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第5話 侍女との邂逅

「どうぞ、お入りになって」


ローザマリアが入室の許可を出すと、そこには若い女性が緊張した様子で立っていた。


「ほ、本日からアーヴァイン侯爵令嬢付きの侍女となります。ラ、ラーラと申します。よろしくお願いします!」

「ええ、よろしく。ローザマリア・アーヴァインよ。ローザマリアと呼んでちょうだい」

「は、はい。ローザマリア様。よろしくお願いします」


そう言って、ラーラは再度頭を下げた。


「な、何かご用は、ご、ございますでしょうか?」

「そうね。長旅だったから、少し体を清めたいのだけど、お願いできるかしら?何か拭くものだけでもいただけると助かるわ」

「は、はい。かしこまりました」


そう言って退出した後、バタバタと足音のようなものが聞こえた気がした。先ほどの対応といい、オーウェンとは違って不慣れな様子が見て取れた。


ラーラを待つ間、ローザマリアは、しばらくぶりの柔らかいソファーを堪能していた。馬車の硬い椅子とは雲泥の差の心地良さで、ついうとうととしていると、ラーラがお湯の入った桶と、体を拭く布を持って戻ってきた。


「お、遅くなって申し訳ございません」

「構わないわ。こちらこそ、準備してくれてありがとう」

「い、いえ!その、あまり人手がおらず、お湯を溜めるには時間がかかってしまうので、こんな簡素なものしか準備できず……。も、申し訳ございません」

「大丈夫よ。気にしてないわ。むしろ、忙しい時に手を煩わせてごめんなさいね」

「は、はい!」


相変わらず緊張しているラーラに、ローザマリアはなるべく優しく声をかけた。ローザマリアが怒っていないことが分かったのか、ラーラは少しだけ肩の力を抜いた。


「手伝ってもらってもいいかしら?」

「はい!もちろんです」



体を清めると、久々にさっぱりとして、気持ちが良かった。

ローザマリアは、ソファーに座りふっと一息ついた。


さて、ディナーまでもう少し時間があるとはいえ、そろそろ準備をし始めないといけない頃合いだ。


一応、ドレスやアクセサリーは、領地から王都に来る際に最低限持ってきた物があるので問題はない。支度も、ある程度は自分でできる。王都のパーティーに行く際は、義母と義妹が優先されるので、派手な格好を好む二人の支度が終わるのを待っていると、ローザマリアだけ屋敷に置いて行かれかねないため、なんでも自分でやるようになったのだ。


ラーラに頼んで荷物を持ってきてもらい、早速準備に取り掛かろうとしたのだが、そんなローザマリアに、ラーラが声をかけた。


「あ、あの、ローザマリア様」

「何かしら?」

「お支度の手伝いをさせていただきます」


先ほどからのやり取りで、緊張がほぐれたのか、ローザマリアを窺うように見つめた。ラーラからこうして声をかけられるのには少し驚いたが、手伝ってもらうのは、ローザマリアにとってもありがたいことだった。


「ありがとう。お願いできるかしら?」

「はい!お任せください!」


キラキラした笑顔で返事をしたラーラは、バタバタと音を立てながら準備を始めた。


ラーラに手伝ってもらいながら、ローザマリアは色々と質問をした。


「ラーラはこの地の出身なの?」

「はい、そうです」

「辺境伯家には長く勤めているの?」

「いえ、勤め出したのは、つい2、3日前です。私は少し前まで、隣にあるリール領で、商家のお嬢様のお世話をしていたのですが、首になってしまって…。行くあてのなかった時に、こちらの求人を見て戻って来たんです」

「そうだったの。言いづらいことを聞いてしまったわね。ごめんなさい」

「とんでもないです!あの、以前のお嬢様は気性が荒くて、わたしも合わなかったので…。だから、貴族のお嬢様のお世話って聞いて、すごく緊張してたんですけど…。でもローザマリア様は、さっきから優しく受け答えしてくださいますし。やっぱり噂は当てにならないですね!って、わたし、余計なことを!申し訳ありません」

