図書室にて
次の日、フローレンスはある人物を訪ねるため、学園内の図書室を訪れた。
アストリア学園の歴史は古く、トリエステ公国の建国と同時に千年前に設立されたという。その図書室には、国の創設以来に蓄積された貴重な文献の数々が保管されており、魔法理論から歴史、その他多岐にわたる分野に至るまで、莫大な蔵書が収められていた。学園は古来より魔法学の中心地として、知識と探究の象徴とされてきた。
司書室のカウンターにたどり着いたフローレンスは、そこにいた木属性の女子生徒に声をかける。
「こんにちは、ヘレナはいるかしら」
声をかけられた生徒は、フローレンス──いや、ヴィオレッタの姿をした彼女を一目見て眉をひそめた。やがて無言で司書室の奥へと入り、代わりに光属性の制服を着たヘレナを連れて戻ってきた。
「ヴィオレッタ、闇属性のあなたが、私になんの用?」
ヘレナは明らかに警戒心をあらわにしていた。彼女は、かつてのフローレンスにとって数少ない友人の一人だった。もともと内気で無口なフローレンスは、同じく物静かで図書館に篭ることの多いヘレナと気が合った。もとの生活では試験前などによくここで二人並んで勉強をしたものだった。
「ヘレナ、実はあなたに見てもらいたい魔導書があるの」
フローレンスはそう言って、古城で見つけた一冊の闇の魔導書を差し出す。
「……闇の魔導書? それ、私の専門じゃないわ。闇魔法に詳しい誰かに頼めばいいんじゃない?」
冷ややかな視線と共にヘレナは不信感をあらわにする。見ず知らずの生徒がいきなり頼み込んできているのでそれも無理はない。フローレンスはひるまずに続けた。
「お願い、ヘレナ。これは古代文字で書かれているの。一年生でこれを読めるのは、あなただけだわ。」
彼女がヘレナを頼ったのには理由があった。本好きが興じて彼女が古代文字の解読を得意としていることを、フローレンスは知っていたのだ。
ヘレナはしばらく無言で本を見つめていたが、やがて目を細めてつぶやいた。
「これは……本物ね。とても古い書物だわ。どこでこんなものを?」
「古い知り合いから借り受けたのよ。有益な魔法が載っているのではないかと思って。 読めそうかしら。」
「読めるには読めるけど……私は闇魔法には詳しくないから」
「呪文の内容が分かるだけでいいの。お願い」
少し戸惑った様子を見せつつも、ヘレナはページをめくり、書かれている呪文を一つ一つ読み上げ始めた。
「前半は、闇魔法の呪文集みたいね。古代文字だけど、正しい発音で唱えれば発動できるはず」
「ほんとう? どんな効果があるの?」
ヘレナは魔導書の上から順に、呪文の読みとその効果を丁寧に解説してくれた。フローレンスは、その内容を食い入るように聞き入る。来たる寮対抗試合に備え、少しでも戦力を得ようと考えていたのだ。
初等科では、基礎魔法しか学ばない。実戦を意識した応用魔法の訓練は二年目以降だ。だからこそ、この魔導書が彼女にとっての切り札となる可能性があった。
「呪文に関してはこのくらいかな」
「ありがとう、これだけでもすごく役立ちそう」
フローレンスが礼を述べようとしたとき、ヘレナが再びページをめくって眉をひそめた。
「この本、後半は別物みたい。呪文じゃなくて……『禁術』ね。魔法陣や特殊な魔具を使って発動する、かなり複雑な儀式魔法」
「禁術……それって使っても大丈夫なものなの?」
「普通の学生にはとても扱えないわ。内容も複雑すぎるし、リスクも高い。学園じゃ禁じられてるものも多いと思う」
「ねえ……その中に、人の姿を入れ替えるような術は載ってない?」
ヘレナは眉をひそめたまま、しばらく魔導書をめくっていたが、やがて首を横に振った。
「そういうのは……見当たらないね。魂ごと入れ替えるなんて、本当に存在するのかも怪しいわ」
「……そうよね」
フローレンスは視線を落とした。その魔法こそが、いまの自分を救う鍵だというのに。
「何にしても、ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
その言葉に、ヘレナはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……ヴィオレッタ。あなたって、フローレンスが言っていた印象とちょっと違うのね」
「え?」
「光属性の生徒たちの間では、あなたはとてもひどい言われようだったから。
教室でフローレンスがよく言っているの。あなたは最低最悪の悪党だって。」
「……そう」
それは当然だった。今学園にいる『フローレンス』は、ヴィオレッタが成りすました偽者なのだから。
「でも、今日こうして接してみて、なんだか違う気がしたの。……最近のフローレンス、少し変なのよね。以前はあんなに人前で誰かの悪口を言うような人じゃなかったのに」
ヘレナはどこか寂しそうな表情を浮かべた。どれだけ姿が似ていても、内面の違いは長く接した人間にはわかってしまうのかもしれない。
「ヘレナ、実は……」
フローレンスは思わず真実を打ち明けそうになったが、ぎりぎりのところで言葉を飲み込んだ。彼女を危険に巻き込むわけにはいかなかった。
「……あなたがわかっていてくれるだけで、十分よ」




