第4話
野外にある使いこまれた訓練場についた。
あの3人が私を引き留めたせいで、完全に目をつけられていた。
「ずいぶんと良いご身分だな、リア」
グレゴリーは眉間に皺をよせていた。
凍えるような冷たい目が刺さる。
「申し訳ありませんでした。しかしこれには訳が」
「言いわけは不要だ」
聞く気などないらしい。
グレゴリーが冷たくいい放つ。
ちょうどそのとき、遅れた原因をつくった3人が姿をあらわした。
すこし嬉しくなって頬があがる。
足止めしたのは3人だ。
きっと私よりも怒られるに違いない。
ふん、足止めをした罰だ。
これに懲りたら、影で釘を刺すようなマネはやめるといい。
グレゴリーはチラリと三人を見る。
「遅いぞ」
「す、すみません……」
「次からは気をつけたまえ」
おかしい。
態度がちがいすぎる。
これにはさすがの私も納得できない。
「あの、グレゴリー教官。私には遅れた理由があるんです。しかもいま来た3人のせいなんです。もうすこし怒るべきかと思うのですが……」
「リア、お前には聞いていない」
……私への当たりが強すぎる。
そんなに癇にさわることをしたか?
なんでこんなに嫌われるんだろう。
思い当たるのは一つ。
サリアさんに鍛えられていたことくらいだ。
同じ生徒から嫌われるなら、まだわかる。
でも教官から、ここまで嫌われるだろうか。
考えている間に、グレゴリーは私から目をはなし、他の生徒たちに向けた。
みんなが身体を強張らせる。
きっと私が言われているのを見て、自分も同じようになるかも、と思ったんだろう。
「さて、才能にかまけて胡坐をかいている愚か者もいるようだが……」
グレゴリーの冷たい目線が、再び私にささる。
お前のことだぞ、と言わんばかりだ。
私は才能があるとはあまり思っていない。胡坐をかいているつもりもない。
目的のために、サリアさんから魔法を教わった。目的のために、養成所に入った。
すべてはセリナのためだ。
深く息を吸いこんだ。
嫌なことなど、たくさんある。
さっき考えたことだ。
こんな些細なことで腹を立てる必要はない。
私は、強くならないといけない。
「実践訓練を始めようではないか。各自、火炎の矢の詠唱をし、向こうにある人形を燃やしたまえ」
早口で言うと、グレゴリーが10メートルほど先にある藁人形を指した。
目をつけられまい、と他の生徒たちが小さく返事をする。
詠唱の言葉があふれかえった。
しかし実際に魔法がつかえた人はかなり少ない。
数えてみると5人。この5人は、もともと魔法がつかえた人かもしれない。
私は自分の藁人形を見つめた。
無詠唱魔法をつかえばすぐに燃やせる。それも一つじゃない。全部だ。でもそれじゃあ意味がない。
私は強くならないといけない。
強くなれるなら、詠唱魔法であっても試してみるべきだ。
「燃え盛る炎の意志よ、天へと舞い上がり、鋭き矢となり貫け」
生まれて初めて、詠唱を読みあげた。
でも一向に魔法がでる気配がない。どういうことだろうか。
無詠唱であれば、いつも空気を燃やすイメージで飛ばしていた。
違うのは万物の精霊という、理解できないことをイメージことだろう。
やっぱり理解できないと、魔法はつかえないのだろうか。
「ふむ、どうしたのかね? 調子が悪いのか、リア」
私が失敗したのが嬉しかったらしい。
グレゴリーが口の端を吊り上げて笑っていた。
「そのようですね。しかしご存じかもしれませんが、私の得意とする魔法は無詠唱です。詠唱なしで火炎の矢をつかってもよいでしょうか?」
「……ふむ。この私の訓練において、例外をみとめろ、と?」
「例外、でしょうか。詠唱の時間ももったいないですし、無詠唱のほうが――」
「ダメだ。私の訓練において無詠唱はみとめない。魔法は大勢が力をあわせて、一つの大魔法をくりだすこともある。そんな中で一人だけ無詠唱だと? 大魔法はどうなる?」
「大魔法を一人で何十回とつかえるだけの魔力がある、とサリアさんから太鼓判をもらっていますが?」
そうか、とやや声がたかくなったグレゴリーが続ける。
「では貴様は、ほかの凡人がどうなろうと知らない、と? 貴様やサリアのような天才ばかりが生きのびる、と? ほかの大勢である人を死なせていいというのだな?」
声がキンキンとひびく。
周りの生徒たちも、何事だろうか、と注目をしはじめた。
「そういうつもりではありません、教官」
「ではどういうつもりだ!? 貴様の言っていることは、まさに凡夫を殺し、天才をのさばらせるということではないか!」
無能な上司と会話しているようだった。
前世の記憶がよみがえり、余計にイライラする。
周囲の生徒たちも手をとめ、私たちを注目しはじめていた。
「何度もいいますが、そういうつもりではありません。教官」
「では。どういうことだ!」
いかりに裏返ったグレゴリーの金きり声が耳にとどく。
今日はとくに運が悪いのかもしれない。
朝は10周追加され、ガイルにからまれ、最後はこれだ。
冷静になれ、と頭がつげていても限界だった。
感情がゆれて、いらだちを抑えきれない。
私の目的はなんだ?
私はセリナを精霊化から救いたい。
そしてセリナが笑顔を取り戻して、それを手放さないだけの力を得ることだ。
養成所はその踏み台にすぎない。
目的を考えなおして、私は吹っきれた。
無言で魔力を解放し、無数の火炎の矢を、すべての藁人形へと突き刺した。
あたりの温度が一気にあがり、爆風がふきあれる。
燃えさかる藁人形。
それでもなお、新しい火炎の矢が突き刺されていく光景にグレゴリーも、周囲の生徒たちも絶句していた。
「わかりますか、教官。他の生徒たちは、同じことができますか? 凡夫を殺すと言っているわけではありません。無詠唱であることで幅がひろがる。生きる可能性がうまれる。だからこそ許可してほしいと言っているのです」
グレゴリーが忌々しいものを見るような、目つきで吐き捨てる。
「き、詭弁だ……! 貴様と言い、サリアと言い……天才どもはなぜこうも私をコケにする……ッ!」
狼狽えたグレゴリーが、生徒たちを人払いするかのように手を振るう。
「ええい、今日の訓練はもうおわりだ! 良いか! 次の訓練までに詠唱をつかえるようにし、火炎の矢を完璧にしておけ! 以上だ!」
そう言うとグレゴリーは訓練場から姿をけした。