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第2話

 1年前、サリアさんに助けられた。


 私は運がよかった。


 ——あのときの記憶がよみがえる。






 ―—焦げたにおいが鼻をつく。


 私は眠りつづけるセリナをかかえていた。


 目のまえの現実を、受け入れることができなかった。


 どれくらい時間がたったのか、分からない。


 パチパチという火の音が、消えかけた頃だった。

 

 いくつもの足音がきこえて、目のまえで止まった。


「生きているのは、この二人だけか」

「……そのようですね」


 だれか、助けに来たのかもしれない。


 なんでもっと早く来てくれなかったんだろう。


 そうすれば、みんな助かったかもしれないのに。


「君……大丈夫か?」


 透きとおるような声だった。


「……どうして、もっと早く来てくれなかったんですか」


 この人はわるくない。


 私を案じてくれているだけだ。


 理不尽だと分かっていた。


 前世もふくめて40年も生きてきたのだ。


 社会人だったこともある。


 この感情を知っていた。


 八つ当たりだ。


「どうして、もっと早く助けてくれなかったんですか。そうすれば、みんな死ななかったかもしれない。セリナも眠ったままじゃなかったかもしれない……!」

「すまなかった……もう少し早く着いていれば……みんなを救えたかもしれない。君のお母さんも、お父さんも……」

「……謝らないでください。あなたに私の何がわかるんですか……! あなたは私じゃない……! 私の気持ちなんてわからないくせに……!」


 語気がつよくなり、髪がゆれる。


 酷いことを言っている。


 分かっていても止められなかった。


 行く先のない感情が、言葉にのってしまった。


「……そう……だな……」


 透きとおった声に、感情がのったような気がした。


 目をあげると、一人の女性がいた。


 軍服をきた女性は、あわい金髪をハーフアップにしている。


 青い目が、悲しそうにゆれていた。


「サリア少将! 魔物の残党です! こちらに向かっています……!」

「……掃除の時間か」


 抑揚よくようのきえた声でつぶやくと、女性がたちあがる。


 気づかなかった。


 無数の虫型の魔物が、私たちをかこっていた。


 セリナをぎゅっと抱きしめる。


 1匹でも逃げるのがやっとだったのに、こんなにたくさん……倒せるはずがなかった。


 この世界に魔物がいるのは知っていた。


 今世の両親から口すっぱく教わった。


 出会ったらにげろ、倒そうとするな。


 魔物は大人があつまって、ようやく倒せるのだ、と。


 そんな魔物が無数にいる。


 二度目の人生は――みじかかった。おわりだ。


 そう思っていた。


 女性がまえに踏みだす。


 そして小さく詠唱を唱えたかと思うと、無数の爆発が虫型の魔物を包みこんだ。


 音が身体にひびき、あたりが爆発であかるくなる。


「……す、すごい……」


 声がもれる。


 同時に、この人だったらあの巨大な魔物も倒せたのではないかと思う。


 やるせない気持ちが芽ばえる。


 そんなとき、まえからブーンという羽音がちかづいてきた。


「まずい……!」

「クソッ! 間に合わない……!」


 あせった声があたりにひびく。


 うち漏らした一匹が私に近づいていたのだ。


 まわりを見ても誰も間にあいそうになかった。


 私はちかづく魔物を目のまえに、咄嗟とっさに爆発をイメージした。


 たぶんさっき見た無数の爆発が、頭に残っていたのだ。


 イメージが形になり、虫型の魔物が爆発する。


「でき……た……?」

「君、どうやったんだ……?」


 気づけば先ほどの女性が、私のまえに来ていた。


「ただイメージをしただけですが……」

「……無詠唱で魔法を……?」


 困惑していた。


 そういえば、私が魔法を知るきっかけとなった、行商のお姉さんが言っていた。


 詠唱をしなければ魔法はつかえない。


 つまり、詠唱魔法しか存在しないのだ、と。


 村の外にでたことがない私は、半分くらい冗談だとおもっていた。


 でもこの反応を見ると、お姉さんの言っていたことは本当だったのかもしれない。


「キミ、名前は?」

「私ですか……? 私はリアです。リア・フェルナンドです」

「私と一緒に来ないか? 君となら、あのバケモノを倒せるかもしれない」


 家屋のやけた音がぱちりとなり、生暖かい風が顔をなでた。


 あのバケモノというのが、なにを指しているのかすぐに理解した。


 アレを倒して、私はうれしいのだろうか。


 復讐?


