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第3話 出発の朝

辺境への出発の朝。

見送りには誰も来ることはなかった。


元々領地で暮らしているローザマリアに、王都の屋敷で仲の良い人など、いるはずもなかった。唯一血の繋がりがある父親さえも、まだ屋敷にいるはずなのに、姿を見せることはない。


必要最低限の荷物だけを乗せた、わずか数台の馬車と共に、ローザマリアは出発した。侯爵令嬢の輿入れとは思えない、あまりにも寂しい旅立ちであった。


「王命での取り決めのため、持参金は出す。だがそれだけだ。あんな野蛮人どもに、これ以上くれてやるものもない」


元々、社交シーズンのために王都に来ただけであったため、ローザマリアの私物は、ほとんどが領地にあった。領地から荷物を送ってもらうよう手配を頼んだローザマリアへの、父からの返事がこれである。


つまり、領地に人を遣るどころか、今ある物以外何も持ち出すなということだ。辺境までお供をしてくれる使用人も、ローザマリアを辺境まで送り届けたら、侯爵邸に帰ることになっており、本当に身ひとつで嫁ぐことになるようだった。


ーー別れの挨拶もないなんて…。


領地から出発した時は、こんな目に遭うだなんて夢にも思っていなかった。元々家族から疎まれているのは分かっていた。領地のことも、都合よく王都から追い出す口実に過ぎないとも感じてもいた。それでも、努力していれば認めてくれるのではないかと思い、真剣に取り組んできたのだが、最初から認められる未来など、あるわけがなかったのだ。


ーー今まで、何をやっていたのかしら。でも分かっていたことじゃない。こんな髪をしている私が、お父様に認めてもらえるはずがなかったんだわ。エミリオ様にも裏切られた…。幼いころのあの言葉も全部、侯爵家に取り入るためだったのね…。



エミリオと出会ったのは、ローザマリアが4歳の時だった。


後妻のキャロルが侯爵家に来てからというもの、前妻リリアーナの存在を一切合切消し去りたいキャロルによって、ナウル国の侍女は次々と国に返されてしまった。唯一残ったリリアーナの乳姉妹である侍女によって、ローザマリアはひっそりと育てられることになった。


父親からの関心も向けられず、屋敷の端に追いやられてはいたものの、王命で結ばれた政略結婚の末にできた子である。迂闊なことをすると侯爵家が責任を負いかねないため、冷遇されはするものの、最低限の衣食住と教育は施されていた。


そうしてひっそりと育てられること4年。ローザマリアは初めて侯爵に会うこととなった。それは、エミリオとの初対面の時でもあった。


「エミリオ・ロッシと申します。麗しのご令嬢にお会いでき、光栄にございます」


栗色の髪をさらりとなびかせ、幼い自分にひざまずき挨拶をした、その優しげな笑顔に、ローザマリアは恋に落ちたのである。侍女以外で初めて、自分に向けられた笑顔。5つ年上で余裕があり、常に気づかってくれるエミリオに、惹かれる気持ちを止めることはできなかった。


その頃はアマーリエが産まれたばかりであった。ローザマリアと共に女児であったことから、遠縁のエミリオを婿、もしくは養子とするために、定期的に侯爵邸に呼ばれていたのだった。


エミリオは、侯爵邸に訪れる度にローザマリアに会いに来た。屋敷から出ることは許されていないローザマリアのために、王都で人気のお菓子や花束を贈り、少しの時間だが一緒に遊んだりもした。


「将来、君の隣に立つために、侯爵様に認められるよう頑張るから。一緒にアーヴァイン家を支えていこう!」


そうエミリオに言われた時、ローザマリアは、初めて自分を必要としてくれる人に出会ったと感じた。そして、この人のためなら、どんなことも頑張れると強く思ったのであった。


その2年後、エミリオから、領地を取り仕切る人がいなくて困っていると聞いたローザマリアは、自ら立候補して領地に向かった。今思えば、あっさりと父の許可が下りたのは、侯爵とエミリオが共謀し、ローザマリアを王都から追い出すためであったのだろう。そうでなければ、一度しか会ったことがないローザマリアに、父親が許可を出すはずもない。



侯爵領の領地は、複数の領地管理人によって管理されている。元々侯爵領は肥沃な土地で、特に何もしなくとも十分な収入を得ることができる。目障りなローザマリアを王都から追い出し、アマーリエを後継にする計画を進めるには、ちょうどいい言い分だったのだろう。


しかし、育ての親であった侍女が流行り病で亡くなり、屋敷で孤独に過ごしていたローザマリアにとっては、初めてエミリオの役に立つことができる機会であった。張り切って領地へと向かい、将来のエミリオと自分のためにも、領地のことを必死に勉強した。幼い自分が口を出すことに、領地管理人達は良い顔をしなかったが、できることから少しずつ始め、いつの日か、エミリオの隣に立つことを夢見て、努力してきたつもりだった。たとえ、年々エミリオと疎遠になり、手紙の一つも返ってこなくとも。その想いだけでここまでやってきたのだ。しかし…


ーー全部無駄になってしまったわ。最初から、私の懐柔が目的だったのね。全て嘘だった…。


これまでの日々を思い返し、エミリオへの想いに苛まれながらも、馬車は順調に辺境への道を進んでいた。


辺境へは、王都から馬車で7日程度かかる。シーラン国の東に位置するファーウェル領は、度重なる戦争と魔物の襲撃により、人が住める場所は一握りほどしかないという。辺境伯の恐ろしい噂も相まって、誰も近寄らない地域となっていた。


結婚式を挙げるのは1年後になるという。結婚式を挙げるまでは、婚約者として嫁ぎ先の家で過ごし、それぞれの家のしきたりや家業を学ぶのが、シーラン国の慣習だ。ローザマリアもこの慣習に従って、早々に辺境へと追いやられたのであった。


ーーファーウェル家…。血塗れの辺境伯…。噂通り、恐ろしい方だったら、どうすればよいのかしら。


不安に怯えようとも、馬車は止まらない。ちょうど王都を出たのか、整備されていない道に入り、馬車はガタン、ガタンと大きく揺れながら、辺境への道を進むのであった。


後継の座を奪われ、初恋の人に裏切られ、全てを失ったローザマリアであったが、これが、彼女が運命の出会いを果たす、最初の1歩となるのであった。


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