっかりとお返しいたしますわ。

わたくしは、ガレルスの婚約者じゃなくて、あなたの婚約者なんですもの!」


二人の会話が終わると同時に、リデント家の馬車が走り出した。

軽やかに走る馬車は、ただひたすら前へ前へと進んでいく。


◆◆◆5


結婚式の前日、リノテアとルデルはスラール家を訪れた。


ルデルは貴族らしい正装に身を包んでいる。

一方、リノテアは、顔が分からないように全身鎧を着こみ、護衛騎士としてルデルの後ろにくっついて歩く。


客間に案内された二人は、やや緊張しながらガレルスの登場を待った。


うまく魔道具を仕込むため、リノテアは扉の横に立ち、ルデルが扉と反対側のソファへ腰かける。

この配置なら、ガレルスは扉側のソファへ座ることになり、リノテアが魔道具を仕込みやすくなるという算段だ。


客間に案内されて十分ほど経った頃、大きな音を立てて客間の扉が開かれた。

扉を乱暴に開けて入ってきたのは、まばゆい金髪に赤い瞳を持つ派手な容姿の美男子――ガレルス・スラールだった。


「ふん。今さら俺に何の用だ?ルデル・リテンド」


ガレルスは不機嫌そうに言いながら、扉近くのソファへ座る。

赤い目が憎々しげにルデルを睨んだ。


「ああ。リノテアと結婚するので、その挨拶にな」

「っ…! 家柄頼みの地味なお坊ちゃん風情(ふぜい)が…!

リノテアは、ティコット家のために仕方なくおまえを選んだだけだ。

……まさか、本気でリノテアがおまえを選んだとでも思っているのか?」


どんどん口調を荒げていくガレルスに対し、ルデルは眉一つひそめずに返答する。


「ああ。俺はリノテアを選び、リノテアも俺を選んだ。

だから結婚する。それだけのことだ。違うか?」

「ふざけるな! それは嘘だ! リノテアは俺のことを……」

「俺は、彼女の中にある明るさ、優しさ、苦境を乗り越える強さ――全てを愛している。

君が知らない彼女を知っている」

「いいや、リノテアは絶対に俺のものだ。くそ……っ、返せよ、俺のリノテアを!」

「ガレルス――君のその感情は、愛情じゃなくて、一方的な執着と支配欲だろう?

君みたいな奴にリノテアを渡すわけにはいかないな。

返せと言われても、リノテアは元から君のものではなかった。

リノテアの運命の相手は俺だ」

「貴様っ! 何を言ってるのか、分かっているのか!?」


二人の会話がどんどん過激になっていく。

リノテアは、その好機を見逃さなかった。


(絶対今だわ! 今なら、ポケットに呪い返しの魔道具を仕込める……!)


なるべく静かにポーチから魔道具を取り出し、ルデルのもとへ向かって歩き始める。

そして、ガレルスの少し右側を通り過ぎる瞬間、手先だけの動きで小さな魔道具をポケットへ投げこんだ。

魔道具は、音も無くガレルスの右ポケットに吸い込まれていく。


その様子を見届けたリノテアは、ルデルに向かって軽く頷いて、作戦の成功を報せた。

リノテアの合図に気付いたルデルは、自然に立ち上がりならとどめの一言を叩きつける。


「ところで、ここに来た要件だが――明日は俺とリノテアの結婚式があるんだ。

君もぜひ来てくれ」

「ふん……馬鹿め。ティコット家はすぐに没落するぞ!

