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第24話

 テントの中に沈黙が訪れた。外ではより多くの人が集まり始めたのか、ざわざわとした人の声が聞こえてくる。もう少しで式典が始まるんだろう。


「それでジゼル教授。ここは式典の功労者の集まる場所です。あなたほどの権限があれば確かに入れますが、いったい何の用ですか?」


 サリアさんが責めるように問いかけた。


 気持ちはよく分かる。今のところジゼルは言動から察するに、隠れて薬を吸う場所を探していたようにしか思えなかった。


 はた迷惑な話ではあるが、功労者が集まるテントは隠れて吸うにはうってつけだろう。


「グレゴリーの最後を聞きに来たんだよ。これでも私はグレゴリーとの同期……彼とは首席を競い合ってね。ふふ、懐かしいものだ。私は幾度いくどとなく研究所に来ないか、と誘っていたのだが……ついにそのときは来なかったな。本当に不器用な男だ」


 ジゼルのグレーの瞳が悲しみに揺れた気がした。


「そんな不器用な男がつい先日、私に古代魔法についてを聞いてきたのさ。おそらく教え子に特殊な者がいたんだろう」


 薬をやる前とは違う、知性と冷静さを兼ね備えたような目が私を射抜いた。


 心臓が跳ね上がった気がした。グレゴリーはわざわざ古代魔法についてを調べていたというのか。


 私はグレゴリーのことが分からなくなってしまった。一度だけ私に助言をしに来たことがあった。あのときのグレゴリーの言葉は本心に思えた。


 でもそれは私に死んで欲しくないという、去り際に放った言葉も本心だったのだと裏付けられた気がした。


 自分が認められたいのを私にぶつけてくるだけの嫌なやつだと思っていたのに。それだけだったら、素直に死を受け入れられたというのに。


「君のことだよ、リア・フェルナンド」

「……なんで私の名前を知っているんですか?」

「グレゴリーから聞いたのさ。それと、なぜ君がリアだとわかったか、というのも簡単だ。魔力の質が他の人とかなり違う」


 ジゼルは私の疑問に思うことを、自問自答するかのようにすらすらと答えていく。疑問に思うことを先回りして潰されているようにすら感じた。


「どういうことですか……」

「君の魔力は君自身から出ているように見えるんだよ」


 私の魔力が私自身から出ている……?


 どうしてそんなことがわかるんだろうか。私から魔力が出ていることが、精霊魔法と古代魔法に何か関係するんだろうか。


「どうしてそんなことがわかるのか、古代魔法と関係があるのか、という顔だね」

「……心でも読んでるんですか? よくわかりましたね」

「心を読むだなんて、そんなことできるわけないだろう。君のくすんだ金色の瞳の中にある瞳孔どうこうが開いたからね」


 瞳孔どうこうが開いた、なんて言う人を初めて見た。どれだけ人のことを見ているんだろうか。本当に薬をやる前とは同一人物なのか疑わしくなるほどだった。


 隣にいたサリアさんが私にだけ聞こえるように、そっと耳打ちした。


「ジゼル教授は確かに中毒者だけど、本物だよ。養成所の砲術訓練ほうじゅつくんれんで使っているのはジゼル教授が開発した魔道砲なんだ」

「あれを作った人ですか」


 私たちの所属する魔法専門では砲術はやっていなかったが存在は知っている。訓練場で何度か見たことがあった。


 その威力は確かに目を見張るものがあった。数人で魔力を込めることで岩をも溶かすビームのような魔法を放つのだ。


「サリア、余計なことは言わないで良い」

「……地獄耳ですか」

「君が愛しの弟子に言うことなど簡単にわかる。おおかた魔道砲についてだろう。訓練兵であるリアにとっては身近な具体例だからね」


 全てを見透かしているようだった。異常なほどの観察眼と推察力すいさつりょく


 サリアさんも諦めたように頭を振った。


「さて、話が脱線したな。リア、君はグレゴリーからどこまで聞いているんだね?」

「古代魔法と精霊魔法についてですか……?」

「それ以外なにがあるのだ」


 少年のような声が私をとがめる。ジゼルの言葉が足りていないはずなのに、なぜだか私が責められている気分になった。


「古代魔法は昔に使われていた魔法で一部の文献に残っていた、と聞いています。精霊魔法はいま普及している魔法ですかね」

「……やれやれ、グレゴリーめ。私としっかりした議論を重ねないから中途半端なことしか言えないのだ」


 今は亡きグレゴリーのあらを指摘した瞬間に、ガイルの目が鋭くなる。その様子を見てヴィオラがはらはらと声をあげるが、ジゼルは意にも介さず続けた。


「良いか、リア。君は特殊だ。今のこの世界は精霊魔法しか存在しない……はずなんだ。なぜなら今のこの世界には精霊が圧倒的にあふれかえっているからだ」


 この世界が精霊にあふれかえっている?


