第18話
丘をおりた先にいたのは、魔物の群れだった。
無数の魔物たちをレヴィが斬りきざむ。
たまに魔法でサポートすると、邪魔をするな、と言うような目で見てきた。
私はちいさく息をはいて、遠くの魔物を片づけはじめる。
その結果、ヴィオラの防御魔法が無駄となってしまった。
いっぽうのラグナルは、レヴィと私を眺めるだけ。
指示らしい指示も出していない。
おまけに剣も抜こうとしない。
ただ冷静に、戦場を見極めているように見えた。
魔物の死骸をつみあげる。
私たちの行く道は、血の道だった。
赤い狼煙に近づくほど、ネビュロスが迫る。
巨体は壁という表現がぴったりだった。
「アハハハ!! どうした、どうしたぁ!? この程度かぁ!? アタシはまだまだやれるぞ!」
レヴィの女にしてはやや低めの声が、狂気的に響く。
私とレヴィが道をひらく。
ヴィオラが顔をすこし強張らせて、進んでいく。
そうして進むと、ようやく赤い狼煙の元についた。
あちこちに散らばる魔物の死骸が、激戦であったことを物語っていた。
赤や緑、青の液体がまじり合って、どれもこれも原形をとどめていなかった。
そんな中で見覚えのある、真っ赤な髪の少年——ガイルを見つけた。
その瞬間、ヴィオラが息をのんだ声が聞こえた。
「ガイルくん……」
満身創痍のガイルは片膝をついて、あらい息を吐いていた。
ガイルのチームには、いつも一緒にいたロイドとルード、そして監督役としてグレゴリーがいたはずだ。
3人が見当たらないことに、嫌な予感が背筋をつたう。
こちらに気付いたガイルが顔をあげたが、それよりも早く――ネビュロスの鳴き声が轟いた。
耳をふさがなければ鼓膜が破れそうだ。
芯にまでひびく音が、全身を駆けめぐる。
それと同時にネビュロスの身体の一部が、すさまじい勢いで私たちに迫った。
―—刹那。
ラグナルが動いていた。なにが起きているのか分からなかった。気づいたときには、剣を抜いていた。
剣線が光り、空気が震え、天を割る。
ネビュロスの身体の一部が縦に割れた。
「わりぃなぁ。無様に死ぬわけにゃあいかねぇんだよ。死んだ先で二人にあわせる顔がねぇからな」
圧倒的だった。
割れた雲が、いまだに戻っていない。
ラグナルの鋭い瞳が私をとらえる。
狼煙が上がるまえと違い、目に力がこもっているようだった。
「おい、リア! なにボーっとしてやがる! 渾身の一撃をお見舞いしろ! でけぇ口を叩いてやがったんだ! しっかり仕事しやがれ!」
「え、あ、は、はい」
いきなり怒鳴られて焦った私は、一度だけ使ったことのある魔法に向けて魔力を練りはじめた。
——渾身の一撃。
私はある魔法にむけて魔力を練りはじめた。
過去に、一度しかつかったことない魔法だ。
それもそのはず。
私のつかった魔法は「光属性」で、同時に目を疑うほどの威力だったからだ。
あたりは灰塵と化し、サリアさんには「いざというとき以外には、使うな」とまで念を押された。
——いざというとき。
今が、そのときだ。
ラグナルの放った剣で割れた空が、ふたたび割れた。
白銀にかがく巨大な刃が、空に光る。
魔力が吸われ、額に汗がにじんだ。
「アハハハハハ! こりゃいいなぁ! おい! てめぇすげえじゃねぇか! 見直したぜ!」
「リ、リアちゃん……す、すごい……!」
「……おいおい、マジかよ。こりゃ光属性か? 実際に使えるヤツなんて初めてみたぜ……」
ヴィオラとラグナルが絶句している。
視界の端にみえる血まみれのガイルも、空を見あげていた。
集中する。
本当に魔力が必要なのは、ここからだ。
天から降り注ぐ剣を、魔力でひっぱる。
少しずつ落ちる白銀にかがやく巨大な刃が、ついに全貌を見せた。
——剣だ。
巨大な剣が空から生れおちる。
魔力の力で速度を増し――流星のごとく落下した。
ネビュロスの一部をきり裂き――光が爆発する。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
苦しみにあえぐネビュロスに、思わず耳をふさいだ。
空気が響いて、身体が震えているようだった。
魔力を使いすぎたのか、足がふらつく。
私はその場にへたりこんだ。立っていられない。
ネビュロスが私たちを鬱陶しいハエではない、と思ったんだろう。
巨大すぎて部位のわからない身体が迫ってきた。
今の私がだせる渾身の一撃でも足りなかった。
くやしさに身体が震えた。
「……まだ力不足……ですか……」
「アハハ! そうみたいだなぁ! あとはアタシに任せな!」
レヴィが剣を振るい、ネビュロスの身体の一部を切り裂く。
しかし巨大な身体には、かすり傷にしかならない。
ネビュロスの勢いが衰えることはなかった。
「……いやぁ……レヴィの言うことは気にしなくて良い。ここまでやるとは思ってなかったぜ。力不足、ってわけじゃあねぇんだがな……このバケモンがおかしいだけだ」
レヴィの力不足を、ラグナルがおぎなった。
ラグナルの剣がふたたび天を割り、地面をゆらす。
「ぐごおおおおおおおおおおおお!!!」
ネビュロスが怒りに唸る。
「こりゃ、完全に目ぇつけられたな……へへ、まあ、死に場所にゃ、ちょうど良いかも知れねぇ」
ネビュロスが怒りに身体をうねらせる。
あたりに生えている背の低い草たちが、舞いあがる。
「ヴィオラ! 防御魔法たのむぜぇ!」
「は、はい……!」
まえに出るレヴィとラグナルにヴィオラが防御魔法をかける。
2人の身体がうっすらと光った。
ネビュロスを切り刻む。
しかし怯む気配がない。
何度か地面に叩きつけられるが、防御魔法のおかげだろう。
あまり苦しそうに見えなかった。
でもジリ貧だ。
ネビュロスは大して体力を使っていない。
一方のレヴィとラグナルは体力を大きく消耗していく。
現に二人の額に汗がにじみ始めていた。
私がなんとかしなければ……あれより強力な魔法を。
少なくともネビュロスが、しばらく動けなくなるほどの強力な魔法を。
心だけがあせる。
魔力を練ろうとして息遣いだけが荒くなり、視界がゆれる。
身体が上手く動かなかった。
「はぁはぁ! ハハハハハ! ラグナルゥ! 楽しいなぁ!」
「相変わらずてめぇは狂ってんなぁ! ……まあ俺も人のことは言えねぇ。生きてる、生きてぇと思っている、それを感じる瞬間こそが今だからなぁ……!」
いつまで持つか分からないこの状況で、どうすれば――
徐々にレヴィとラグナルがネビュロスに叩きつけられる回数も多くなる。
ヴィオラも防御魔法を使いすぎているのか、額に汗を浮かべている。
絶望が、ひたひた、と近づいているように感じた。
そのときだった。
風をきる鋭い音が耳をうつ。
まるで風が舞い降りたように、私のすぐ傍に何かが着地した。
「間に合ったようだね、リア」
聞きなれた透き通るような声と同時に、温かくて柔らかい感触に包まれる。
ふわりと広がる淡い金色の髪。海のように青く透き通った瞳。
現れたのは私の恩人であり、師——サリアさんだった。