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第9話

 移動を始めてからほどなくして、グレゴリーはガイルとヴィオラを隣に連れて行こうとした。


 ……私のせいで、余計なとばっちりを受けるかもしれない。


 気の小さいヴィオラに、そんな嫌な思いはさせたくなかった。


 私はヴィオラの手を引いて、隣を歩いてもらうように促した。


 その様子を見て、グレゴリーは嫌な顔をしていたが。


 おかげでグレゴリーの隣を歩かずにすんでいる。


 代わりに、2人の教官と一緒に歩いていた。


 ヴィオラが呟くように切り出した。


「グレゴリー教官、どうしてリアちゃんのことを嫌うんだろうね……こんなに凄いのに……」


 私と関わりたくないのか、グレゴリーはずっと先にいる。


 なにを言っても聞こえることはないだろう。


「さぁ、私にも思い当たるふしはないよ。でも向こうがヴィオラに嫌がらせをするなら容赦しない」

「わ、私は別に大丈夫だよっ! それにリアちゃんは自分に嫌がらせされるのもダメだからね? その……自信はあんまりないけど私も頑張るから……! 相談して! いい?」


 ヴィオラが近づいてくる。


 おもわず半歩さがった。


 豊満な胸部に頭がうずまりそうだ。


 あれに何度、窒息させられかけたか。


 あの胸は凶器だ。


「わ、わかったよ。でも私は別に嫌がらせを受けても……」

「ダメだよ。絶対ダメだからね? 私もリアちゃんを守りたいの」


 すこし顔をふくらませたヴィオラが、もう一歩、近づく。


 前が見えない。


「はは、君たちは仲がいいんだね」

「だな。うらやましいよ」


 私たちを見ていた教官が、会話に入ってきた。


うらやましい、ですか?」

「ん、ああ。俺はずっと教官だけどな……コイツはもともと前線に立ってたんだ」

「そうだな。俺は逃げてきたんだよ。周りの人たちがみんな死んでいく。それに耐えられなかったんだ」


 明るい声に、影がおちる。


 軍が人手不足なのはしっていた。


 だからネビュロスとの戦いも、厳しいものだと分かっていたはずだった。


 でも覚悟が足りなかったのだろう。


 悲痛な表情をみて、思い知らされた。


 半歩はなれてヴィオラをみると、同じ気持ちだったんだろう。


 顔がすこし強張っていた。


「大丈夫だよ、私が守ってあげる」

「リ、リアちゃんが? 私が守るんじゃなくて?」

「だってヴィオラより私のほうが強いでしょ?」


 するとヴィオラは普段よりも、もっと声を小さくしてつぶやきはじめた。


「……こんな可愛い子に守られるなんて……やっぱり私なんてすごくもないし……で、でも私も変わらないといけないしリアちゃんの力にもなりたい……」


 独り言が終わったらしい。


 ヴィオラは、はちみつ色の綺麗な髪をなびかせて、力強く私をみた。


「たとえリアちゃんが強くても、私も守れるように頑張る……!」

「そうだね、じゃあお互い頑張ろう」


 ところで可愛い、と聞こえたけど気のせいだろうか。


 私の目指す先は可愛いではないんだけど。


「脅かしすぎちまったと思ったけど、その分なら大丈夫そうだな」

「ルーカス、多少なら危機感をあおるのは良い。だが、怖がらせすぎるなよ。グレゴリーさんにも言われているだろ?」

「悪かったって……っと、グレゴリーさんと言えば、さっき面白そうなこと話してなかったか?」


 面白そうなこと?


 二人が気になるようなことを話していたか?


