第22話 お祭り
ローザマリアとバルドヴィーノは、互いに目立つ髪を隠すようにフードをかぶり、町に降り立った。
町は活気づいており、鮮やかな刺繍をされたコルデラが、至るところに飾り付けられている。以前は、壊れかけの建物があったり、雑多に物が積まれたりしていたが、ローザマリアが地道に対応を進めたおかげで、今ではきちんと整備され、清潔感も保たれていた。
「祭りに来るのは久しぶりだが、今年は一番にぎわってるようだな」
「皆、楽しそうにしていて良かったですわ」
「ああ。あんたのおかげだ…」
「そんなことありませんわ。ライン砦の防衛が強化されたことで、今年はいつもより多くの兵が帰ってきていると聞きましたし、全て閣下のご尽力の賜物です」
「だが、俺だけじゃあ、こんなに早く町を整備できなかったさ…。本当に、感謝してる」
じっとローザマリアを見つめる瞳に、治まったはずの顔の赤みが再発した気がした。こうして感謝を伝えられるたびに、ローザマリアは心がくすぐったくなり、どうしたらいいのか分からなくなっていた。
ただ、繋がれた手にぎゅっと力を入れた。
広場に出ると、周りにはたくさんの出店が並んでいる。食べ物も提供されているようで、おいしそうな匂いがこちらまで漂ってくる。物珍しそうにローザマリアが見ていると、店の店主が声をかけてきた。
「珍しいメーア国の香辛料を使った串焼きだよ!お嬢さん、ひとつどうだい?」
「まあ、メーア国の…?」
「ああ!ピリッと辛みがあって、後を引く美味しさだぜ!」
見せられた串焼きは、ところどころに赤い粉が着いていて、これが辛みの元なのだろうか。興味深そうに見つめるローザマリアの横から、ぬっとバルドヴィーノが顔を出した。
「おやじ、これ二つくれ」
「お!さすがだね、兄ちゃん!まいどありー!」
「え、閣下…」
「いいから。俺も腹が減った。メーア国のも気になるしな」
動揺するローザマリアをよそに、そのまま支払いを終えたバルドヴィーノは、ホクホクと湯気が立ち上る串焼きを受け取った。
「ほら、食ってみようぜ!」
ローザマリアに片方を渡すと、バルドヴィーノは早速串焼きにかぶりついた。
「うん、美味いな!たしかに、ちょっと辛いな。メーア国は珍しいもん使ってんだな」
そのままバルドヴィーノは、店主にあれやこれやとメーア国のことを質問している。
ローザマリアは、手に持った串焼きに目を向けた。淑女として育ったローザマリアに、そのままかぶりつくのは少々勇気がいることだったが、となりで美味しそうに食べるバルドヴィーノを見て、覚悟を決めた。
小さな口を開けて、パクリと一口食べてみる。いつも食べる肉より少し固く筋はあるものの、香辛料のおかげか臭みはない。
「どうだ?」
いつのまにかこちらを見つめていたバルドヴィーノに、ローザマリアは笑顔で答える。
「はい、美味しいです!」
「ふっ、なら良かった。辛くねーか?」
「ちょっと舌がピリッとしますが、大丈夫です」
「そうか。…そういえば、前にもらった茶も、メーア国のだったよな?」
「は、はい!飲んでいただいたのですか?」
「ああ、当たり前だろ?美味かったぜ!この肉を食べた後に、あのお茶を飲んだら、さっぱりしてちょうど良さそうだな」
以前、ラーラ達に言われるまま、リタが持ってきてくれたメーア国のお茶を、手紙と一緒に送ったことがあった。送るだけ送って、その後どうなったか聞いていなかったが、まさか飲んでいてくれたとは。思った以上に、バルドヴィーノはお茶を気に入ってくれたようだった。
「あれ、また飲みたいんだが、どこで売ってたんだ?」
「リタから買ったんです。…またご用意しましょうか?」
「ああ、頼む。…これから、メーア国との付き合いも増えると思う」
「そうなのですか?」
「ああ、殿下がこっそり進めてるから、また話があるはずだ。その時は、頼りにしてるぜ?」
「はい、お任せください!」
「あー、また仕事の話になったな…。今日くらいは仕事のことは忘れようと思ってたんだが…。悪い」
「いいえ。私もついつい考えてしまいますので…」
祭りの雰囲気にそぐわない、真面目な話をしていると、広場の中心で音楽が始まった。さらに人が集まり、円になるように広がっていく。
「何が始まるんでしょう…?」
「ああ、皆で円になって踊るんだ。…俺たちもやるか!」
「え!?私、どうしたら良いか…」
「大丈夫だ、適当にくるくる回ればいいだけだから」
大きな手でぐっと体を引き寄せられて、バルドヴィーノと密着する。顔を上げると、いつもより近い距離で、バルドヴィーノと目が合った。まるで吸い込まれそうな凛とした瞳から目が離せない。
「俺に合わせて動けるか?」
ローザマリアを挑発するように、揶揄うような、面白がるような目でバルドヴィーノが問うた。淑女教育の一環として、一通りのダンスを習得しているローザマリアは、それに応えるようにさらに体を寄せた。
「もちろんですわ」
「ふっ、だろうな!」
初めは周りに合わせるように、体を左右に揺らす。そこから徐々にテンポが速まっていき、くるりくるりと回転しながら踊った。
バルドヴィーノのリードは力強く、それに身を任せながら、陽気な音楽に合わせて踊るのは、とても楽しかった。互いに笑顔を浮かべ、目を合わせながら踊っていると、まるで世界に自分たちしかいないかと錯覚するほど、二人は夢中になっていた。
バルドヴィーノの腕の中で、ローザマリアは羽のように軽やかに回る。二人の息の合った踊りに、周りは踊ることも忘れて、ただ見惚れていた。
さらに速まるリズムに合わせて踊り続け、最後のポーズを決める。
その瞬間、周りからは大きな拍手が巻き起こった。久しぶりのダンスで、乱れた息を整えながら、何がなんだか分からないローザマリアは、周りを見渡した。どうやら最後まで踊っていたのは自分たちだけだったようで、かなりの注目を浴びていた。
ローザマリアとは違い、全く疲れていなさそうなバルドヴィーノも、周りが見えていなかったようで、恥ずかしそうに立っている。
「とっても、素敵な踊りだったわね!!」
「楽しかったー!」
「ああ、あんなの初めて見たぜ!」
「おい、あれって、辺境伯様じゃないか!?」
「もう一曲踊りましょう!」
どうやら、正体がばれるのも時間の問題のようだった。
「逃げるぞ!」
「え、は、はい!」
バルドヴィーノはローザマリアの手をぎゅっと握り直すと、そのまま人ごみをかき分けて走り出したのだった。




