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第10話

 グレゴリーとガイルに追いつくころには、森のそとに出ていた。


「遅いぞ、お前たち」

「すみません、グレゴリーさん」

「少しくらい良いじゃないっすか」

「ルーカス、君はそういうところが悪いくせだ。言いたくはないが、そのせいで致命的ちめいてきなミスになることもあるだろう。君が一番わかっているはずだぞ」


 グレゴリーに言われて、ルーカスのまゆがピクリと動く。


 たしかルーカスは前線に出ていた、と言っていた。


 それをあえて言うとは。


 グレゴリーも前線に出ていたことを知っているんじゃないのか?


「まあそうっすね……たしかに俺にしかわかんねぇことですね。グレゴリーさん、悪かったです」

「わかればいい。ルーカス、君は確かにふかい傷を負っている。だが、だからこそ訓練兵たちにそのことを伝えなければいけない。同じようになってほしくないだろう?」


 ルーカスは無言でうなずいた。


 ——本来は訓練兵を気遣きづかう良い人なんだよ。


 ふと、さっきの言葉がよみがえる。


 私はグレゴリーの表面しか見えていなかったのかもしれない。


 たしかに今の言葉にはグレゴリーなりに、私たちに死んで欲しくないと思う、そんな気持ちが伝わってきた気がした。


 先ほども私にお礼を言っていた。


 それもグレゴリーの真面目さと、死んで欲しくない、という気持ちから来たんだろう。


 評価を少しだけ改めていると、遠くから走って近づいてきている人がいた。


 ……あれは、サリアさんでは……?


 なぜ走って私の元へきているんだろう。


「リア、無事だったか?」


 息も切らさず私の元へやってくる。


 そしてそのままぺたぺたと身体をさわり始めた。


 同性でもセクハラになるんだろうか。


「なぜ来た、サリア少将」

「来てはわるいですか? グレゴリー教官」

「ふん、君に教官、と言われるのは違和感しか感じないな。そもそも私よりも君のほうが階級が上だろう。私より上官である君が敬語まで使い、嫌味でも言いに来たか?」


 サリアさんの淡い金髪がゆれ、透きとおった水色の目がグレゴリーをとらえる。


「敬語は養成所時代のくせですよ。来たのはリアが心配だったからです。悪いでしょうか?」

「やはり嫌味ではないか。まあそれは良いとして……リアのことを心配することは悪いわけではない。だが君が気にかけすぎると、逆に注目を浴びることもあるのだ」


 舌打ちをしながら、忌々《いまいま》しそうに答える。


 同時にグレゴリーがあごでガイルを指す。


 ガイルは私を睨みながらこぶしを握りしめている。


 なにも言ってこないところを見ると、私の過去を知って思うところがあるのだろう。


 サリアさんは私とガイルを交互に見比べて、なんとなく事情を察したらしい。


「……事情はなんとなく分かりました。それでも心配なのは仕方ありません」

「はぁ……君に起きたことは私も理解しているつもりだ。心配になる気持ちも分からなくはない。だがリアのことを考えるのであれば、助けすぎも良くない。成長につながらないからな」


 いつもは透き通った湖のような瞳が、すこし濁ったような気がした。


 1年間、一緒に暮らしていたのに、私が知らないサリアさんの顔だった。


 過去に、なにがあったんだろうか。


「……相変わらず、私に当たるのが好きなようですね」

「気づいていたか。その通り、私は君のような才気あふれる者は嫌いだ。凡夫であることを自覚しているのだよ」

「そうですか。嫌いなところ申し訳ないですが、もうひとつ教えてください。リアが心配であったのはその通りですが、ヴェントラの大群を処理する、という任務もあったのです。あの群れはどうなったのでしょうか?」

「ふん、それならば君の弟子に聞けばいいだろう。その子がすべて片付けたのだ」


 サリアさんの瞳に光がもどった気がした。


 同時にととのった顔の頬がすこしだけあがる。


 私が3週間ほどで成長を見せたのが嬉しかったんだろうか。


 たしかに養成所にはいる前の1年間、一緒に訓練していたサリアさんは楽しそうだった。


 あのときは私の成長が見れて嬉しい、と言っていたっけ。


「そうですか。ありがとうございます」

「礼には及ばん。以上か? ならばここから先は養成所の教官である私たちの仕事だ。サリア将軍は帰りたまえ」

「……その件ですが、リアを借りても良いでしょうか?」


 ガイルが、低くうめくような声を漏らす。


 やるせなさに押しつぶされるような表情だった。


 グレゴリーが深くため息をつく。


「……君は私の上官だ。好きにしたまえ」

「ありがとうございます。リア、このあと、少し時間あるかな? 私に3週間の成果をみせて欲しくてね」

「成果、ですか?」


 淡い金の髪がたのしそうに揺れていた。


 成果……もしかして、模擬戦だろうか。


「そう、私と模擬戦をしよう」


 久しぶりに会ったからか、嬉しそうに提案して来る。


 たしかにサリアさんと会う機会は一気にへった。


 でも三週間で私の力が、凄く伸びたということはない。


「たしかにサリアさんとは3週間あっていませんでしたが……そんなに模擬戦したいですか?」

「なんだ、リアは私に成長を見せてくれないのかな?」

「そういうわけじゃないんですけど……」

「じゃあ決まりだよ。さあ訓練場を借りよう」


 おかしいな、私は同意していないんだけど。


 意気揚々《いきようよう》とサリアさんが私の手を引いた瞬間だった。


「ま、待ってくれ! 俺も、俺も連れて行ってくれっ!」


 ガイルが切羽せっぱまったような声で引きとめる。


 グレゴリーの表情が、いつもよりも冷淡にみえた。


「……君は?」

「お、俺はガイル! ガイル・フォシュだ! サリア少将! 俺とも模擬線してくれないか!? このチビにできるんだ! 俺もできるに決まってる!」


 さりげなく私のことをチビと呼んだな。


 少しムッとしたが、ガイルの身長は私よりも20センチ以上は高い。


 反論できないのが悲しかった。


 サリアさんが品定めするように、ガイルのことをじっと見つめる。


 ガイルが生唾をのみこむ音が聞こえる。


「……良いだろう。君も一緒に来るといい。しかしそうなると一人だけ置いていく、というのも寂しいな。私のリアと仲良くしてくれていそうな君も一緒に来ないかな?」

「え、わ、私ですか!?」

「そう、君だよ。名前は?」

「ヴィ、ヴィオラです。ヴィオラ……ブラックウッド……です……」


 サリアさんにニコリ、とされて消え入りそうな声で自己紹介をする。


「サリアさん、ヴィオラは気が小さいので、偉い人との話は緊張してしまうのかと」

「……うーん、そうか。リアと仲良くしてくれているなら私とも仲良くしてほしいんだけどな」

「そ、そうですよね……私もリアちゃんのこと好きですし、な、仲良くできるように頑張りますっ!」

「ふふ、ありがとう。ヴィオラ」


 ヴィオラなりにかなり勇気を出したんだろう。


 サリアさんのほうに向かって一歩前に出ながら答える。


 ヴィオラの背筋がすごく伸びている。


 そのおかげで豊満な胸がつき出ているのが、元男の私としては気になった。


 本当に、どうやったらあんなに大きくなるんだろうか。


 大きくなりたいわけではないが、どうしても気になってしまう。


「……というわけなので、グレゴリー教官。三人とも借りても良いですか?」

「好きにしろ」


 グレゴリーの表情は氷のような冷たい。


 少したかいトーンの声も、心なしか冷たく感じた。

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