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腸(はらわた)を嚙み砕く晩餐

 天井の照明が明滅する倉庫の一角は、まるで世界から隔絶された私刑場(しけいじょう)のように臭気を溜め込んでいた。入口のシャッターは半ば閉まり、薄暗い内部には人影らしきものが無造作に散らばっている。近づくと、それらは“形を保てなくなった死体”の山だった。脂の焦げたような刺激臭と、生肉が腐りかけた鼻を突く悪臭が入り交じり、胃の底をえぐる。


 壁際には、解体された死骸が並んでいる。どれももはや人間の姿とは呼べず、頭部は砕かれ、胴体は雑に切り裂かれ、骨や臓器がむき出しのままだ。鮮血と泥が混ざり合い、そこに小さな虫が群れを成してごそごそと()い回っている。たまらず目をそらそうとするが、床に散らばる断片が嫌でも視界に入ってくる。肉片を踏めば、ぐちゅりと水分の抜けきらない繊維が靴裏にまとわりつき、血と脂が糸を引くように伸びては床へ戻る。


 奥のほうには、大きな鉄台が置かれていた。そこでは、新たな“作業”が行われているようだ。黒いフードをかぶった背の高い男が、がっしりとした手付きで死体を引きずり出し、台の上へ放り投げる。重い音とともに、ぶしゃりと液体が跳ね、その飛沫(しぶき)が鉄台を(したた)り落ちる。死体の腹部はすでに裂け、そこから垂れ下がる(はらわた)や胃の一部が、ちぎれたテープのようにぶらぶらと揺れていた。


 男は横に置いてある鋭利なカッターのような刃物を手に取り、ちぎれてだら下がった内臓をぐいっと掴むと、容赦なく刃を押し当てる。繊維の多い部分が引き裂かれ、がしゃりと嫌な振動が金属に伝わると同時に、中から濁った液が噴き出し、鉄台をどろりと汚していく。遠くで蛆虫(うじむし)がぱちぱちと小さな音を立てながら、こぼれ出た血の滲出液(しんしゅつえき)に寄り集まっていた。


 男はじっと死体の表情を覗き込む。――もっとも、既に頭蓋骨は砕けかけ、両眼はどこかへ飛び出しているから、顔と呼ぶにはあまりに(むご)い。口は半開きで、歯がかみ合わぬまま舌がちぎれている。そこからも血の泡が固まりかけてぬめりを帯びていた。男はその様子を確認すると、またも刃を立て直し、肋骨(ろっこつ)を一本ずつバキバキと折るように処理を進める。へし折れる骨が弾ける音とともに、小さな破片が内臓の泥の中に散らばる。 


 と、そのとき、男の背後から別の人影が近づいた。痩せぎすの体型だが、その目には狂気の火がともり、すでに言語が通じないような(すさ)まじい形相を浮かべている。血みどろの軍手をした手には、半分壊れたハンマーの柄が握られており、先端には肉と骨の欠片が乾きかけてこびりついていた。男はちらりとそいつを見やると、まるで引き継ぐように死体を押しやり、今度はハンマーを持ったそいつが“仕上げ”を始める。


 ごしゃり、ぐしゃり。

 遠慮なく振り下ろされるハンマーが、死体の胸部をめり込むほど砕き、心臓と肺の残りカスをぐちゃぐちゃに潰していく。血液と泡立った体液が混ざりあい、変色した筋繊維や脂肪の塊が床へ落ちてこぼれる。噛み砕くような音が響き、鼻腔(びこう)を突き破る腐臭と鉄臭さがまるで耳鳴りのように頭蓋を揺らす。すでに周囲の床は、言葉で言い表せないほどの赤黒い粘液で湖のようになっていた。


 ハンマーを振るう手は止まらない。折れた肋骨をさらに粉砕し、わずかに原型をとどめていた胸の部分さえもどろどろの塊へと成り果てさせていく。飛び散った破片は天井や壁に点々と跡を残し、エアコンの吹き出し口からも血がたれ落ちる。換気など効きはしない。むしろ生温い腐敗ガスが充満し、曇った室内の空気を震わせる。


 男たちの足元には、既に別の死体や肉片がいくつも転がっていた。腕の一部がまだ動いているように見えるのは、単に残った筋肉が痙攣(けいれん)しているだけなのか、それとも虫が内側で(うご)いているのか。見るに耐えない光景に吐き気が込み上げるが、外へ逃げる道は封鎖されている。いつから誰がこの倉庫をこうしたのかは分からない。だが、とにかく“ここ”は死体をぐしゃぐしゃにして解体するためだけの場所なのだろう――そうとしか思えない惨状だった。


 部屋の隅では、さらに異様な光景が待ち受けていた。キャスター付きの大きなテーブルの上に、まだ原形を留める半死半生の人物が拘束されている。下半身はすでに捌かれたのか見当たらず、血まみれの胴体が呼吸音とともにひくついていた。声を出そうにも喉が裂けたのか、口からはぷくぷくと泡だらけの血が流れるだけ。それを見下ろす男たちは、歯が抜け落ちた笑顔を浮かべながら、次の道具を用意し始める。鋭利なノコ刃や回転する刃先を持つ電動カッターが、鈍い振動音を立てていた。


 「……まだ生きてる、今度は頭部を頼む……」


 聞き取れないほど低い声でそう指示し合い、電動カッターを胴体の脇へ当てた瞬間、キュイーンという金属音があたりを突き抜ける。瞬時に血と肉片がばら撒かれ、内部の骨がバリバリと砕かれる感触が遠くからでも伝わってくる。拘束されている人物の唇がかすかに動くが、悲鳴すら(とど)かない。目だけが虚しく天井を見つめ、そこに生きる意思が残っているのかすら分からない。

 最後に小さな破裂音がして、潰れた頭蓋骨が飛び散った。脳漿(のうしょう)が一気にカッターに巻き込まれ、はじけた赤黒い泥が壁をペイントするように塗りたくる。歯と髪の毛の切れ端も混じり合い、もはやどれがどの部位なのかも判別できない。電動カッターを制御しきれずに、男たちも血だらけになりながらも、その死体の“処理”を完遂してみせる。血と破片の海に立つ姿は、まさしく人ではなく“壊す獣”そのものだ。


 やがて騒音が収まり、電動カッターのモーター音も次第にフェードアウトする。最初にハンマーを振るっていた痩せぎすの男は、また一つ死体を握りしめ、ぐしゃりと脳まで掴み込むように指を突き立てる。そして満足げに舌先で血を舐め取ると、獣じみた唸り声をあげながら、次のターゲットを求めて倉庫の暗がりに消えていく。

 ここには死も安らぎも存在しない。あるのは“ぐしゃぐしゃ”という擬音を繰り返す血と肉の連鎖だけ。何が目的なのか、いつからこうなったのか――そんな理性の問いすら嘲笑うほどの狂気が、この場所を支配している。臭気が体にこびりつき、鼓膜を震わす肉を砕く音に思考が崩される。“どこまでも続く惨劇”という悪夢を、誰も止めることはできない。


 床の血痕が新しい層を重ね、やがては乾き、また新しい犠牲者の血で濡れていく。その繰り返しの中、すべての死体はやがて無残な塊となり、ゴミのように廃棄される――誰一人、命を尊ばれることなく、永遠に血の海に沈むだけの地獄が、ここには広がっているのだ。

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