第19話
ほんの数秒。
私はサリアさんに優しく包まれていた。
しかしサリアさんはすぐに立ち上がり、まえで戦う2人を鋭い目で見つめた。
「ラグナル、なんでリアがここにいるんだい。どういうことかな?」
ラグナルはネビュロスの攻撃を受けつつ、舌打ちをした。
「はぁはぁ、てめぇも俺を後方に追いやっただろ。しかもそれがガキのお守りと来たもんだ。そりゃあ、前に出るってもんだろうがよ!」
2人のやり取りに困惑した。
どういうことだろう。
サリアさんとラグナルさんが知り合い?
対極に位置するような2人が、いったいどうして?
「リアはずいぶん疲弊しているようだけどね。お守りではなかったんじゃないかな?」
「ッチ、昔に比べて可愛げがなくなったなぁ、おい」
「……私は前に進んでいるんだよ。あのときから時間を止めて、ずっと死に場所を探している君とちがってね。いまの君を見て、あの2人はどう思うかな」
気が散ったのか、ラグナルはネビュロスの一撃を全身でうける。
地面に叩きつけられたが、ヴィオラの防御魔法のおかげだろう。
あまりダメージを負ったようには見えなかった。
ラグナルがサリアさんを睨みつける。
「……てめぇ……! 助けに来たんじゃねぇのか!? あぁ!?」
「もちろん助けに来たんだよ。とはいっても逃げるわけじゃない……私はネビュロスをもう一度、倒すつもりで来たんだけどね」
耳をうたがった。
ネビュロスを倒す?
この絶望的な状況でどうやって?
サリアさんの整った顔を見る。
海のように青い目は、真剣だった。
ラグナルも思うところがあったのか、ひくい声で唸る。
「……《《あのとき》》と同じようにいくってか?」
「そうだと私は思っている」
「あのときとは違ぇぞ。もうレオンはいねぇ、遺物もねぇ……」
ふと、ラグナルの目が泳ぎ、私で止まった。
魔力も練れず、へたり込んでいる私がなんだというのだろうか。
「おい、まさか……このチビがレオンと遺物の代わりになるって思ってんのか?」
「代わりではないけどね。でもあの光魔法をみて確信したよ。リアの魔法はネビュロスに届くって。そしてあの一撃をうけて、傷を負っている今このときこそ、ネビュロスを倒すチャンスだ、とね」
ラグナルとサリアさんの視線が交錯する。
「……本気か?」
「私はいつでも本気だよ」
レヴィが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
風がうなりをあげる。
ネビュロスの身体の一部が、ふたたび私たちへと迫りくる。
何度目かの舌打ちをしたラグナルが、前に出てネビュロスを止めた。
「……わぁーったよ。好きにしな。だが、てめぇは死ぬんじゃねぇぞ、サリア!」
「だれも死なせるつもりはないよ。でも、もうしばらく頑張っていてくれ、ラグナル」
吹き飛ばされたレヴィがいつまでも起き上がって来ない。
どうやら気を失っているらしい。
ヴィオラが駆けよって治癒魔法をかける。
防御魔法と治癒魔法。
2種類の魔法を平行して制御するのは、かなり難しかったはずだ。
さいごに私と訓練をしていたときは、できていなかった。
必死すぎて気づいていないのかもしれないが、この土壇場で成長したんだろう。
「リア。私とラグナルの話は聞いていたかな?」
「は、はい……でも私に残された魔力はそんなにないですよ……」
「だろうね。だからこれを飲んでほしい」
サリアさんが腰に下げていた袋から、小瓶を差しだす。
青くて透き通った液体だ。
「軍からだまって持って来たんだよ。遺物。数百年前に作られた貴重なものだ。魔力を回復できる、という噂なんだけどね」
「……数百年前……ですか」
胡散臭いものを見る目で、小瓶をながめる。
腐ってない?
「腐ってるって気にしているのかな?」
「そりゃあ、まあ気になりますけど」
「大丈夫だよ、リア。私も舐めてみた。問題なかったよ」
「……そうですか。ずいぶん勇気がありますね」
「それはね、私の大事なリアが飲むんだ。毒見くらいするさ」
サリアさんが優しく笑う。
これだけで嘘ではないということが伝わってきた。
「飲んでくれるかな?」
ゴォン、という轟音があたりに響く。
ラグナルがネビュロスの一部を受け止めた音だ。
迷ってる暇なんてない。
サリアさんから小瓶を受け取ると、一気に飲み干した。
ほのかにあまい香りが鼻をぬけ、舌がすこしだけしびれる。
飲み干すと同時に先ほどまでの眩暈が嘘のように治っていた。
私はすぐに立ち上がって魔力を少しだけ練ってみる。
問題ない、魔力も練れる。
「……やれそうです」
「そうか、それはよかった。賭けではあったが、役に立ってよかったよ」
「賭け……ですか……?」
「そうだね。でもその話はあとだよ。まずはネビュロスを倒そう」
私がうなずくと同時に、サリアさんが短く詠唱する。
「無限の爆発、解き放て! インフィニバースト!」
その瞬間、ネビュロスの身体が無数の爆発に包まれていく。
前世の記憶をもつ私からすると、無数の爆弾が一斉起爆されたような魔法と言えばいいんだろう。
使っているのを見たことがない魔法だった。
しかし範囲、威力、どちらをとってもネビュロスを足止めするには十分だった。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
ネビュロスの苛立たし気な鳴き声が響きわたる。
「ラグナル! 頼んだよ!」
「人使いが荒ぇぜ……!」
ラグナルがふたたび大きく剣を振るう。
剣線が光り、空気が震え、天を割った。
ネビュロスが雄たけびを上げた。
「リア、魔法の準備を」
サリアさんの目が、私に向けられていた。
体が熱くなるのを感じる。
この1年で何度も見てきた、セリナの無表情な寝顔が頭をよぎる。
ネビュロスは――私が、ここで倒す。