第27話 奇妙な点
報告があった二日後、無事バルドヴィーノは戻ってきた。特に大きな怪我もしてないようで、城の皆で無事を喜んだのだった。
しかし帰ってきたバルドヴィーノは、どこか思い悩んだ顔をしていた。
「今回の魔物は、妙な奴だった」
バルドヴィーノの部屋に、ローザマリアとジュリアン、オーウェンが集められ、今回の魔物の襲撃について話し合われた。
「妙というのは、どういうことでしょうか?」
ローザマリアが代表して問いかけた。
「いつもは小型の魔物が来るだけで、大型が発生するのは数十年に一度だ。なのに、前回の発生からまだ五年しか経ってないっていうのに、こんなに早く大型が発生するのは、正直おかしい」
バルドヴィーノの説明を補足するように、ジュリアンも声をあげた。
「それに今回発生した魔物も、通常の小型のものより大きいですが、大型と言えるほどの大きさもありませんでした。せいぜい中型と言いましょうか。今までは小型か大型かの二種類しかいなかったので、それも妙に思いました」
「ああ、大型よりも一回りほど小さかったな。だから討伐もそこまで難しくはなかったんだが…。今までとは違うやつだったから、念の為、色々と様子を見ていたんだ」
「…大きさ以外は、普通の魔物と同じだったのですか?」
「ああ、特段おかしな事はなかったな。本当に、小型の魔物がちょっと大きくなっただけだったぜ。大型の魔物に見られるような、極端な凶暴性も見られなかったしな」
小型の魔物も凶暴ではあるのだが、大型の魔物は異常なほど凶暴性が増しているらしく、小型の魔物でさえ攻撃し、全てを食うのだ。それを思うと、今回の魔物は小型と同じくらいの凶暴性だったらしい。
「あとは、落とした魔石を調べてみないと何とも言えねーな。見た目はあんまり変わらねーし、そこまで大きくもなかったが…。詳しい解析は、殿下に頼もうと思ってる。あっちの方が専門だからな。近々お忍びで来られることになった」
「分かりましたわ。…取り敢えず、皆さんご無事で良かったですわ」
「ああ、砦も、兵も全員無事だ。言っただろう?そんなにやわじゃねーって。それに、あれくらいの大きさでも、結界はびくともしなかった。それが分かったのもかなり大きい。今後の防衛戦は楽になりそうだ」
「結界…?」
「あー、詳しく話してなかったな」
バルドヴィーノは、ローザマリアに、これまでの経緯と結界について説明した。
国王に内密で行っているため、もしバレたら、関わったものは皆、粛清されるであろう。それを恐れて今までローザマリアには詳しく話していなかったのだが、これ以上、隠しておけるものでもない。
「まあ、いざとなったら国王を討つだけだ。殿下も俺も、その覚悟はある。…ローザを巻き込みたくはなかったんだが…。何があっても手放すつもりもないし、この家に嫁ぐ以上、知っとくべきだと思ってな。悪いな、こんな男が夫で」
悪いと謝りながらも、領地を守る者としての覚悟を決めた目で話すバルドヴィーノは、自分の行いに強い信念を持っているようだった。もし、領地や領民が侵されるようなことがあれば、相手が国王であったとしても、本当に引き金を引くだろう。
やり方はいささか過激ではあるものの、領地を思うバルドヴィーノの心は本物である。ローザマリアも、その思いは同じであった。
「…いいえ。お話しいただいて嬉しいですわ。私も、何があっても一緒にいると誓いましたもの。どこまでもついていきますわ!」
「…ローザなら、そう言ってくれると思ってたぜ。あーー、本当に最高だな!聞いたか、ジュリアン?」
「はい。本当に、閣下の奥方として、これ以上の方はいらっしゃいません」
「そうだろう!…ありがとうな、ローザ」
「い、いえ…」
噛み締めるように感謝を述べられたローザマリアは顔を赤く染めた。
「ローザが送ってくれた物資も助かった。びっくりしたぜ!次から次へと大量に送られてくるからな」
くつくつと笑いながら言うバルドヴィーノに、ローザマリアの頬はさらに赤くなった。
バルドヴィーノが砦に向かってからというもの、全く連絡が来なかったため、万が一のことを想定して、せっせと物資を送っていたのだが、いささか送りすぎたようだ。
「あ、あれはその、何かあった時のことを考えて…」
「ああ、本当に助かったぜ?やっぱり、あんたになら、任せられるって確信した」
バルドヴィーノは立ち上がって、ローザマリアが座っているソファーの隣に腰を降ろすと、そのままローザマリアを抱きしめた。
「最高だ。…ありがとうな、信じて待っててくれて」
「はい…!」
バルドヴィーノのたくましい腕の暖かさに、無事を実感したローザマリアは、静かに安堵の涙を流した。
ジュリアンとオーウェンが、空気を読んでそっと部屋を退室すると、二人は無事に再会できた喜びを分かち合ったのであった。
「本当に、ご無事で何よりですわ…」
「ああ。すぐに連絡できなくて悪かったな。あまり大したことはなさそうだと分かったんだが…。前回のこともあったから、慎重になっちまってな…」
「…前回というと、先代の…?」
「ああ、…聞いたのか?」
「オーウェンから少しだけ…。前回、大型の魔物が現れた際に、先代の辺境伯様がお亡くなりになられたと…」
「ああ…。前回現れたのは、バカでっかい熊型の魔物だった。強い力で城壁は破壊するし、皮膚は厚くてなかなか剣も通さねー。そんな中、親父は的確な指示で魔物を包囲していったんだ…。親父は、辺境を守った英雄だ。…相打ちで死んだら意味ないがな…」
どこか誇らしげでありながらも、寂しそうな声でバルドヴィーノは父親のことを語った。当時まだ十五歳だったバルドヴィーノも一緒に戦い、そして実の父親の死を目の当たりにしたのだった。
「あの時、思ったんだ。こんな魔物が、一生襲ってくるなんて、どうやっても敵わないってな。いつか絶対、限界が来る。あの百戦錬磨の親父ですら、相打ちになるほどの強さだったんだ。次はどうなるか分からねー。そう国王に進言したら、あいつなんて言ったと思う?」
新たなファーウェル辺境伯の当主として国王に面会した際、国王は先代の辺境伯のことを悼むこともなく、吐き捨てるように言ったらしい。「国の資源を食い尽くすだけの辺境風情が、偉そうな口を利くな」と。あまりにもひどい言葉に、ローザマリアは絶句した。そして、国王への不信感の理由も理解した。
「あんな国王に、国を任せられねー。殿下も同じ思いだ。殿下が王になったらなんて、悠長なこと言ってられねーんだ。だから秘密裏に結託して、結界を張った。結果は上々だ。やって良かった。そうじゃないと、いつまたあんなことがあるか分からねーんだからな…」
「…皆、バルド様に感謝していますわ。今回は誰も被害には遭っていないのでしょう?」
「ああ…。本当に、良かった…」
そうして、心の底から安堵の声を出すバルドヴィーノに、ローザマリアは静かに寄り添うのだった。




