第5話
グレゴリーが早足で去っていく姿をみて、少しの後悔が沸きあがってきた。
訓練の時間はまだ残っている。
たしかに私は詠唱する魔法がつかえなかった。
しかし、よく周りを見れば魔法がつかえてたのは、たったの5人。
根気強く練習すれば、使えたかもしれない。
詠唱魔法が使っているものより、強力だったら?
私の目的はなんだ?
ネビュロスを倒すという目的の為に養成所に入り、訓練を受けている。だというのに一時の感情に身をゆだねるなんて。
あの場は耐えてでも、魔法の訓練を続けるべきだったのかもしれない。
そんなときだった。うつむき気味の女の子が、私のまえで立ち止まった。
「……あ、あのっ! さっきの、凄かったですっ……! どうやったんでしょうか……!?」
勇気をふりしぼったのか、少し肩がふるえていた。
私がまじまじと見つめると、女の子は首を短くする。
隠れることなんてできないのに、必死で隠れようとしているのが可愛かった。
それにしてもこんな子いただろうか。
訓練がはじまって日があさい。とはいえ印象に残らなすぎのような気もする。
きらきらと光を浴びて女の子の綺麗な、はちみつ色の髪が少しゆれた。
「ええと……その前に君はだれかな?」
「え、あ、は、はい……えっと、私はヴィオラって言います……その、ヴィオラ・ブラックウッドです……」
「ヴィオラ……ヴィオラね。覚えたよ。それでどうやったっていうのは、どういう意味かな?」
「あ、はい! リアさんの魔法がすごかったので! あ、その……ぜひどうやったのか知りたいな、と……」
しまった、とでも言うように淡い緑の目がゆれる。
その目に引っ張られるように、興奮していた口調がしぼんでいった。
怖いのだろうか。
たしかに目の前でいきなりあんな大火力を見せられたら怖いかもしれない。
やはりやりすぎだったか。
しかしそれは私の思い込みだったらしい。
「なあ、それ俺も知りたい!」
「あ、ずるいぞ! 俺もだ!」
話しかけてきた女の子がきっかけとなり、ほかの人たちも集まってきたのだ。
まるで教官になったかのような状況に目を丸くした。
たしかにさっきは藁人形を跡形もなく燃やしつくした。
つかった魔法こそ無詠唱ではあった。
でも威力は大したことない。そう思っていた。
しかし現実はちがった。
もしかしたらサリアさんとの訓練で感覚がマヒしているのかもしれない。
「わ、分かったよ、みんな。どうやったかは教えるよ。でも無詠唱についてはサリアさんもできなかったから、みんなができるとは限らないよ……?」
私の答えにヴィオラが「え!?」と可愛らしい声をあげた。同時に声が大きかったことを悟ったのか、はわっ、と口に手を当てる。
ヴィオラの小動物のような反応をみて思わず笑みがこぼれる。
「わ、笑わないでください……」
「ごめんね、可愛くて」
「か、かわ……そんなこと……ないですよ……その、私なんて……」
可愛いと言われたのがよほど恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしている。
ふと、人だかりの後ろからまっ赤な髪がゆれるのが見えた。
そして――
「おい! てめぇ調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
人だかりが割れた。
ガイルが周囲の生徒をはげしく威嚇しながら、ロイドとルードを連れてくる。
「てめぇ、特別だと思ってやがるな!? サリア少将にみとめられて、魔法は飛びぬけてすげぇだと!? 俺はみとめねぇ……! なにか不正をやってやがるんだ!」
「不正、とまでは言わないが、たしかに違和感を感じるぜ」
「ふん、そのとおり……結局、実力がともわないやつほど見栄をはるものだ」
見栄でも、不正でもない。むしろ不正をするほうが難しいんじゃないだろうか。
訓練場まで移動してくる間にあった嫌がらせにくわえて、今回も難癖をつけてきた。
グレゴリー教官のこともあった。
私が養成所で平穏に過ごすことなど、もう無理なのだ。
どうせ敵に回るのであれば「コイツに関わったら手痛い反撃を受ける」と思わせるのも手ではないだろうか。
