ニグレスの葛藤
フローレンスたちは闇属性寮に戻ってきた。自室に入るなり、フローレンスは取り乱した様子でニグレスに詰め寄った。
「ニグレス、なんてことをしてくれたのよ。 もし失敗したら、私はもうこの学園にいられなくなってしまうのよ。」
せっかく学園への復帰を果たし、ヴィオレッタへ接近する絶好のチャンスを得たというのに──このままでは再び辺境送りになってしまう。ヴィオレッタの思惑通りに。
「そんなに気を落とすことはないさ。君は学園でもうまくやっているじゃないか」
ニグレスは飄々と答える。
「そう簡単にはいかないの。確かにあなたのお陰で魔力は以前より増しているかもしれないけれど、私は闇属性のクラスに来てまだ数日。対抗試合に出る他の代表は、きっと私よりずっと経験豊富な上級生よ。とても太刀打ちなんて──」
「でも、最悪の場合、僕を召喚してくれれば一瞬で終わる話なじゃいか。」
「それはだめよ。 あの魔法裁判所での事件を忘れたの? もしもまた、ドラゴンの姿を見られたら……今度はあなた自身が危険に晒されるかもしれないわ。」
強大な力を持つ魔物は、人々から畏怖と敬意を持って扱われる。しかし、それが一度でも『危険な存在』と判断されれば、討伐対象になる可能性もある。慎重に動かなければならなかった。
「完全に、ヴィオレッタの罠に嵌められたわね……」
「_すまない。君にこんなに悩ませるつもりはなかったんだ」
「いえ、私の方こそごめんなさい。つい感情的になってしまったわ」
フローレンスは自分の苛立ちを反省した。学園での生活に馴染めず、気が張り詰めていたのも原因だった。
「いいんだ。僕も最近、いろいろと考え込んでしまってね」
「え、あなたも? 一体、どうしたの?」
フローレンスは午後、どこか上の空だった彼の様子を思い出し、首をかしげた。
「君の姿を奪った者のことさ」
唐突な一言だった。
「……ヴィオレッタのこと?」
フローレンスが問いかけるが、二グレスは黙りこくったまま。
「フローレンス。もし君が元の姿に戻れたら、その後はどうするんだ?」
「その後? また普通の生活に戻れるかってこと……?」
唐突に問いかけられ、二グレスの意図が掴めず、フローレンスは曖昧に首を傾げた。
「……いや、なんでもない。今のは忘れてくれ。 とにかく、僕が必ず君を元の姿に戻す。だからそれまでは心配しないで」
「_ありがとう。あなたがいると、とても心強いわ」
フローレンスは彼の葛藤には気づかず、心から二グレスに感謝した。
ヴィオレッタの姿になってからというもの、こうして彼女をここまで手助けしてくれたのは、ほかでもない二グレスのおかげだった。
* * *
翌日、教室の扉を開けた途端、クラスメイトたちの視線が一斉にフローレンスへと注がれた。
「ヴィオレッタ様、寮対抗試合の代表に選ばれたって本当ですか?」
「普通は上級生が選ばれるはずよ。初等科のあなたがどうして?」
「自分で志願なさったの?」
「きっと光属性の妨害に違いありません。 ヴィオレッタ様の復帰が気に入らないのでしょう」
憶測と好奇の声が飛び交い、教室内はざわめいていた。
「ヴィオレッタ。選ばれたからには、もう失敗は許されないぞ」
実技授業でも一緒だったヴィクトルが、真剣な声で口を開く。
「闇属性は創設以来、寮対抗試合の優勝候補筆頭だ。 16年前に水属性が勝って以来、我が寮は16連覇中。この記録が途切れたら、闇属性の名折れになる。」
その言葉に、クラスの空気が一気に張り詰めた。期待と不安の入り混じる視線が、フローレンスに集中する。
「心配いらないさ。ヴィオレッタは学園でも優秀だからな」
「初等科とはいえ、ヴィオレッタ様ならきっとやり遂げてくださいます」
「……最善を尽くすわ」
フローレンスは気丈にそう答えたが、内心では不安で押し潰されそうだった。
* * *
授業が終わり、寮から帰宅しようとしていたところ、突然後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはヴィクトルが立っていた。
「ヴィオレッタ、次の寮対抗試合だが。なにか策はあるのか。」
ヴィクトルは険しいか顔で尋ねる。
「いいえ、実はまだ何も。」
フローレンスは正直に答えた。
「戦闘魔法については、自分なりに特訓してみるつもりよ。
でも、実戦術や戦法を覚えるのがちょっと自身がなくて。」
「なぜだ。君は実技科目でも優秀な成績を収めているはずだろう。」
前回の実技の授業でヴィクトルを相手に戦闘訓練を行ったこともあり、ヴィクトルは意外そうに答えた。
「ああ、あれは。まぐれというか。」
実技の授業では、ヴィオレッタの体の本能のようなものでなんとか体が動いたけれど。
前にも言ったように、フローレンスはもともと運動音痴で、戦術や戦闘に関する所作は全くだめだった。
「ヴィクトル、あなたは戦闘術に長けているわ。そこで相談なんだけど、私に戦闘訓練を指南してもらえないかしら。」
「俺がか?」
ヴィクトルは意外そうな顔をした。
「だめかしら。闇属性生徒たちの期待に答えるためにも最善を尽くしたいの。お願いよ。」
「してやらなくもないが。_なんだか意外だな。」
ヴィクトルは一人考え込むように眉を潜めた。
「いや、今まで君ががそうやって誰かに頭を下げて頼み込むなんて姿を一度も見たことがなかったから。」
(まずい。素が出てしまったかも。)
フローレンスは慌ててとりなした。
「な、なにか問題があるかしら?
これは闇属性全体の一大イベントなのよ。他に指南を頼める人もいないし、いいから協力して。」
「わかったよ、君にそう言ってもらえて光栄だ。
では明日の放課後から、基礎訓練を行おう。」
「ありがとう、助かるわ。」
フローレンスはほっと胸を撫で下ろした。




