第15話
実践訓練は、ネビュロスがすすむ道を変更をする、という内容だった。
なんでも主要都市にむかっているので、方向転換をさせる必要があるのだとか。
つねに人手がたりていない軍。
養成所にいる訓練兵でさえも、兵力としてあつわざる得ないのだ。
とはいっても、しょせんは訓練兵である。
やれることはあまりない。
私たちがやるのは、みまわり程度のものだ。
ネビュロスは、あの巨大な体躯を中心に魔物の生態系をつくっている。
訓練兵はその生態系のすみのほうに配置される。
それはつまり、軍がもらした魔物をたおす、ということだ。
可能性は、ほぼゼロと言ってもいいだろう。
「ッチ、こんなちいせぇのまで軍に入りてぇたぁ、終わってんな」
「ラグナル、こいつらかなり生意気そうだ。ぶっ殺してやろう」
「てめぇも同類だ、レヴィ」
ラグナルとよばれた大柄の男は、雑にきられた黒髪と、漆黒の瞳をもっていた。
黒い目は、するどく三白眼。
そして、やや使い古されていそうな軍服を身にまとっていた。
この世界の情勢をかんがえると、青年ではあるが軍のなかではベテランなのかもしれない。
レヴィとよばれた女は、私よりも20センチほど背がたかい。
おそらく普通の女性とくらべても高い方だろう。うらやましい。
雪のような銀髪をボブカットにしており、目はダークブラウン。
するどい目でラグナルとよばれた男をみていた。
まだ新しそうな軍服だが、キズがはげしい。
もしかしたら先陣をきって戦うスタイルなのかもしれない。
「アタシは小さくないだろ」
「16だろ、ガキだ」
「んだと! いい加減アタシをみとめろ!」
「無理だな。どうせてめぇはすぐに死ぬ。あぁ、だいたいそうさ。てめぇみてぇな血の気のおおいガキは最初に死ぬってきまってんだよ」
「でも死んでねぇだろ! それにラグナル! アンタはアタシに剣を教えてくれてるじゃねえか!」
「……っせぇな。気まぐれだ気まぐれ」
……私とヴィオラのことを忘れていないだろうか。
前回の実地訓練で、私が魔物のたいぐんを呼んでしまった。
それが問題になったのだ。
今回は1人または2人、実際に軍で活躍する人が、私たちにつくことになっていた。
人手不足であっても新兵はいるし、後方支援は必要だ。
今回はそういった人たちが、訓練兵である私たちの監督を任されたというわけだ。
にしても私たちに当たった新兵と後方支援役の人は、どうも癖が強いらしい。
もしかしたらグレゴリーあたりの嫌がらせで、扱いづらい二人を押しつけられたのかもしれない。
いつまでも話が終わらなそうだ。
仕方ない、わって入るか。
「あの自己紹介はしないのでしょうか? 連携をとるにも情報があったほうがよいと思うのですが」
二人が同時にぎろり、と私たちをにらんでくる。
漆黒の三白眼と、ダークブラウンの鋭い瞳がささる。
ヴィオラが必死で私のうしろに隠れようとした。
かくれるのは無理だけどね。
「自己紹介ぃ? どうせ死ぬヤツの名前きいてどうすんだよ」
ラグナルがひくい声をうならせる。
なんで私やヴィオラが死ぬ前提になっているんだ。
簡単に死ぬつもりはないんだけどな。
「……いちおう、これから一緒に行動する仲間ですから。名前と得意なことくらいは知っておいて良いかと」
「ッチ、わーったよ。好きにしろ。どうせ死ぬんだ、覚えねぇぞ」
「アタシもおなじ。覚える気はねぇ。身綺麗なにおいがしてムカつくぜ」
レヴィのはもはや、ただの感想だ。
私たちのことを嫌っているだけではないだろうか。
「……この際、覚える覚えないはおいておきましょう。あなた方のことを知るのは私たちのためになりますので。では私から……私はリア・フェルナンドです。無詠唱の魔法がつかえます。魔物との遭遇時でもお役にたてるかと」
ピクリ、とラグナルの眉があがる。
なんだろう。
興味がないんじゃなかったのか。
「ブラウンの髪……くすんだ淡い金色の目……もしや、てめぇが……」
てめぇが、と言われても心当たりはない。
ジーっとラグナルを見るが、記憶にない。
どこかですれ違ったりでもしただろうか。
ラグナルはどちらかと言うと、貧民街のほうが似合いそうだ。
私との接点はないように思えるが。
「私のことを知っているのでしょうか?」
「……ッチ、なんでもねぇよ。サリアのヤツ……仕組みやがったな……おかしいと思ったぜ。俺が後方なんてよぉ……」
なんでサリアさんが出てきたんだ?
このぶっきらぼうで粗野な男と、サリアさんと接点があるとは考えられなかった。
そんなことを考えていると、いきなり肩をどつかれた。
「おい、てめぇ、ラグナルのなんだ?」
レヴィだった。
なんで私がレヴィにラグナルについて聞かれているんだろう。
むしろ私が聞きたいくらいだ。
「なに、とは? ラグナルさんとは初めてお会いしたかと思うのですが」
「てめぇ……名前知ってんじゃねぇか! ふざけやがって! バカにしてんのか!?」
「……いえ、あなた方の会話からわかったんですが……」
指摘してやるとレヴィはだまった。
思うところが多くあったらしい。
すこし冷たくなってきた風が草原の葉をゆらす。
私はレヴィがだまったのを良いことに、ヴィオラの腰に手をまわした。
こっちもチームとして動くにあたって自己紹介が必要だろう。
意味をさっしたのか、ヴィオラはすこし緊張しながらも前にでた。
「あ、あのヴィオラ・ブラックウッドです。その……攻撃はできませんが防御魔法と回復魔法が得意です」
「そーかい」
「へぇ、そんなのもあんだな。便利そうじゃねぇか」
興味なさそうに答えるラグナル。
一方のレヴィはいい方向の興味をむけた。
もしかしたらレヴィは魔法について、あまり詳しくないのかもしれない。
「では、私たちの方は話しましたのでラグナルさんとレヴィさんも良いでしょうか」
「ッチ、わーったよ。俺ぁラグナル。こいつが俺のエモノだ」
腰に持っていた剣をたたく。
どうやら、それ以上の説明をするつもりはないらしい。
しかし私にとっては前でおさえてくれる人がいるのは嬉しかった。
夜の訓練はつづけていたものの、満足はできていなかったからだ。
すこし口が悪いから、と言って蔑ろにはできなかった。
ヴィオラはちょっとおびえて可哀想だが、そこは私がカバーしよう。
「アタシはレヴィ。アタシも剣しか使えねぇ。アンタらがつかう魔法ってのはよく分かんねぇ」
「ありがとうございます。ではラグナルさん、レヴィさん、みじかい間ですがよろしくお願いします」
帰ってきたのは舌打ちだけだった。