魔物の住む森
二グレスと合流したあと、フローレンスたちは再びあの孤児院へと戻ってきていた。
まだマリア修道士や子どもたちに、きちんと別れの挨拶もしないで孤児院を飛び出してきてしまっていた。
「二グレス、あなたもここへ戻ってくるのは久しぶりかしら?」
「そうだね。ドラゴンに進化してからは、時たまこのあたりの上空を飛び回ったりしていたんだけど。
こうして人の形をしてこの門をくぐるのは初めてのことだ。」
「そうなのね。私も学園に入学してからは一度も帰っていなかったから、こうしてまた来れて良かったわ。」
二人は同じ、感慨深い気分に浸っていた。
「あら、ヴィオレッタ。戻っていたのですね。
そちらの方は?」
振り返ると、そこにはマリア修道士がいた。彼女は、フローレンスの隣に立っている二グレスを見て、怪訝そうにしている。
「こちらは私のしもべの魔獣、そして友人でもある二グレスです。」
「はじめまして、二グレス。さすが闇魔法使いさんはすごいわね。」
マリア修道士は感心して頷いた。
「ふたりともゆっくりしていってね。と言いたいところなのだけれど、一つ頼まれてほしいことがあるの。」
「どうしたのですか?」
「実は、このあたりに魔物が出るようになってしまって。」
「魔物?」
マリア修道士は不安そうに話し出した。
「一年くらい前かしら、村のはずれの森にある洞窟の中に、魔物が潜んでいるという噂が出たの。
あの辺りは、もともと人気が少なくて不気味なところだったのだけれど、森には珍しいきのこや薬草になる植物が採れるから、私たち孤児院の職員もたまに入ることがあって。」
「ある日、森番の老人がその森に入ったところ、洞窟の方で化け蛙の魔物が出たと言って逃げてきたの。
それ以来、誰も森の方には近づかなくなってしまって。村の住人に害をなすのではないかと恐れているわ。」
「そういうことでしたら、我々にお任せください。」
フローレンスは、二グレスと顔を見合わせてから、ぽんと胸を叩いた。
「本当? 助かるわ、さすが学園の魔法使いさんね。」
「昨晩泊めていただいたお礼です。」
フローレンスたちは孤児院をあとにすると、二グレスの背に乗って森の方を目指して飛んでいった。
* * *
村の外れまで飛んでいくと、その先に深い森が広がっているのが見えた。
近づいていくにつれて、不気味な薄暗い霧があたりに立ち込めてくる。
「霧のせいで視界が悪い。森に入ったら降りて地上から洞窟を探そう。」
二人は森の中に降り立った。
「確かに、とても尋常ではない瘴気が漂っているわ。前はこんなに不気味な場所ではなかったはずよ。」
フローレンスは眉を潜めた。前に訪れた毒蜘蛛の村を思い出す。それくらい不気味な場所に様変わりしていた。
「長くここにいるのは危険だ。僕から離れないで。まずは洞窟を探そう。」
二人は霧の中を慎重に歩き出した。
「確か、洞窟はこっちの方だったと思うわ。」
マリア修道士から教えられたとおりの方角に森を進んでいくと、視界の先に、薄暗い洞窟がぽっかりと口を開けているのが見えた。
「邪悪な気配はこの洞窟から来ているようだ。
中には相当な魔力を持った魔物がいるらしい。」
「森をこんなにしてしまった魔物なら、このままにはしておけないわ。
村の人にも危険が及ぶことになる。行ってみましょう。」
二人が足を踏み入れると、そこはジメジメと湿った空気が立ち込めていた。
歩いている地面もぬかるんできていて、奥の方からは絶えず生暖かい瘴気が吹き付けてくる。
闇魔法を習得している魔法使いでなければ、まず立っていることはできないだろう。
フローレンスは、二グレスの腕に支えられてなんとか先を進んでいった。
ぬかるんだ地面は次第に水が染み出してきていて、川のようになっていた。
二人は膝のあたりまでも水に浸かっていて、普通に歩いていても足を取られそうになる。
「わわっ!」
ビシャリと音を立てて、フローレンスはその場に尻もちをついてしまった。
「大丈夫かい?」
二グレスが腕を貸してフローレンスを助け起こしてくれた。
「気を付けて。これほど湿り気が多いところだと、僕の炎は威力が弱まってしまう。」
「ありがとう。なんて深い洞窟なのかしら。一向に魔物までたどり着かないじゃない。
早いところ退治しないと、私たちも危ないわ。」
そう言ってフローレンスが立ち上がろうとしたとき、不意に奥の方から地響きが鳴った。
「一体何が――きゃあ!」
地響きによろめいて、フローレンスが体勢を崩したその瞬間、不意に水の中から何かが伸びてきて、フローレンスの左足をさらった。
「フィフィ!」
二グレスがすかさず彼女を掴むより先に、足を掴んだそれは恐ろしいスピードでフローレンスを洞窟の奥へと引きずり込んでしまった。