 話していたのなんて、グレゴリーからの嫌がらせくらいだろう。


「はぁ、ルーカス。面白がっているんじゃない」

「良いじゃねぇか、レオナルド。ほら、グレゴリーさんのこと、話してやれよ。さっきのはやりすぎだって、お前もボヤいてたじゃねぇか」


 だが、とレオナルドと呼ばれた男が青い目をゆらす。


 グレゴリーのことを知っているんだろうか。


 いったいどういうつながりがあるんだろう。


 ルーカスと呼ばれた方は、明るい緑の目を楽しげに輝かせている。


「なぁ、リア。お前も意味もわからず嫌味をいわれるのなんて嫌だろ?」

「ええ、まあ……というかよく私が困っているってわかりましたね」

「そりゃあ、グレゴリーさんの嫌な過去がお前に重なるんだよ。わかりやすくて助かるぜ。ま、言われる方はたまったもんじゃねぇけどな」


 どういうことだろう。


 もしその話が本当なら、私は努力しても無駄だ。


 グレゴリーに問題があるのだ。


 深いため息が出る。


 まあ……嫌がらせが終わらないなら、せめて理由くらいは聞いておきたい。。


「教官のイヤな過去に重なるんであれば改善はできませんね。しかし理由もなしに嫌味を言われるのは辛いものがあります。理不尽の理由くらいは教えてもらえませんか?」


 30センチほどの身長差がある、レオナルドを見あげる。


 ダークブラウンの髪が観念したかのようにゆれた。


 落ち着いた声が「わかった、わかったよ」とを上げながらつづけた。


「いいか、俺は中央魔法学院の卒業だ。で、グレゴリーさんも同じ。だからあの人のことは少しは知ってる」

「魔法学院、ですか?」

「ん、知らなかったのか? サリア少将が教えていたくらいだから、知っているのだと思っていたよ」


 知らなかった。


 ネビュロスに支配された世界。


 学校なんて存在していないのかと思っていた。


 チラッとヴィオラを見ると、意図を察したのか小さくうなずいて、


「私は知ってたよ。その……私にも推薦状すいせんじょうがくるかも、って言われてたから……でも結局、来なかったんだけどね……いまは落ち目だし……」


 あはは、と小さく笑うが、悲しさが混じっている。


 ヴィオラも魔法学院に行っていた可能性があったのか。


 しかし落ち目というのは、どういうことだろう。


 気になったが、ヴィオラの悲しそうな淡い緑色の目をみると聞けなかった。


「ヴィオラ、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫だよ。その、魔法学校ってすごく優秀か、優秀な人をたくさん出してる家系じゃないといけないんだよ。だから私はなんて……ね」


 いつもよりも卑屈ひくつに感じるヴィオラに、私は目を細める。


 前はヴィオラの家系も呼ばれていたのかも知れない。


 ネビュロスが支配している、この世界はかなり厳しい。


 優秀な人を輩出しつづける家系でなければいけないんだろう。


 もしかしたらヴィオラの家系はだんだんと落ちていき、ここ最近、呼ばれなくなったのかもしれない。


「っと、話がそれたな。ともかく、だ。グレゴリーさんは魔法学院に所属していた。だが、グレゴリーさんのお兄さんも魔法学院に入ってたんだよ。そのグレゴリーのお兄さんが凄く優秀でな。家ではことあるごとに比べられていたらしい。だから努力をした、と聞いているよ」


 森の中で草木がゆれ、かさかさと鳴る。


「グレゴリーさんは、そんな家の事情をくつがえしたかったんだろう。魔法学院で首席卒業を狙っていたらしいのだが……ふたを開けてみれば席次せきじ——つまり2番目の卒業だったのさ。家ではついに見放された、とまで聞いたよ」


 レオナルドの落ち着いた声のトーンが落ちる。


「それからさ。グレゴリーさんが天才、と呼ばれる人を忌諱きいするようになったのは。昔はサリア少将も嫌がらせを受けていたようだが……今度はキミの番、というわけだな」

「……そうでしたか」


 理由はわかった。でも私からしてみればいい迷惑だ。


 グレゴリーは認めてもらえないという気持ちを歪ませて、私にぶつけてるだけだ。


 きっと仲良くなれないだろう。


「そう、だったんだね。なんかリアちゃんが天才って認められてる気もするけど……」


 ヴィオラがポロリ、とこぼした。


 たしかにその通りだ。


 もしかしたらグレゴリーもこのことに気付いていないのかもしれない。


 いや気づいていて、その嫉妬が私に向いているのかもしれない。


「ま、そういうわけだ。グレゴリーさんも難儀なんぎなところはある。でも本来は訓練兵を気遣きづかう良い人なんだよ。教え子が一人でも生き残るようにって、毎日どう教えれば良いか考えてるんだぜ?」

「ルーカス、面白がってるんじゃない。リアの気持ちを考えたらどうだ」

「いえ、理由を知らないよりはマシです。ありがとうございました」


 私の言葉に2人が目を丸くする。


「はは……サリア少将の言う通りじゃねぇか」

「そのようだな。これはグレゴリーさんも敵わないな」


 と、ちょうどそのときだった。


 話に夢中になるあまり、前の二人とさらに離されてしまっていた。


 グレゴリーの怒鳴り声がとどく。


「なにをしている! 早くこちらに来い!」

「おっと、呼んでいるね。早く行こう」


 教官の言葉に私とヴィオラはうなずいて、グレゴリーとガイルの背中を追った。


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