 頭の中には疑問しか浮かばなかった。だとしたらなんで精霊魔法が使えないというのだ。


 私も精霊魔法が使えても不思議じゃないはずだ。


「ではなぜ私は精霊魔法が使えないのでしょうか」

「ふ、そこだよ。それこそが君が特殊な理由だ。この世界は精霊であふれかえっている。目には見えないが、どこに行こうが精霊ばかりだ。その精霊が力を貸せない理由がある」


 焦げ茶色の長い髪が微かに揺れ、見透かすような青みがかったグレーの瞳が、ぎょろりと私を向く。


「君は、この世界にはない物を持っているな」


 ジゼルの声が一層低くなった。心が見透かされたようだった。同時に心臓が掴まれたようにも感じた。


 誰にも話したことがない、前世の記憶。魔法での違和感は感じていた。想像のできない「精霊」たる抽象的な存在を、詠唱に取り入れる。


 理解できないことだった。私の知識が邪魔をしていた。


 異質な物は知識?


 それとも私自身?


 ジゼルは頬を吊り上げると答えを待たずに続けた。まるで私の答えなど、既に分かっているかのように。


「君は、精霊に見放された存在だった。だから自分自身の力を使うしかなかった。だからこそ君は古代魔法が使える。君自身の魔力を使って、ね」

「……それは、私が無詠唱で魔法を使えることや、光属性の魔法が使えることと関係があるのでしょうか」

「あぁ、もちろんだとも。精霊に光属性はない。同時に――闇の属性もね」


 闇の属性……?


 聞いたことがなかった。


 助けを求めるように私の視線がサリアさんに止まる。しかしサリアさんも知らなかったようで、肩を竦めて小さく首を振った。


「……と、そろそろ時間切れのようだ」


 ジゼルが呟いた瞬間——淡いブルーの髪を腰まで伸ばした女性がテントへ駈け込んできた。星空のような青い瞳の中で怒りの炎が燃えているように見えた。


 背の高さは私と同じくらいだろう。しかし私とは決定的に違うものがある。胸だ。なぜか入ってきた女性は胸がヴィオラほど大きい。いったい何があの凶悪な胸を作っているのか不思議で仕方がない。


「ニア、遅かったじゃないか」

「はぁはぁ、ジゼル! 探しましたよ! って、もしかして使ったんですか!?」

「悪いか?」

「悪いですよ! ああ、もう、シグムント元帥げんすいには魔法学院の恥だから絶対に使わせるなって言われているのに!!」


 悪びれもせず答えるジゼル。一方のニアと呼ばれた女性は、高く可愛らしい声をキンキンと響かせて怒鳴りちらす。


 もっとも可愛らしい声なので、迫力はかなり薄い。


「やれやれ、なにが恥だ。私のだらしない姿のほうが恥だろう」

「っく……それでもダメなものはダメなんです!」

「感情論で展開するな」

「このっ!」


 ニアと呼ばれた女性の淡いブルーの髪が激しく揺れた。


 いつまでも決着がつかなそうなのを悟ったのか、サリアさんが割って入る。


「ニア助教はジゼル教授を探していたので?」

「え、あ、サリア少将!? わ、かっこいいです! あの、私はいつでも待っていますからっ!」


 ニアがぱぁ、と顔を輝かせて舌なめずりをする。一方のサリアさんは珍しく疲れたような表情で頭を押さえた。


「はぁ、君も女ではないか」

「愛は性別を超えます!」


 言っていることがめちゃくちゃだ。サリアさんを疑いたくはないが本当に助教なんだろうか。


 そもそも魔法学院は人手不足なのか?


 ヤク中の教授に、感情論で動く助教。


 前にヴィオラが言っていたが、格式の高い家か魔法で功績を残した家でなければ入れないと言っていた。


 その格式や功績を疑いたくなる。


「ヴィオラ……魔法学院って変わってるんだね」

「あ、あはは……そうみたいだね……私いかなくてよかった……」


 ヴィオラのつぶやきが小さく木霊した。

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