お前とリテンド家も、そのうち俺が叩き潰してやる! 絶対にな!」


「では、俺はそろそろ失礼させてもらうよ」

「ガレルス・スラール様、ルデル様が失礼いたしました。なにとぞご容赦を」


淡々と言い放って部屋から出たルデルの後ろを追いかけつつ、リノテアはガレルスに一礼する。


呪い返しの魔道具をガレルスに仕込み、ガレルスの名前もしっかりと口に出した。

――ヴォルフに聞いた解呪方法が正しければ、六時間後にリノテアの苦難は終わるだろう。


リノテアとルデルはスラール家を出て、馬車の中で静かに話す。


「……あの方って、本当に苦手ですの。はっきり言っていただいて助かりました」

「ああ。これでようやく、何の心配もなく結婚できそうだな」

「本当に、何から何まで……いろいろと、ありがとうございました」

「気にしないでくれ。俺がやりたくてやったことだ」

「この御恩は一生忘れませんわ――あなたの妻として」


リノテアは兜を外しながら、自然と、ルデルの右肩に頭を寄せる。

穏やかな表情のルデルは、その顔を壊れ物のように優しく撫でた。


◆◆◆6


結婚式当日――早朝に目覚めたリノテアは、おそるおそる立ち上がり、鏡を見る。


鏡には、二十三年間ずっと見てきた、女性らしいリノテアの姿が映し出されていた。


「あ、あ、あー。うん、声も大丈夫そう……ですわね」


柔らかなソプラノボイスが、静かな部屋に響き渡る。

首筋をくすぐる髪の感覚と、軽い体。

そして、いつも通り低い視点――その全てがリノテアを安堵させた。


(いろいろあったけど、これで無事、ルデルと結婚できる。ようやくかぁ)


乙女ゲームの世界だというのに、ゲームの登場人物でもない相手と結婚するのは、他人から見ればおかしい選択なのかもしれない。

しかし、リノテアにはルデル以外の相手など考えられなかった。

リノテアが心から頼りたいと思える相手はルデルしか居ないのだ。


「わたくしは……、いや……、私は本当、幸せ者だなぁ」


しみじみと呟いたリノテアは、手元のベルを鳴らした。

結婚式は昼すぎから行われる。着飾るための準備時間は、当然、長ければ長いほど良い。


貴族の令嬢として、ルデルの妻として、開始時刻までにしっかり準備を整えなくてはいけないのだ。

少しだけ感傷に浸りながら、リノテアは着々と結婚式への期待を膨らませていった。


◆◆◆7


真っ白な大理石が目立つ教会で、リノテアとルデルは熱く見つめ合う。


ステンドグラス越しに降る虹色の光は、きらきらと澄みきった輝きで二人の門出を祝ってくれている。


銀糸の刺繍が隙間無く施されたウェディングドレスをふわりと揺らし、ドレスに負けない笑顔で歩くリノテア。

貴族らしい豪奢な正装を着こなし、どこか満足気な笑顔でリノテアをエスコートするルデル。


寄り添うように立つ二人は、まばゆいほどの美しさで招待客を魅了した。


「――リノテア・ティコット。あなたは、ルデル・リテンドをいついかなる時も愛すと誓えますか?」

「ええ! もちろんですわ!」

「――ルデル・リテンド。あなたは、リノテア・ティコットをいついかなる時も愛すと誓えますか?」

「はい。命あるかぎり、リノテアを愛し続けると誓います」


神父の問いかけに答えてから結婚指輪を贈りあい、続けて口づけも交わす。

それは、雪がふわりと落ちる時のような、本当に儚い口づけだった。


しかし、たったそれだけで、二人の関係は変わっていく。

二人はようやく結ばれ、心身を分かち合い続ける運命共同体になったのだ。


リノテアの髪を彩る白い花が、春風に撫でられてそよぐ。


かぐわしい花の香りと、繋いだ手から伝わる体温が、二人の心を躍らせた。


――リノテアに降りかかった()()は、案外、幸福を生む()()だったのかもしれない。

★「女主人公の作品は男装ばかりで男体化TSが少ないなぁ…?」と思い、悪役令嬢が男体化する短編を書いてみました。

★呪い返しによって女体化してしまったガレルスの描写は省きましたが、生涯女性として生きるはめになり、やがて実の弟に家督まで奪われ、絶望しながら暮らしていると思います(たぶん)。

★最後までお読みいただき、本当にありがとうございました~!

★よろしければポイント評価・リアクション・ブクマ・URL共有等で応援していただけると嬉しいです!

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別の完結済み作品もぜひ読んでみてください!
▼25,000字(全10話)なので、1時間あれば読めると思います…!

怯える魔王さま~ツンデレ姫は、世界平和のために化け物勇者を口説きたい~

+注意+

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