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第8話 城下町の視察

辺境伯との対面を果たしてから、ローザマリアは毎日を慌ただしく過ごしていた。


本来、女性が婚約先の家で過ごす間は、嫁入り先の女主人から、家のしきたりや作法を学び、共に社交に出て顔を広め、結婚式の準備を進めるのが一般的である。


しかし、ここファーウェル家では、女主人である先代夫人はすでに他界している。先代辺境伯もすでに亡くなり、婚約者の辺境伯は前線で戦っている。ローザマリアが教えを請える者は誰もいなかった。結婚式の準備をしようにも、それに必要な金もない。


普通の女性であったならば、喚き散らしてもおかしくない状況にも関わらず、ローザマリアは溌剌と領地の仕事をしていた。侍女がラーラ1人しかいないため、身の回りのほとんどを自分で行っていた。これまで領地にいる際も、そうして生活していたので、大したことではなかった。


オーウェンから受け取った数年分の帳簿を順に確認して領地の金回りを把握し、辺境や前線の状況について事細かにメモを取っていく。オーウェンの言う通り、この辺境領の財政事情はなかなか苦しい状況であった。


領の収入源は、専ら国からの支給である。魔物から取れる魔石と引き換えに、食料や物資が支給されているのだ。


魔石とは、魔物が消滅すると落とす物で、中に凝縮したエネルギーを宿している。これを魔道具に入れて使えば、何もないところから火や水を起こすことができるのだ。魔石も魔道具も、国で厳しく管理されており、国に納める決まりになっている。


おそらく、国に収められた魔石の大半が、この辺境で取れるものであるため、国境の防衛と魔石の提供の見返りとして、国から最低限の支援を受けているのだろう。


領地の田畑はほぼ壊滅的で、領内の備蓄もほとんどない現状では、この国からの支援が唯一の命綱であった。防衛費として、国からある程度の資金ももらっているようだが、前線に優先して回され、それでも足りない状況であった。


辺境領として、確固たる収入源がない。思ったよりもひどい事態に、ローザマリアは頭を抱えた。


ーーなんとか領地の収入を上げないといけないわ。王家は、アーヴァイン家をファーウェル家の後ろ盾にして、さらなる資金援助を考えたのでしょうけど、お父様からの支援は期待できないし…。


王都を出発する前に、父親に言われた言葉が頭に蘇った。持参金は出すが、それ以上は出さない。そう、はっきりと、侯爵は言ったのだ。持参金があれば、しばらくはなんとかなるかもしれないが、それでも一時凌ぎにすぎない。


今後、継続的な領地運営を考えていかなければ、ファーウェル領は、内部から崩壊してしまうだろう。そうなれば、魔物の襲撃に加え、周辺国から攻め込まれる可能性すらある。なんとしても、この地を守り切らなければならない。


辺境伯が抱える重責の一端が、ローザマリアにも見えた気がした。婚約した以上、辺境伯を支えつつ、重荷を一緒に背負うのが、自分の責務である。そう、ローザマリアは考え、今できる目の前のことを一つ一つ片付けていくのであった。



ある日の昼下がりのこと。ローザマリアは、城下町に視察に行くことにした。帳簿や資料でいくら見ていても、実際の様子を見なければ意味がない。それは、侯爵領にいたときに実感したことの一つであった。


侯爵領の領地管理人は、外に出ることはほとんどなく、人伝に様子を聞くばかりであったが、専属の侍女もおらず、放置されていたローザマリアは、こっそりと屋敷を抜け出して、領の様子を見に行ったりしていたのだ。


オーウェンには当初反対されたが、どうやってもローザマリアの意思が変わらないことを悟ると、代わりにラーラを一緒に連れていくよう約束させられた。


ラーラに借りた平民の服を着て、黒髪をフードの中に隠し、ローザマリアは町に出た。馬車でやって来た時以来に見た町は、鍛冶屋や武器屋が多く立ち並んでいた。


ここの鍛冶屋は腕が優れているようで、できの良い武器を求めて、国内外を問わずに訪れる者も少なくないらしい。小規模だが、商人も出入りしているようだった。


国境の防衛にあたって、常に兵士を募集しているため、腕に自信のある平民も集まって来ているようだった。兵士になれば、戦いに明け暮れることにはなるが、衣食住は保証されるからだ。


人々の様子をじっくりと観察しながら、露天に置かれている商品を指差して、ローザマリアはラーラに問うた。


「あれは何かしら?」

「ああ、あれは、リボンに刺繍をしたもので、コルデラと言います。様々な糸で刺繍をして、大切な人に送るんです!戦地に赴く兵士の妻は、自分で刺繍したコルデラで服やカバンを作って、絶対に帰ってくるよう祈りを込めて夫に渡すのが、この土地の習慣なんです」

「まあ、とっても素敵ね」


色鮮やかに縫われたリボンが、所狭しと飾られているのを楽しそうに見ながら、ローザマリアは歩みを進めた。


町の中央にある広場は、ひときわ人通りが多くなっていた。広場の隅の方では、何やら珍しいものが売っている。


「あれは、メーア国の商人ですね」

「メーア国!?メーア国と言えば、隣にある国で、昔から争っていたのではなかったかしら?」

「ずっと停戦してますし、今は道が制限されてもいないので、最近よく見かけますよ?メーア国からこの地に移り住んでいる人もいるみたいですし」

「そうなのね…」


メーア国は古くから土地を巡って争っている国だが、数百年前から魔物が活発化したことにより、停戦状態となっている。我が国同様、魔物の襲撃に苦しんでおり、国同士の正式な国交は結ばれていないが、こうして商人が行き来できるようになっているのは衝撃的であった。


そのまま町外れに進んで行くと、一気にひと気がなくなる。ポツポツと小さな家が見えるくらいであった。


遠くの方で小さな子供達が遊んでいるのが見える。その手には、何やらキラキラとしたものが握られていた。


「ラーラ。あれって…?」

「ああ、クズ石ですね!小さい魔石です」

「あら、魔石はもっと大きなものでしょう?」


魔石は、だいたい拳くらいの大きさである。魔物によって落とすサイズが違うようで、大きいものは顔くらいのサイズになると聞いたことがある。それに比べて、彼らが手に持っているのは銅貨と同じくらいのサイズで、あまりにも小さすぎる。


「ある程度大きな魔石しか、エネルギーは宿らないので、小さいものは廃棄されるんです。ここも、昔は魔物が来ていたので、地面を掘ったりすると、クズ石が見つかることがあるんですよ。あの子たちも、砂遊びをしていて、見つけたんじゃないかなと思います」

「そうなの…」


その後も、町の隅々を見て周り、帰る頃には、外が真っ暗になってしまっていた。


城に戻ると、帰りが遅いローザマリアたちを心配したオーウェンが、そわそわと落ち着きない様子で、玄関ホールで待っていた。無事の帰りを心底喜ぶオーウェンを見て、ローザマリアはなんだか胸がウズウズとくすぐったくなったのであった。


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