そう思った矢先だった。
「はぁ!? お前らなにを見てたんだよ?」
「そうだ! リアはあの藁人形を全部、跡形もなく消し去ったんだぞ!?」
「そうよ、全部消したのよ? あれがまぐれなわけないじゃない! 私、リアちゃんが無詠唱で全部やってたのも見たわ!」
グレゴリー教官におびえていた生徒たちが、私を庇うように前にでてくれた。
「な、なんだよ、てめぇら!? あのガキの肩持つのかよ!?」
「……こ、この俺が恐れるわけない……ッ!」
「ふ、ふん、まったくだな」
三人がそれぞれ反応を見せるが、だんだんと生徒に囲まれていく。
「リアの肩を持つ? お前こそなんでリアに突っかかるんだ」
「そうよ、リアちゃんになんか恨みでもあるわけ?」
「恨みだぁ!? んなもんねぇよ! でも悔しくねぇのか!?」
ガイルのドスのきいた声とは裏腹に、まっ赤な瞳がゆれていた。
周囲に理解してもらえない辛さを訴えているようにも見える。
周り全てが敵ばかりで、理解者がいない。
その目は少し前の私と同じだった。
「あのサリア少将に教わってんだぞ!? サリア少将に教わってたら誰だって、ああなるだろ! こいつは楽して強くなって俺らを見下してるんだ!!」
見下してはいない。でも今の言葉で理解した。
ガイルにはガイルなりの事情があって、今の結論に達したのだ。
この3人には3人なりの事情がある。
事情を考えもせずに、頭ごなしに否定する。
事情を知ろうとしない。それがどれだけすれ違いを生むのかよくわかっていた。
間違っていた。今やるべきなのは「手痛い反撃を受ける」と思わせることではない。私のことを知ってもらうことだ。
「ガイル、私はそんなこと思ったことないよ」
「あぁ!? んだよ、んなわけねぇだろ!!」
「本当だよ……ねぇ、君はいったいなんで養成所に入ったのかな?」
「それがなんか関係あるってのか!? てめぇが人を見下してるって話だろうがよ!!」
ガイルの瞳が燃えがった。
ぱちぱちと燃えていた藁人形の焦げた匂いが鼻をくすぐった。
「関係あるよ。私の目的はね、妹を助けるためなんだ」
「は……あ? ンな話、聞いてねぇんだよ」
少しだけ落ち着いたように見えたので、私は畳み掛けるように続けた。
ガイルの短気な性格を考えれば、今を逃せば話を聞くなんてことはありえないだろう。
ここで話ができなければ、この先ずっとガイルとはすれ違ったままだ。
「養成所に入ったのはネビュロスを倒すため。私は家族と村をすべて、あの魔物にうばわれた。私と妹以外はみんな――死んだ。そしてその妹も、いまは精霊化とよばれる現象で目をさまさない」
目をつむれば、いまでもその光景が思いうかぶ。
巨大な口をあけ、叫ぶネビュロス。
ずっしりと重みを増してよびかけても反応がなくなったセリナ。
村がもえ、焼けた木のにおい。
人の燃えたにおい。
瓦礫からみえた両親の手をさわった冷たい感覚。
それがすべて。
今でも鮮明にのこっている。
「どれくらい立ち尽くしていたか、分からない。でも運も良かった。軍がすぐにやってきてサリアさんに拾われたんだ」
手に込める力が自然と強くなる。
生あたたかい液体が、指先をつたって流れおちる。
「サリアさんに保護されて、妹をすくう希望を提示されて、私はネビュロスを倒すことをちかった。だから養成所にはいった。強くなるために、サリアさんから魔法を教わった。私の小さい身体にムチを打って動いた。吐いたことも何度もあった」
まっ赤な目をみすえた。
「それでも君は私のことを楽して強くなった、というのかい? 私が君たちを見下している、というのかな?」
ガイルは目を見開いて、一瞬だけ固まった。
そしてなにか言いかけたのか、口が半開きになっている。
罵倒だろうか。
ネビュロスという頂点たる魔物がいるこの世界では、私の過去など日常なのかもしれない。
「ク……クソが……ンな話……知るかよ……クソッ! ルード、ロイド、いくぞ……ッ!」
ガイルは短くはきすてる私に背をむけて、ルードとロイドを連れて訓練場をあとにした。
私の印象が変わったのかは、分からない。