第26話
遠くから式典の演奏が高らかに聞こえはじめる。急に音が戻ったような気がした。
大きなファンファーレがいきなり響いて、観衆のざわめきが外から聞こえてくる。
ファンファーレの音にヴィオラが驚いたように肩を震わせてた。私の口角が少しだけ上がると、ムッと口をすぼませてきた。
「リアちゃん? 意地悪な顔してるよ! 私のこと怖がりだと思ってるでしょ!?」
どちらかと言うと怖がっていて可愛いな、と思ったんだけど素直には言いづらい。追及するような淡い緑の瞳から目を逸らす。
「ふーん、いいもん。怖がりなんてすぐに治るんだから。レガロリア、私も行くから」
「おい、まて。俺も行く。化け物に恨みがあるのはチビだけじゃないんだ。倒せるかもしれないなら俺だって、倒し方を知りたい」
ヴィオラに続き、ガイルまでもが畳みかけるように声をあげた。
二人の目に強い光が宿る。絶対についていくという揺るぎない決意がにじんでいた。
しかし二人の言葉を聞いてサリアさんは私の横で腕を組んでしまった。冷ややかな視線が二人の決意を、一瞬で溶かしてしまう。
「残念だけど連れていけない」
「なんでだ!? コイツならともかく俺は役に立てる!」
ガイルに指差されたヴィオラがムッとした表情になった。引っ込み思案で恥ずかしがりやであったヴィオラが不満を顔にだすのは珍しかった。
「そんなことないよ。私は回復魔法が使えるんだから、ガイルくんよりはいいよ!」
「んだと、てめぇ!」
ガイルに睨まれても、今日のヴィオラは引く気がないらしい。少したじろいだものの、ガイルを見返している。
どうしても私と一緒にレガロリアに行きたいという強い意志を感じて、心が温まるようだった。
「どちらにしてもダメだよ。君たちを認めていないというわけじゃないが……連れて行くには力不足なんだ。リスクが大きすぎる」
サリアさんの言葉にガイルの表情が怒りに歪んだ。燃えるような真っ赤な髪が大きく揺れる。
「なんでだ!? なんで力不足なんだよ!? たしかに俺はチビより魔法ができるわけでもねぇ! だが代わりに剣がある! 二人なんだろ!? 前に出れるやつは一人でも多い方がいいだろ!」
「それでもだよ、ガイル。君は剣にも自信があるようだが私に手も足も出なかっただろう。それに魔法も同じ」
透き通るような声で諭すようにサリアさんは続けた。
「ガイル、君が大切な人を失った気持ちは理解しているつもりだ。私も好きで連れていけないと言っているわけじゃない。理由がある。少なくともリアは既に私の魔法をはるかに超えている。一人前として認めているんだよ」
反論できないガイルが悔しそうに唇をかむ。唇から血が滲んでいた。ヴィオラも悔しそうに目を伏せている。
「それと私はリアと二人で行く気はないよ。前に出れる人ならうってつけの人がいる。その人に声をかけようと思っているんだ。だから申し訳ないけど二人は連れていけない」
ガイルは近くにあった机を怒りに任せて蹴飛ばす。ガンという大きな音と共に、上に置いてあった紙がばらばらと散らばった。
一方のヴィオラは諦めたのか、顔をあげた。悔しいのは変わらないんだろう。緑の瞳には涙がたまって潤んでいるようにも見えた。
「リアちゃん、ごめんね。私は力になれないみたいだね……」
普段よりも少し低い声が寂しそうだった。
首を横に振ってこたえる。
「ううん、気持ちだけで嬉しいよ」
「でもやっぱり、リアちゃんの力になれないのは悔しいな」
悔しそうにしているヴィオラになんと声をかけていいか分からなかった。
たしかにヴィオラは、一番仲のいい友達で養成所ではほとんど一緒にいたと言ってもいい。
でもヴィオラが辛そうな表情になるようなほど、私はなにかをしてあげれていただろうか。
「えっと、その、2年会えないだけだし、あんまり気にしないで……? それに今までも十分すぎるほど楽しかったよ」
「ううん、楽しいだけじゃダメなんだよ。私はリアちゃんにたくさん、たくさん救われてるんだよ」
「私が? なにもしてないよ」
ヴィオラが諭すように首を横に振った。
式典の演奏が楽しそうに盛り上がっていく。
「そんなことない。前も少しだけ話したけど、村の人からずいぶんひどいことをたくさん言われたんだよ。もともと目立つのも人前に立つのも苦手で……お姉ちゃんが守ってくれてたんだ。でもここでは私一人だけ。そんなときにリアちゃんに出会ったんだよ」
ゆったりと落ち着いた声でヴィオラが続ける。
ヴィオラの話が気になるのか、ガイルも少しだけそわそわしているように見えた。
「リアちゃんは誰になにを言われても、自分の芯を持っていた。その姿にあこがれて声をかけて……落ちこぼれだと思っていた私を――ちゃんと私を見てくれた。私を大切にしてくれた。勇気もいっぱい貰った。失敗しても、怖がっても、どれだけ上手く行かなくても、認めてくれた」
はちみつ色に輝くヴィオラの髪が、ふわりと跳ねる。気づいたらヴィオラが私の手を握っていた。
「リアちゃんには小さいことかもしれないけど、私にはとっても大きい事だったんだよ。だから力になりたい」
楽しそうに盛り上がっていた式典の演奏がひと段落したのか、次の楽曲が流れ始める。
そんな風に思っていたなんて、知らなかった。
たしかに、以前のヴィオラは自分に自信がなかったと思う。でも最近はすごく変わった。特にさっきのガイルに対して、自分の意思を貫いているのは驚きだった。
それはヴィオラが頑張ったからだと思っていた。
でもそれだけじゃなかった。私が一緒にいることで知らず知らず、ヴィオラに影響を与えていらしい。
「……そんな風に思ってくれてたんだね」
「そうだよ。だからリアちゃん、もし力になれるようなことがあったら何でも言って欲しいな」
再び楽曲が流れ始める。
自然と頬が上がる。ヴィオラにとっていい影響を与えられたのが、なんだか少し嬉しかった。まるで自分が認められたような気がした。
そのとき、はっと気が付いた。サリアさんにお願いしようと思っていたセリナを見てもらうのを――ヴィオラにお願いできないだろうか。
セリナは何も食べないし、世話をすることも一切ない。でも、それでもたまに様子を見て欲しかった。
精霊化を解こうとしているのに、その間に何かあったらなんのために頑張っているのか分からなくなってしまう。
「ねぇ、ヴィオラ。もし負担じゃなかったらなんだけど……私が留守の間、妹のセリナをたまに見に来てくれないかな」
「セリナちゃんを……?」
「うん、セリナは精霊化をしている最中で目を覚まさないんだ。何も食べないし、お世話をすることもない。でもたまに様子を見て欲しいんだよ」
「2年もいないなら心配だもんね……わかったよ。セリナちゃんのことは私に任せて」
「ありがとう、ヴィオラ」
「ううん、ぜんぜん平気だよ。リアちゃんも、頑張ってね」
私とヴィオラが顔を見合わせて笑いあったとき、テントの入り口が開いた。