 そう考えると、すこしだけ魅力的な提案にみえた。


 でも、それよりも私はセリナの目を覚ましたかった。


 復讐をしても誰もかえって来ない。


「お断りします。私は――妹を、セリナの目をさます方法を探さないといけないので……」

「その子、うっすらと光っているね。その症状には……少しばかり心当たりがあるよ」

「本当ですか……!?」


 すがるような思いで見あげると、女性は力強くうなずいた。


「おそらく精霊化――とよばれる症状だ。今はほとんど聞かないけどね」

「精霊化、ですか?」

「そう。古い文献にしか残っていないが、つよい魔力――先ほどのクジラのような巨大な魔物からでる魔力をあびると、発症することがあるという。ずっと眠りについたまま、5年から10年かけて徐々に身体の光が強まり、最後には消えてしまうらしい」

「……そん、な……治す方法はないんですか!? 私の、私の最後の家族なんです!」


 私からこれ以上、奪わないで欲しい。気づけば涙がおちていた。


「あのバケモノを倒すんだ」

「え……? アレをですか……?」

「そう。精霊化になって生きのこった者はいない。でもあのバケモノ――ネビュロスが発端になっているのは間違いない。可能性があるのは、アレを倒すことだけだ」


 あれを倒す……?


 私にできるんだろうか。


 いや、できるんだろうか、じゃない。


 やるのだ。


 セリナを助けるために、やるしかない。


「もう一度聞こう。どうする、リア。私と来るか、それとも――」

「あなたと一緒に行きます」


 考えるまでもない。


 少しでもちかい道へ向かう。


 最短で5年。私には時間がない。


「そうか。ではこれからよろしく。私はサリア。サリア・レイフォードだ」


 サリアさんの整った顔がわらう。


 これが、私と英雄サリア・レイフォードの出会いだった。


 運命が、大きくかわった瞬間だった。









「リア・フェルナンド!」

「はいっ!」


 張りあげられた声を聞いて、教官がうなずいた。

 

