第7話 辺境の朝
パチリと目を覚ましたローザマリアは、ベッドから起き上がった。
昨夜は、疲れもあって早々にベッドに入った。久しぶりに広々としたベッドで眠ったおかげで、体調もバッチリである。
ふと昨日のことに思いを馳せると、ローザマリアは顔をぽっと赤くした。
屈託のない笑顔を見せた辺境伯は、優しくローザマリアの名を呼んだ。そして、留守の間、城を頼むと言ってくれた。ローザマリアになら任せられるとも。
会って数時間もせず、そのように言われたことに戸惑いはあった。しかし、ローザマリアも辺境伯の責任感と誠実さを目の当たりにし、辺境に来るまでに持っていた印象と180度変わった。少々言葉遣いは荒っぽいが、使用人からの忠誠心は高く、領主としては申し分ない人物である。
そんな人物から信頼され、任せられたかと思うと、心がざわざわとして落ち着かなかった。
昨日のことを反芻しているローザマリアの意識を戻すように、ノックの音がして、ラーラが入ってきた。
「おはようございます、ローザマリア様。もうお目覚めでしたか?」
「おはよう、ラーラ。不思議と目が覚めてしまったの。支度をお願いしてもいいかしら?」
「はい!もちろんです!」
ラーラに支度を手伝ってもらいながら、ローザマリアは濃い灰色の質素なドレスに着替える。質素といっても、生地は王都で作られた一級品のため、この辺境の地では浮いているように感じられた。
「閣下はまだいらっしゃるかしら?」
「確か、朝早くに、ジュリアン様と共に出発されたそうです」
「…そう」
昨日の夕方に帰ってきたばかりだというのに、もう出発したらしい。前線は、相当大変な状況なのだろう。それにも関わらず、自分に会うために帰ってきてくれたというだけでも、辺境伯の誠意を感じる。その心意気に応えられるよう、自分も頑張らなければ、とローザマリアは決意を新たにするのだった。
自室で朝食を終えた後、オーウェンの案内で城内を周り、各持ち場にいる使用人たちに挨拶をした。どうやらこの城では、辺境伯の意向で、怪我や年齢が原因で前線を退いた者たちを積極的に雇い入れているようであった。皆、がっしりとした体格で厳つい顔をしながらも、丁寧に接してくれた。
料理長のシドも、同じように怪我で引退を余儀なくされた者のようで、大柄で恰幅のいい身体を、狭いキッチンに収めて立っていた。昨日の料理のお礼を言うと、ぶっきらぼうに返事をしながらも、その顔は赤く染まっていた。
皆、好意的に接してくれ、ローザマリアは安心するとともに、戸惑いも感じていた。なにしろ、侯爵家や領地の屋敷の使用人たちとは、比べ物にならないくらい、皆丁寧に接してくれるのだ。初めての待遇に困惑しながらも、広い城内を周りきって自室に戻った。
ローザマリアは案内してくれオーウェンにお礼を言い、気になっていたことを尋ねた。
「オーウェン、単刀直入に聞くけれど、この城に対して、使用人の数が少なすぎるように思うのだけど、理由を教えてくれないかしら?」
「…はい。先代の奥様が亡くなられてから、この城には女主人がいらっしゃいません。先代も閣下も、前線であるライン砦にいらっしゃることが多く、こちらには最低限の使用人だけを残し、城の維持に努めてまいりました。今回、ローザマリア様がいらっしゃると共に、使用人を新しく雇おうとしたのですが、急なことであまり人が集まらず…。ご不便をおかけして申し訳ございません」
申し訳なさそうに頭を下げるオーウェンに、慌ててローザマリアは声をかける。
「顔を上げて。不便なんて感じてないわ。むしろ、急なことだったのに少ない人数でも丁寧に対応してくれて感謝してるわ。ありがとう、オーウェン」
「もったいないお言葉です…」
「今の人数でも、最低限の城の維持はできているのよね?」
「はい。使用頻度が少ない場所は、定期的に確認を行って維持しております。ただ、ローザマリア様のお世話をする者がラーラ1人しかおらず…。この城には、他に女手がいないので、あと何人か雇い入れる必要があるかと」
「そうね…。それは少し考えがあるから、任せてちょうだい。他に困っていることはないかしら?」
「……閣下より、ローザマリア様に全て任せるよう言われておりますので、正直に申し上げますが、実は…。このファーウェル領は目立った特産物もなく、日々脅かされる魔物への対応で、資金に余裕が無い状況です。足りないところは多々ございますが、先立つものが無い以上、どうすることもできず、ただ現状を維持できるよう努めている状況です」
「なるほど。そういえば、閣下も少し話されていたわね…」
昨夜、あんまり贅沢はさせてやれないと言っていた、辺境伯の言葉を思い出した。
「ここに来るまでに、領地を見てきたけど、田畑自体があまり無いように見えたわ」
「はい…。元々、領内の土地は田畑に向いておらず、育てても十分な量の収穫は見込めません。魔物の対応もあり、男手は前線に駆り出されてゆき、どんどんと人の手が離れてしまったのです」
「…状況は分かったわ。あとで、ここ数年の帳簿を見せてくれないかしら?」
「はい。かしこまりました」
「それと、一つ頼みがあるんだけど、いいかしら?」