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第20話

 もっと、もっとだ。


 魔力を身体の底から絞りだす。


 セリナさえ目を覚ませば、私に魔力はいらない。


 魔力がうずとなり、まわりに小さな風をおこした。


 遠くでラグナルが吹き飛ばされるのが見える。


 ネビュロスが身体をうねらせ、体当たりをしていた。


 私たちの元へ迫ってくる巨大な壁。


 吹き飛ばされたラグナルの代わりに、サリアさんが私のまえに出た。


「四元素よ、盾となれ!」


 短縮詠唱が終わるとサリアさんの周囲に炎、水、そして土。


 それらが激しい突風を引きおこして、相反する属性たちが、一つにまとまっているように見えた。


 ネビュロスがサリアさんの魔法に触れ、大きくのけぞった。


 珍しくサリアさんも肩で息をしている。


「リア、やれるかな?」

「はい」


 みじかく答えると、魔力を一気にはきだす。


 ふたたび天が割れ、空から白銀に光る巨大な刃が何本も、何十本ものぞかせた。


 さっき使ったときよりも、魔力の消耗しょうもうが激しい。


 早く終わらせないと、意識が飛びそうだ。


 集中しろ。


 天から降りそそぐ、無数の巨大な剣に魔力をそそぐ。


 無数の巨大な剣が、加速する。


 そして――


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ネビュロスが苦痛に悲鳴をあげ始めた。


 耳を塞ぎたくなるほどの轟音ごうおん


 しかし決して手を緩めてはいけない。


 私は魔力をそそぎこみ続け、何本も、何本も、何本も、巨大な剣をネビュロスへと落としていった。


 何本目かの巨大な剣が刺さったときだった。


 ネビュロスの悲鳴がだんだんと弱々しいものへと変わっていく。


 叫ぶだけの力も残していないのだ。


 ほんの数秒のできごとが、何時間にも感じた。


 汗があごをつたい、地面へ落ちる。


 立っていられなくなり、片膝かたひざをつく。


 それでも巨大な剣を落とし続け――ついに、ネビュロスは音を立てて倒れた。


 全身の力が抜け、倒れ込みそうになったところをサリアさんに優しく包まれた。


 柔らかくて、温かい。


「よくやったね、リア」

「はい……やれたようです……」


 静かになった草原の中心で、サリアさんが私を抱きしめる。


「つらい思いをさせてごめんね」

「いえ……そんなことはありません……サリアさんのおかげで、生きる希望も……セリナを救う希望もみつかりましたから……」


 ネビュロスの死骸しがいが、さらさらと光の粒に分解されはじめた。


 まるで意思を持ったかのように、ある一定の方向へ飛びはじめる。


 その光景はとても幻想的で、なにかに導かれているかのようだった。


 ネビュロスの周りに巣くっていた魔物たちも、戦いをピタリとやめた。


 そして光の粒とおなじ方向へと去っていく。


「ンでだよ……」


 ガイルがいつの間にか立ちあがり、うつむいていた。


 真っ赤にそまった手を、にぎりしめていた。


「てめぇら! なんで! なんでもっと早く来てくれなかったんだよ!!」


 涙を浮かべたガイルが私たち全員を睨みつけている。


 光の粒が、ふわりと舞いあがった。


「ロイドも! ルードも! グレゴリー教官も! みんな俺をかばって死んでいった……! なんで、なんでなんでなんでなんでなんで! なんでもっと早く来てくれなかったんだ!」


 ガイルは満身創痍まんしんそういで、立つことも出来ないと思っていた。


 声も張りあげるのが辛いのだろう。


 膝は震えていた。


 それでも、立ち上がっていた。


 ガイルはいつも3人で行動していた。


 たぶん3人は、養成所に入る前からの付きあいだったんだろう。


 私も同じように家族をうしなっている。


 ガイルの気持ちは痛いほどわかった。


 でも、だからと言って同情はできなかった。


 ガイルは、かつての私と同じ気持ちなのだ。


 そして――こんなことは、この世界のいたるところで起きている。


「はぁ、なんだよ、てめぇ。俺らに落ち度はねぇよ。全力できた。最善をつくした。あれが最速だ。恨むならてめぇの不運を恨むんだな。それともなにか? 自分は死なねぇと思ってたのか? あぁ?」


 いつの間にか近くに来ていたラグナルが、威嚇いかくするような唸り声をあげる。


 ラグナルは獲物を狩るときのような鋭い目でガイルを睨みつける。


 しかしガイルも負けていなかった。


「うるせぇ!!! みんな死んで良いようなやつじゃなかった! それがこんな簡単に奪われて――死んでたまるかよ!! あいつらにだって夢があったんだ!!」

「だからなんだ」


 ラグナルの冷めた声が響きわたる。


「だから、グレゴリーや、ロイド、ルードってぇのは、死んじゃいけねぇってのか? 特別だってのか?」

「当たり前だ!! ロイドは功績をあげる予定だった! 商人である兄貴の後ろ盾になるつもりだったんだ! ルードは家でやってる剣の道場の再興……! グレゴリー教官だって自分を認めさせるって……! なのに……なのに……!」

「ンなもん知るかよ。そんなモンはよぉ……誰だって持ってんだよ。あのバケモンは誰にでも平等にやってくるのさ。だがな、てめぇのオトモダチは自分からバケモンに近づく道を選んだんだ。危険は増すに決まってるだろ。同情の余地はねぇよ」


 ガイルの燃えるような真っ赤な瞳が、憎しみに変わった。


「てめぇ……!」

「ラグナルさん、言いすぎですよ。ガイルも、私から言っても無駄かもしれないけど……今は落ち着きましょう」


 もしも私が前世の記憶を持っていなくて、ガイルと同じ立場だったら。


 ラグナルがこれだけ冷静に現実を突きつけてきたら。


 きっと私も同じような態度になったはずだ。


 ガイルに嫌われている私が仲裁しても無駄かもしれない。


 それでも言わないよりはマシだった。


 私の気持ちに呼応するかのように光の粒がうずを巻く。


「リアの言う通りだよ、ガイル。ラグナルに当たっても仕方ないだろう。君が本当に恨むべきはラグナルかな?」


 ガイルの眉がピクリと動いた。


「どういうことだ……あのバケモンはもう死んだんだろ!? だったら恨む先なんてねぇだろ!!」

「そうとも限らない」


 普段から抑揚の少ないサリアさんの声が、妙に冷淡に聞こえた。


 ネビュロスの光の粒が飛んでいく様子を眺めながら、サリアさんは続けた。


「ラグナル、君もそう思うだろう?」

「……《《あのときとまったく一緒》》だって言いてぇのか」


 低くぶっきらぼうなラグナルの声を聞いて、サリアさんがうなずく。


「そうだよ。きっと何かが足りないんだ」


 そう呟いたサリアさんの瞳が、光の届かない深海のような色になった気がした。

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