「…大丈夫よ。優しいなんて初めて言われたわ」

「え、そうなんですか!?前の商家のお嬢様は、すぐ怒鳴ってこられたんですけど、ローザマリア様はそんなことないですし。…王都の貴族様を少しでも怒らせたら、鞭打ちの上、処刑されるって聞いていたんですが....イメージと全く違ってびっくりしました!」


どうやら王都の外では、とんでもない噂が広まっているらしい。確かに、気性の荒い貴族はいるにはいるが、流石に鞭打ちの上処刑するなど、やりすぎである。とはいえ、やはり平民にとっては、貴族とはそういった恐ろしい存在なのであろう。


「流石にそんな話は聞いたことがないけれど…。でも安心してちょうだい。ちょっと失敗したくらいで、鞭打ちなんてしないわ」

「もちろんです!ローザマリア様はそんなことなさるようなお方じゃないってことは分かってますから」


ローザマリア自身は特に何かした覚えはないのに、この数十分ですごい変わりようである。


ラーラはさっきまで固くなっていた姿から一転し、饒舌に語りながらも、その手は動きを止めることなく、テキパキとローザマリアの支度を行っていた。


「そう言えば、人手が足りないってオーウェンも言っていたけど、どのくらいの使用人がいるのかしら?」

「わたしも来たばかりなので詳しくは分かりませんが、少なくとも侍女はわたし一人のようです。辺境伯様のお母様である前辺境伯夫人は、随分前にお亡くなりになられたので。今まで女手が不要だったことから、雇っていなかったようです。だから、今回ローザマリア様がお越しになるに当たって、新しくわたしが雇われたんです」

「そうなの?でも閣下のご支度などもあるでしょう?流石に一人もいないというのは、ないんじゃなくって?」

「辺境伯様のご支度などは、補佐のジュリアン様がなさっているそうです。こちらではパーティーなどもないですし、基本は魔物との戦いですから。侍女がいなくとも問題なかったのでは?」

「なるほど…。やっぱり昔から戦いは多いのかしら?」

「そうですね。常に何かしらの戦いが起きるので。わたしはもう慣れましたが…。辺境の男手は皆、ライン砦に集められています。辺境伯様も砦にいらっしゃることが多いので、元々この城に雇われている人は少ないようです」

「そう…。ラーラは辺境伯様に会ったことはある?」

「遠目でなら見たことはあります。辺境伯様のおかげで、わたし達は無事に安全に暮らせているので、感謝してもしきれません。その婚約者であるローザマリア様のお世話をできるなんて、感激です!精一杯、尽くさせていただきます!」

「ありがとう。でもそんなに気負わなくてもいいのよ?」

「気負ってなんかいません!本心です!」

「…ありがとう」


そのような言葉、侯爵家にいたときは一言もかけられたことはなかった。王都の使用人は、女主人である義母の管理下にあるため、ローザマリアには冷たく、必要最低限のお世話しかされなかった。領地の使用人も先祖代々から侯爵家に仕える者がほとんどだ。侯爵の命で領地を任されていたとはいえ、あくまで主は侯爵と侯爵夫人であり、母の血を引く幼いローザマリアは軽んじられていた。


義母や義妹からは常に蔑まれていたし、滅多に会うことのない父も冷たい目を向けるばかりだ。そうして育ったローザマリアにとって、ラーラの言葉はどう受け止めれば良いのか分からなかった。


ラーラの話しぶりからも、辺境伯に悪いイメージも無いようであるし、これまでの考えや価値観とは全く真逆で、ローザマリアは困惑した。


ーーやっぱり噂は嘘だったのかしら?もう、何がなんだか分からなくなってきたわ…。


そうしてローザマリアが思い悩んでいる間も、ラーラの手はキビキビと動き、着々とローザマリアの支度は進められた。


辺境伯とのディナーまで、あと少しに迫っていた。


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