第28話 王太子からの密命
バルドヴィーノが城に戻った三日後、王太子が辺境に到着した。
今回も馬車は使わずに馬に乗って最速で駆けてきたというのに、相変わらず輝かしいまでの美形に笑みを浮かべており、まるで疲れを感じさせなかった。しかしどこか緊迫した面持ちに、バルドヴィーノは気を引き締めた。
旅の疲れを休める間も無く、王太子はバルドヴィーノとローザマリアに話を始めた。
「まずは無事で良かったよ。結界もうまく起動しているようだね」
「はい。中型とはいえ普通の小型よりも威力はあります。それを防ぎきったということは、あの結界の強度はかなりのものかと」
「それは重畳。やっぱり急いで整備して正解だったね」
「はい。殿下には感謝の言葉もありません。それと、こちらが今回の魔物が落とした魔石です」
バルドヴィーノは、箱に入った魔石を王太子の前に置いた。
王太子が箱を開けると、拳よりも一回りほど大きい魔石が入っていた。
「うーん…。どう思う?」
王太子は、後ろに立つ側近の一人に声をかけた。彼は少し前へ進み出ると、何やら特殊な魔道具を取り出し、魔石にかざした。
「これは、魔石の中のエネルギー値を測るものだよ。研究所が発明した優れものでね」
「…そんな貴重なもの、よく持ち出せましたね?」
「もちろん、こっそり持ってきたに決まってるだろう?」
ニヤリと笑いながら、王太子は得意げに答えた。
魔石に宿るエネルギー量は、必ずしも大きさに比例するものではないのだが、大型の魔物が落とす魔石は別である。大型は、必ず巨大な魔石を落とし、小型のものとは比べ物にならないほど膨大なエネルギーが宿っているのだ。
「…殿下、出ました」
「うん、どうだい?」
「どうやら、かなりのエネルギーが宿っているようです。…大型の魔物ほどではありませんが、それに匹敵する量ですね。小型の魔物が落とす魔石とは、一線を画すものかと…」
「なるほど。やっぱりそうか…」
「やっぱりとは?もしかして、予想されてたんですか?」
神妙な顔をした王太子に、バルドヴィーノが問いかけた。
「最近、過去の文献を見つけたんだ。それによると、大型の魔物は、定期的に魔の森から現れるという。最初は数百年に一度だったそれが、徐々に百年に一度、五十年に一度と、魔物の出現する頻度は高まっていく。そしてその頻度が増すにつれ、大型の魔物の量も増えていくというんだ」
「…今は数十年に一度、大型が現れています。これからもっと増えると…?」
「その可能性が高いと、僕は考えている」
「そんな…!?」
今は結界があるとはいえ、どれだけ大型の魔物に対抗できるかは未知数である。その頻度が増えれば、当然、その負担は並大抵のものではない。
「今回の中型の魔物は、大型の魔物のなりそこないじゃないかと思うんだ」
「なりそこない…?」
「多分、何らかの原因で、大型には成長できなかったのだろう。原因は分からないけどね。…おそらくこれは、大型の魔物が増える前兆なんじゃないだろうか」
「前兆…ですか…?」
確かに、そう考えれば、全ての辻褄が合うような気がした。
「あくまで、最悪の場合だけどね。…少なくとも、今までの魔の森とは、様子が変わってきていることは確かだ。用心に越したことはないね」
今後、大型の魔物が増える可能性を否定できない以上、この国を守る王太子として見過ごすことはできない。それは、バルドヴィーノも同じことだ。この辺境を守る領主として、悠長に構えることなどできるはずもない。
しかし、問題はそれにどうやって備えるかである。今後魔物が増えるといっても、どのように手を打つべきだろうか。バルドヴィーノとローザマリアが難しい顔で考え込んでいると、そんな暗い雰囲気を払拭するかのように、王太子はパチンと手を叩いた。
「そこでだ!」
急に聞こえた大きな音に、驚いて顔を上げた二人に、王太子は爽やかな笑顔でこう続けた。
「このまま魔物が襲ってくるのを待ち構えるのは得策じゃない。結界も完全じゃないし、魔物の量が増えたら、この辺境だけじゃ持たないだろう。だから、こっちから仕掛けるしかない」
「こっちからとは…?」
「バルドには少し話していたけど、実はメーア国と秘密裏に連絡を取っているんだ。あちらも、うちと同じく魔物の襲撃に脅かされているからね。色々と研究しているみたいなんだ。…上手くいけば魔物の発生を止められるかもしれない」
「そんなことできるんですか!?過去にも、何度か魔の森自体を消滅させようと火を放ったりしたようですが、大量の魔物に襲われて失敗したと…」
「うん。これまでは、魔の森ごと消滅させることを考えていた。…でも、魔物だけを消滅する方法を、彼らは知っているらしい」
「だったら、どうしてメーア国はその方法を試そうとしないんですか!?方法があるなら、すぐにでもやればいいのに!?」
「どうやら、色々と事情があるようでね。その方法が難しいのか、準備が足りないのか…。詳しいことはさすがに教えてもらえなかったよ。さすがに、最重要機密だしね。…だが、こちらには結界がある。我が国とメーア国が力を合わせれば、新しい可能性ができると思わないかい?今はいがみ合ってる場合じゃない。何とかメーア国と協力できないか、交渉を進めているところなんだ」
「…確かに、メーア国の知識があれば、新しいことが分かるかもしれませんね。でも、国王の目を盗みながら、かの国と協力を続けるなんてできるんですか?」
「そうだね…。そろそろ僕も、覚悟を決めないといけないと思ってるんだ」
「それって、つまり…」
驚いて声を上げたバルドヴィーノに、王太子は何も答えようとはせず、ただ意味深に微笑んだ。その笑みは、嬉しそうでもあり、悲しそうでもあって、王太子の複雑な心境が窺えた。
「新年祭までには、決着を付けようと思ってる。貴族全員が集まる場だからね。もちろん、君たちにも参加してもらうよ?」
例年、新年には、国王主催のパーティーが開かれている。国中の貴族が集まって、順に国王に挨拶をし、新たな年の始まりを皆で祝うのだ。辺境伯は国境警備があるため、バルドヴィーノも長らく参加していなかったが、次の新年祭には参加するようにということなのだろう。
「新年って、あと二ヶ月くらいしかないじゃないですか!?それまでに、何とかできるんですか?」
「まあ少なくとも、メーア国と話をつけないことには、どうしようもないけどね」
あっけらかんと言い放つ王太子に、バルドヴィーノとローザマリアは固まった。そんな二人に畳み掛けるように、王太子は満面の笑みで言葉を続けた。
「そんな訳で、二人にお願いがあるんだ」