 すこしだけ目を合わせて、すぐに次の名前を読みあげた。


「ガイル・フォシュ!」

「はい!」


 となりにいた15歳くらいの男の子が低めの声を張りあげる。


 真っ赤なぼさぼさな赤毛が印象にのこった。


 軍の養成所。


 その入所式だ。


 この世界ではネビュロスという生態系の頂点がいる。


 人々の被害がへることはない。


 養成所に入るための年齢制限の低さ。それが深刻さを物語っていた。


 次々と名前が読みあげられる。


 そのたびに養成所に入る子供たちの声が耳をとおっていく。


 派手な入所式は、1人でも多く軍へ入れるためのプロバガンダだった。


 周りには若い人ばかり。


 前世の記憶でいうなら中学校くらいの年齢か。


 年端もいかない子供たちを集め、魔法、剣術、砲術、戦術などを実戦形式でまんべんなく学ぶ。


 もはや学校だ。


 ちなみにその中でも一部の優秀な者は、さらに特化する。


 私はサリアさんの推薦すいせんもあり、魔法専門として振り分けられていた。


 最後の一人が声をはりあげた。


「以上、198名! これから過酷な戦いが待っている! 君たちは今日から仲間だ! さあ各自、寮へいけ!」


 壇上だんじょうで名前を読んでいた男が指示をだす。


 すると周りの人たちが一斉に動きだした。


 私も流れに乗って行こうとすると、抑揚の少ないんだ声に呼び止められた。サリアさんだ。


 淡い金髪を肩のあたりで揺らして、私の元へとやってくる。


 女性らしくも整ったスタイルで、軍服を見事にきこなす。胸元には将校の証である金バッジが光る。


「忙しい中ありがとうございます」

「キミは本当にしっかりしているね。でも心を休めるのも大切だよ?」

「お世話になっている以上、そんなわけには……」


 ふんわりとした手の感覚が肩にのった。


「そういうところだよ。キミはまだ子供なんだ。そんなことを気にしなくても良い。それに今日はキミの誕生日だろう」

「……誕生日にいい思い出はありませんよ」


 養成所には11歳から入れなかったので、私は1年間、サリアさんのお世話になった。


 私には行く当てがなかった。あの日、あのとき。すべてを失った。


 サリアさんには感謝しても、しきれなかった。


「……ごめん。そんな顔をしないでくれ」

「大丈夫ですよ」

「私が気にするんだよ。はぁ、こんなつもりじゃなかったんだけどな。言葉を間違えてしまったようだ」


 サリアさんは肩まである淡い金色の髪をいじる。


 なんだか、いじけているように見える。


 ……私のせいだろうか。私のせいかもしれない。


「もしかして、何かやりたいことでもあったのでしょうか?」


 サリアさんの顔がぱぁ、っと明るくなった。


 いつもは冷静沈着なのに、今日はとても分かりやすい。


 どうしたんだろう。


「もちろんだよ。リア、キミは今日から養成所に入る。私がね、成長を見届けられないんだよ。わかるかな?」

「はぁ……そうですね。サリアさんに感謝してはいますよ?」

「違うよ、リア。そうじゃない。私はね、キミの成長をたくさん見たいんだ。わかるかな?」


 わからない。


 さっきから成長をみたいしか言っていないではないか。


「どういうことですか?」

「私と模擬戦してくれないか?」


 ジトっとサリアさんを見る。


 1年間で私はいろいろなことを教わった。


 その中で、幾度となく模擬戦をした。


 なのに、まだやり足りない、と。


 もしかして私を模擬戦で倒して楽しんでいたのだろうか。


 英雄ともいわれるサリアさんは、とても強い。


 私が勝てたことは、一度もなかった。


「なんだ、その顔は」

「……いえ、一週間前にやったばかりだったので……」

「良いじゃないか。私はね、1年間楽しかったんだ。養成所に入れば気軽に模擬戦なんてできない。リアと離れるのが寂しいんだよ」


 たしかに私も楽しかった。


 辛いことばかりではなかったのも確かだ。


 セリナは今もサリアさんの家で寝ている。それを見るたびに私は心が苦しくなった。


 それでも希望はある。


 だからサリアさんと笑って過ごせるまでになった。


「そう、ですね。訓練は辛かったですが……楽しかったです。私もサリアさんと離れるのは少し辛いです」

「少し、なのかな? それはそれで寂しいよ」

「……いえ、少しではないかもしれません」


 サリアさんの瞳が嬉しそうにゆれた。


「ふふ、ありがとう。4年間、リアの成長を見れないのが悔しいよ。4年もあったら私も抜かされてしまうかもしれないからね」

「そんな冗談を」

「冗談なんかじゃないよ。キミは私と出会う前から魔法をつかっていた。しかも基本4属性の全てをだ。それに1年の訓練の中で珍しい光属性も習得した。私を超えるのも時間の問題だよ」


