魔法裁判
次の日、フローレンス――いや、ヴィオレッタは朝から牢屋を連れ出され、王都の中央に位置する魔法裁判所へと引き立てられた。
大法廷の大きなドーム型の屋根の下、彼女は数多の聴衆と陪審員に囲まれる形で、厳かに法廷へと連行された。
「ヴィオレッタ・ド・ヴィスコンティ。貴様は、先日トスカ地方のダリ村において黒魔術を用い、疫病を撒き散らし、村人たちを苦しめ、多数の死者を出した罪に問われている。罪状について異論はあるか?」
裁判長が声高らかに罪状を読み上げる。
「はい、あります。
私は決して、そのようなことはしていません」
フローレンスは毅然として答えた。
「お言葉ですが裁判長、彼女がダリ村に侵入していたことを多くの村人が目撃している。
それに、お前の魔法石を調べたところ、禁じられた黒魔術を使った痕跡が検出された」
傍らに控えていた検察官が、厳しい声で告げた。
魔法石は持ち主が使用した魔法の履歴を残す。それは、強い魔術師であればすぐに読み取ることができる。
「はい、確かにヴィオレッタが罪を犯したことは明白かもしれません。ですが、私はヴィオレッタ本人ではないのです。ヴィオレッタは私と姿を入れ替え、今この場にいます。私は、フローレンスです。信じてください!」
聴衆の間から、どよめきが上がった。
「彼女の言葉に耳を貸してはなりませんわ」
静寂を破ったのは、聴衆の中から現れた“偽フローレンス”――本物のヴィオレッタだった。
名乗り出た彼女を見て、フローレンスは絶句した。
「ヴィオレッタ……あなた……」
偽フローレンスはラファエル大魔導士の隣に付き添い、見る者が羞恥を覚えるほど擦り寄っていた。
彼女は、フローレンスが今まで一度もしたことのないような派手な姿で着飾っていた。髪は巻かれ、厚化粧を施し、気だるげな様子でラファエルに甘えている。
本来のフローレンスであれば、決して見せないであろうその姿に、彼女は言葉を失った。
「ラファエル様。
あなたは、私のことを信じてくださいますわよね?」
偽フローレンスは、甘ったるい声で訴える。
「無論だ。なぜなら、ここにいるフローレンスこそ、ヴィオレッタの陰謀を阻止した張本人だからな」
「どういうことです?」
「言い逃れはやめろ。彼女の無実は、私が証明する。フローレンスはヴィオレッタの陰謀にいち早く気づき、私と共に治癒魔法を駆使して、村を疫病の呪いから救ったのだ」
「その通りです、大魔導士様。その証拠に、私はヴィオレッタが呪いをかけるのを阻止した際に、彼女の魔力を奪うことに成功しています」
「私の魔法石をご覧くださいませ」
そう言って偽フローレンスが片手を掲げると、その手の甲にはヴィオレッタから奪い取った魔力によって肥大化した魔法石が輝いていた。
「彼女がヴィオレッタから奪った魔力のおかげで、疫病の拡大は阻止された。
だが今なお、多くの村人が病に苦しんでいる」
「フローレンスの活躍があったとはいえ、ヴィオレッタの犯した罪は、到底許されるものではない」
その場のやり取りを聞いて、フローレンスは言葉を失った。偽フローレンスが、ここまで用意周到に準
備していたとは知らなかったのだ。
「そんな……あんまりです、ラファエル様。あなたは私の学園時代からの先輩だったはず。私のことがわからないのですか? 彼女が偽物だということが!」
「ラファエル様。この悪女に耳を貸してはなりませんわ。
この私、フローレンスのことは、あなた様が一番よくお分かりでしょう?」
「無論だ。ヴィオレッタ、汚い御託はよせ。潔く罪を認め、償うがいい」
ラファエル大魔導士は冷ややかに言い放った。
「ヴィオレッタ嬢、貴様には監獄島へ流刑のうえ、そこで禁錮五十年を求刑する。謹んで刑を全うせよ」
「そんな……ひどい……冤罪です、裁判長! どうか、私の話を……!」
フローレンスは必死に訴えたが、裁判長を含め、法廷にいた全員が沈黙した。
「いい気味ね」
偽フローレンスが、小さく呟く声が聞こえた。
フローレンスは絶望し、うなだれた。
衛兵が彼女を後ろから羽交い締めにし、連れ出そうとした――その時、それは起こった。