表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/38

第6話 辺境伯との対面

ラーラに手伝ってもらい、紺色のエンパイアドレスに着替えたローザマリアは、強張った表情で、ドアの前に立っていた。


ドレスは、ローザマリアが持っている中で一番豪華なものではあるが、装飾は少なく、色合いも地味なものだった。こんなドレスで失礼にならないか心配しながらも、ここまで案内してくれたオーウェンの背を見つめていた。


ーーこの先に、辺境伯がいる…。


辺境伯との初の対面ということもあり、ローザマリアは緊張していた。しかしそれは、恐ろしい噂のある、血塗れの辺境伯への恐怖からではなかった。使用人2人からの話を聞いて、辺境伯への印象は上がっていた。噂など関係なく、ただ自分の目で見たものを信じる、そう考えながら、未来の夫との対面を待っていた。



オーウェンがドアを開いた。

にこやかな笑顔に見守られて部屋の中に進むと、そこには、ガッチリとした体つきで軍服を纏う、真っ赤な髪をした男性が座って待っていた。


その男性は椅子から立ち上がると、ローザマリアの前まで来て挨拶した。


「バルドヴィーノ・ファーウェルだ。よく来てくれた、アーヴァイン侯爵令嬢」

「ローザマリア・アーヴァインと申します」


ローザマリアは、すかさず両手でドレスの裾を持ち、膝を軽く曲げてカーテシーをした。さすが侯爵令嬢としての教育を受けただけあり、綺麗な所作であった。


「楽にしてくれ。ここでは、そんな畏まった挨拶は必要ない」


素っ気ない言葉ではあったが、気分を損ねたわけではないらしく、言い方に棘はなかった。


ローザマリアが顔を上げて辺境伯の顔を窺うと、まるで夕焼けの空のように鮮やかで、どこか切なくなるような赤色が目に入った。茶色の瞳は力強く輝き、まるでローザマリアを見定めるように見つめている。その目に怯えることなく、ローザマリアはしっかりと見つめ返すと、ふっと辺境伯の眼光が緩んだような気がした。


辺境伯は、後ろに立つ男性に目をやり、ローザマリアに紹介した。


「こいつは、俺の補佐をしているジュリアンだ」

「ジュリアン・ハーレイと申します」

「ローザマリア・アーヴァインよ。よろしくね」

「こいつには、俺の身の回りの世話を任せている」


人当たりが良さそうな笑顔をしたジュリアンは、挨拶が終わるとさっと辺境伯の後ろに下がった。


「せっかくだ。食事をしながらゆっくりと話そう」


そう言うと辺境伯はローザマリアの手を取り、席までエスコートした。ゴツゴツとした硬い手には、ところどころ古傷があり、戦いに生きる荒々しさを感じさせながらも、優しくローザマリアを導いた。


互いに席に座ると、オーウェンが料理を運んでくる。やはり肥沃な土地ではないためか、彩りは少なく、芋やただ焼いただけの素朴な料理が多かったが、それでも品数の多さや、優しい味付けからは、精一杯ローザマリアをもてなそうという、料理人の心遣いが窺えた。


「今日は出迎えもできずに、悪かったな」

「いえ、とんでもないことでございます。むしろ、急な連絡であったにも関わらず、こうして迎えてくださり、感謝しております」

「…意外だな。嫌味の一つくらいあるかと身構えていたが…。王都の女は、気性が荒いとばかり思っていた」

「……私は領地で長く暮らしておりましたので」

「なるほどな。王都にいる、ドレスや宝石しか頭にない女だったらと辟易していたんだが…。あんたは違うようだ」


ニヤリと笑いながら、辺境伯はワインの入ったグラスを傾けた。


「知っての通り、このファーウェル領は常に魔物に脅かされている。いつ来るかも分からない魔物相手に、気を抜く暇も余裕もない。おまけに、いつ他国に隙をつかれるかも分からん。だから俺は、常にライン砦で指揮を執り、砦で寝泊まりしている。この城には中々帰っては来れない。つまり、悪いが、あんたの相手をする余裕はないってことだ」


日々魔物に襲われているのなら、領主である辺境伯が前線に立つのは当たり前のことである。王命であるとはいえ、たった一人の婚約者の機嫌を取るよりも、民の命と領地を守ることの方が重要であるのは当然のことだ。


真剣な眼差しで話す辺境伯に対して、理解を示すように、ローザマリアは静かに頷き返した。


「どうやら、理解してくれているようだな。だが、別にあんたを蔑ろにしようとは思っちゃいない。王命とはいえ、決まったことだ。婚約者として、未来の妻として、あんたのことは大事に扱うよう、使用人にも言ってある。この城の中では、好きにしてくれて構わない。ただまあ、砦の防衛や兵の補給で金はカツカツだから、あんまり贅沢はさせてやれないが…。自由に過ごしてくれ」


辺境伯は、自分のことを蔑ろにする訳ではなく、婚約者として尊重してくれるらしい。それが分かっただけでも、ローザマリアは安堵した。急な王命であったにも関わらず、こうしてわざわざ城に帰ってきてくれたことを考えても、辺境伯のことを信頼できると感じた。


やはり、噂とは当てにならないものである。これだけ領民と領地のことを考え、第一線で指揮を執る彼のどこが、恐ろしい人間だというのか。むしろ、家族であるにも関わらず、虐げてきた侯爵家の面々や、冷たく不愛想な使用人しかいなかった領地よりも、よっぽど丁寧で紳士的な対応であった。


「…お気遣いいただき、ありがとうございます。ただ、閣下がそのように領地のため、領民のために進んで前線に立っておられるのに、自分だけ自由に遊んでなどいられません。貴族の家に生まれた以上、私にも義務がございます。何か、私にもできることはないでしょうか?」


身を粉にして領地を思い行動する辺境伯の実直さに感化され、手伝いを申し出たローザマリアを見て、辺境伯はポカンと口を開けた。そして次の瞬間、大きな声で笑い出した。


「ふ、はははははは!!」


ひとしきり笑うと、涙を拭ってローザマリアに顔を向けた。


「やっぱり、王都の女たちとは違うようだ。…婚約したのがあんたで良かったよ。ローザマリア嬢」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