第12話
「リアちゃん……その、無理しないでね」
私とガイルを見比べて、ヴィオラのはちみつ色の髪が心配そうにゆれる。
心なしか、声もいつもより少し小さい。
「大丈夫だよ」
「でも、ガイルくんとこれ以上、仲が悪くなったりしたら……またリアちゃんの立場も悪くなるかもだし……」
もしかしてヴィオラは私が勝つ以外に見えていないんだろうか。
たしかに私が勝ったらガイルとは今後、仲良くなれる気がしない。
でも私が負ける可能性もあるわけで……
そんな私の心の中を知らず、サリアさんが無情にも開始の合図をくだした。
「はじめ!」
ガイルが向かってくる。
早い。
でもサリアさんほどじゃない。
木刀が私の首筋をねらっている線が見えた気がした。
わかりやすい。
半歩下がって木刀をかわす。
しかしガイルは予想していたらしい。
また木刀が私の首筋をねらう。
その鋭さは1撃目をこえていた。
前世ならともかく、今世の私がうけたら剣が飛ばされる。
それくらいの力の差がみえた。
私はすぐに土壁を作って、ガイルの鋭い一撃にをふせいだ。
かなり頑丈に作ったつもりだったが、土壁にひびが入っている。
やっぱり直接受けなくてよかった。
「てめぇ……ッ!」
ガイルのまっ赤な瞳に、炎がともったように見えた。
なにもせず受けろとでも言うんだろうか。
でも痛いのは嫌だ。
どうにもこの身体に転生してから、痛みにはかなり弱くなっている気がする。
それに土壁で受けなければ私の負けだった。
手を抜いて勝って嬉しいんだろうか。
「手を抜いた私に勝てて嬉しい?」
「んなわけねぇだろ!! ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」
ふたたびガイルと対峙する。
すぐに木刀が頭を割ろう、とやってくる。
これも当たったら痛そうだ。
私は身体を風にのせて一気にガイルから離れる。
突風があたりを包んで砂ぼこりが舞う。
「クソッ! このチビ! 逃げてばかりいるんじゃねぇぞ!!」
「君の剣が強力だからね。まともに受けたら私の手がひどい目にあう」
「へッ! じゃあそのまま逃げ続けな! 逃げてても勝てねぇからなぁ!!」
ガイルが火炎の矢の詠唱をはじめた。
距離をつめきれないと思ったんだろう。
遠距離と近距離をまぜて戦うようにしたらしい。
そうなると面倒だ。
火炎の矢の詠唱がおわる前に勝つのが理想。
しかしガイルには詠唱を中断して、剣で応戦するという手段があった。
剣術としての良し悪しはともかく、今の私がガイルに剣で勝てる未来が見えなかった。
接近戦はリスクが高すぎる。
思考をめぐらせる。
ガイルの立場で、火炎の矢が無効化されたらどうする?
簡単だ。
自分で突っ込めばいい。
むしろ私の魔法の威力を知っている以上、それしかない。
火炎の矢すらも、布石かもしれない。
行動が分かれば、どうすれば良いかもわかる。
私が狙うのは――カウンターだ。
「鋭き矢となり貫け!」
来た。火炎の矢が放たれる。その瞬間に水の壁を作り上げ、火炎の矢をけす。
思ったとおり。
ガイルは魔法で勝とう、とは思ってなかった。
私のほうへと突っ込んできていた。
が、それが狙いだ。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
高くジャンプしたガイルは水の壁を飛びこえ、私に向かって木刀を振りおろす。
―—ここだ。
空中で避けるのは非常にむずかしい。
私は土の拳を作りあげ、高くジャンプしているガイルの腹の位置においた。
あとは勝手に自爆するだけ。
「ぐぼあぁぁ」
ガイルの身体が「く」の字に曲がっている。
人が出してはいけない声が聞こえる。
ガイルが苦悶の声をあげて、土の拳からずり落ちた。
「が、ぐ、クソッ! ゲホゲホッ! クソ、クソ、クソッ!!! そんなはず、そんなはずねぇ……! 俺がこんな負け方をするわけねぇんだ……!」
木刀を杖に立ち上がろうとするが、腹部への一撃が響いて立つこともできない。
勝負はついたはずなんだけどな。
サリアさんを見ても、まだ止める気はないらしい。
仕方ない。
私は木刀の切っ先をガイルの前に出す。
「私の勝ちでいいね」
「ふ……ふざけるな……ッ! 俺は、俺はまだやれる!」
まだやれる、と言ってもね。
立てない以上、勝負はついてる。
「サリアさん、まだやるんですか?」
サリアさんが首を横にふった。
淡い金色の髪が、さらさらと広がった。
「いや、勝負あり。リアの勝ちだ」
「クソックソッ……! なんでだ、クソォ!!! 俺が、俺は……強いんだ……ッ! こんなところで負けてられるか……!」
さっきも言っていた気がするが、ガイルは妙に功績を欲している。
たしかに養成所は軍所属と言うこともあり、少しばかりの賃金がでる。
功績をあげれば一時金も出るし、軍への編入も早くなる。
貧民街の出身と言っていたし、家族が暮らせない状況なんだろうか。
「君はどうしてそんなに焦っているんだ」
「焦ってなんかない! 俺はッ―—」
「いや、焦っているよ。理由はなんだい?」
サリアさんの言葉にガイルは唇を噛みしめる。
唇からうっすらと真っ赤な液体が滴った。
「サリア少将にも、チビにも……言う理由はねぇ……ッ!! 例え辛い過去があったとしても……! 特別な訓練を受けてるチビには……負けらんねぇんだッ!」
ぴくり、とサリアさんの眉が動く。
ところで、いつの間に私は特別な訓練を受けていたんだろうか。
いや、よく考えたらサリアさんとの模擬戦は特別な訓練に入るかもしれない。
軍の英雄と週1回、模擬戦をする。
……十分すぎるほど特別だった。
「君のその焦っている理由には、ネビュロスに因縁があるのか?」
「ネビュロスに!? ねぇよ!」
「私とリアはあるんだよ。だから私たちも君に負けるわけにはいかない。君に負けるということは――君にネビュロスを倒されてしまうからね」
「そんなのっ」
「なら本気でやってみるか?」
サリアさんの海のように青い瞳が、深く濃くなった気がした。
目を見開いて、ガイルを見下ろす。
どことなく悲しいさを秘めているような、初めて見る顔だった。
ガイルがのどを鳴らす。
「理由は人それぞれある。君が弱い理由を他の人のせいにするな」
抑揚が少ない透きとおる声に、苛立ちが乗っていた。
でもその苛立ちは、ガイルには向いていない気がした。
サリアさんは、過去の自分と重なってしまったんだろう。
私の直感がそう告げていた。
「ガイル、君との話は終わりだ。これ以上なにか言うなら、君と私の本当の差を身体に叩き込んでやる。私の友人――レオンのように、冷静さを欠いた行動が命取りになる前に、な」
冷たく言い切るサリアさんだったが、同じ過ちを踏んでほしくない、という気持ちがこもっていた。
それが響いたのかもしれない。
「……わかり……ました……」
呟くように言葉をひねり出したガイルは、項垂れて頷いた。