 整った顔をむけて、柔らかく笑う。


「……そうでしょうか」

「そうだよ……で、答えは?」


 楽しそうに笑うサリアさんを見ておもう。


 私に拒否権はない。


「……わかりました。やりましょう」

「ありがとう、リア。嬉しいよ」


 サリアさんが私の手をひいて歩きはじめた。


 少し歩くとすぐに訓練場にたどり着いた。


 訓練場はグラウンドのように広く、だれもいなかった。


 それもそうだろう。今日は入所式。お祭りと似たようなものだ。


「リア、髪を結んでおくといい」

「あ、そうですね。前はもっと短かったのに、ずいぶんと伸びてしまいました」


 肩より少し長い茶色の髪をポニーテールにまとめる。


「髪、邪魔ですね。切ってしまいたいです」

「そうかな? 似合っているのにもったいないではないか」


 前世が男だったので、もったいない、という感覚はよく分からなかった。


 それに養成所では厳しい訓練が待っている。


 やはり切るべきではないだろうか。


「もったいない、はよく分からないですが……軍に所属するんですよ。短いほうが良いでしょう」

「……私の接し方が悪かった……? いや元からの可能性も……」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ……そうだ、変わったと言えば、リアの目の色もすこし変わったね」

「目、ですか? 私はそんなことないと思いますが」

「はぁ、本当に。すこしは自分の容姿を気にしなさい。まえは明るい金色だったよ。今は少しくすんでいるように見えてね」


 長い髪を整える意味で鏡は見ていた。


 でも目はノーマークだ。


 ぜんぜん気づかなかった。


「その様子だと本当に気づいてなかったのかな」

「……髪が邪魔だな、とは思っていました」


 サリアさんの目が、残念な生き物をみる目になった。


 そんなに重要なことだろうか。


「……それについては養成所に入って変わるかもしれない。あとは私が少しずつ教えよう」


 サリアさんが距離をとる。


「話しはこれくらいにしよう」


 サリアさんは強い。


 私が目指すべき目標。


 そしてネビュロスを倒すために、越えなければならない壁だ。


「行くよ、リア」


 サリアさんが短く詠唱した。


「火炎の矢よ、飛翔せよ!」


 

 無数の火の矢が飛んできた。


 早い。あせった私は大きな水の壁を出した。


 ジュッという音がいくつも聞こえる。


 でもホッとしている暇はない。今は防いだだけ。


 早く反撃をしなければ。


「魔力の無駄づかいだね」


 すぐ横からサリアさんの声が聞こえた。


 至近距離はまずい。


 ただでさえ体格差があるのだ。


 抑えられては終わりだ。


 距離を離そうと風をおこす。


土枷つちかせ、縛れ!」

「あっ」


 風を起こして離れようとしたのだが、サリアさんが上手だった。


 私の足を土で縛り、地面から離れられないようにしたのだ。


「残念だったね」


 風の勢いと地面から離れない足でバランスを崩したところを、ふんわりと抱き留められた。


 私の負けだ。わかっていたはず。それなのに、いつもよりも悔しかった。


「分かってたはずなのに……なんだか悔しいですね。しばらく会えないから、でしょうか」

「そうかもしれないね。でも悲観はする必要はない。キミの無詠唱はだれも真似できない。私も詠唱を完全に省けないんだ。本当に凄いよ」


 魔法とは本来、詠唱が必要なのだ。


 この1年で嫌というほど思い知った。


 でも私はその全てをなぜか省略できる。


 英雄と呼ばれたサリアさんでさえ、詠唱を短縮するのがやっとだった。


 1年の間にサリアさんに無詠唱の感覚を教えてあげたこともあった。


 でも結局、無詠唱にはならなかった。


 もしかしたら詠唱がいらないのは前世の記憶のおかげなのかもしれない。


「必ず追いつきます」

「簡単に追いつかれないように、私も頑張らないとね」

「頑張らなくていいですよ」

「そういうわけにはいかないでしょ? 弟子に抜かされるなんて、かっこ悪いじゃない」


 ふと、思い出す。


 1年前の今日。


 セリナと同じような話をしていた。


 サリアさんは手の届かない遠い存在だ。


 でも、それでも負けたくない。


 セリナもきっと同じ気持ちだったのだ。


 あのときの愛しいくも可愛いふくれっ面が脳裏に浮かんだ。自然とにぎる手に力が入る。


「……そうですか」

「そう。それにね、私も君も目指す先は一緒。私も、もっと頑張らないと――もう一度、ネビュロスは倒せないから」


 私の心はひどく静かで、しかし、大きく燃え上がっていた。

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