囚われの魔法見習い
ヴィオレッタ・ド・ヴィスコンティエという生徒は、辺境の土地を治める良家の娘だった。
歴代の一族と同様に、彼女にも闇魔法の素質があって、ほとんど当たり前のように、王立アストリア学園へと入学した。
事件が起こったのは、高等部の授業が始まってすぐのことであった。
その日は、高等科が始まってすぐの課外授業の日だった。
辺境のこの村の森で、課外学習として闇の魔物の生態調査や、毒薬草の採集を行っていた。
このときは、まだこの森は安全で魔物の出現の噂もなかった。楽勝な、ごく一般的な課外学習だと思っていた。
何者かにこの洞窟に引き込まれるまでは――。
「洞窟の奥で、このカエルに捕まったの。
そして気がついたら、私の姿をした誰かが私を見下ろして笑っていた。
以来、ずっと助けも呼べずにここに囚われている。」
カエルは飛び出した大きな目から大粒の涙を浮かべて訴えた。
「ということは、今私の体をのっとっているやつの正体は、このカエルの魔女だったということなのね。」
フローレンスは、事のあらましを理解した。
「本当にそうなのか? 自分が本当のヴィオレッタだというなにか証拠はないのか?」
二グレスは疑い深く追求した。
「本当よ。家のことも故郷も家族のことも、何でも話すわ。
どうしても信じてくれないのも無理もないわね。でもこれできっと分かってもらえるはず。」
カエルはそう言って、ずるずると洞窟の後ろの方へ下がっていくと、何やら水溜りをゴソゴソといじってから戻ってきた。
「これは、私の魔法石よ。
魔女に魔力を大半奪われてしまったけれど、これだけ残っていたの。」
それは、小さな魔法石の指輪であった。石自体は以前フローレンスがそうであったように、小指の先くらいのわずかな魔力しか残っていないものだったが、一目でそこらではお目にかかれない高価な金属でできていて、台座には凝った紋様が彫り込まれていた。
「お母様が入学時に私にくれたの。
これを見ればみんな信じてくれるはずよ。私の最後の魔力、この手であの魔女を倒すために隠しておいたけれど。これをあなたに託すわ。」
彼女の気迫に、ようやくフローレンスたちは信じる気になった。
「ではやはり、あなたは本当にヴィオレッタなのね。」
「なんだかややこしくなってきたな。単純に君とヴィオレッタの姿を入れ替えただけでは済まないのか。」
後ろで聞いていた二グレスは、腕を組んでなにやら難しい顔をしている。
「まずは、あなたがもとのフローレンスの体を取り戻して、それからヴィオレッタと私を入れ替える必要があるわ。」
「そうね、でも一体彼女はどんな魔法を使って私たちの体を何度も入れ替えたりしているのかしら。」
「呪具を使ったのよ。反魂の鏡というの。裏表どちらも鏡面になっている手鏡のような呪具よ。背中合わせに二枚の鏡を張り合わせたような作りになっていて、裏と表に映し出された二人の魂を入れ替えることができるの。」
「反魂の鏡。そんなもの聞いたことがないぞ。一体どこにあるんだ?」
「おそらく、あの魔女が持っているはずよ。
自分の正体が明かされるような大事なものを置いておくはずがない。肌身離さず持っているに違いないわ。」
「とすると、鏡があるのはアストリア学園内ね。」
「フローレンス、お願いよ。きっとあの魔女を捕まえて、私をここから出して。」
「約束するわ。絶対にあなたを助けてみせる。
それまでもう少しの辛抱よ。」
「ありがとう、フローレンス。きっとみんな元通りになるって信じているわ。」
* * *
「それで、あんな約束をしてしまったけれど、君になにか策はあるのか?」
なんとか洞窟を出て二人きりになったところで、二グレスが話しかけてきた。
「残念ながらまだ何も。でもこの体があの子のものであるならば、見過ごすわけにもいかないわ。」
「君は本当にお人好しだね。」
二グレスは呆れたように笑う。
「まずは、反魂の鏡を探し出さなければ。
大事なものだから、きっと彼女の身近な場所に持っているはずよ。」
「つまり……」
「彼女の自室、光属性寮に潜入するしかないわね」




