第13話 突然の知らせ
「え?王太子殿下がいらっしゃる…?」
「はい…。私も、今朝届いた閣下からの手紙で知りました」
それは、徐々に日差しが暑さを増し、汗ばむ陽気になってきた頃であった。
朝一番にオーウェンがローザマリアの部屋を訪れたかと思うと、辺境伯からの手紙を渡し、先ほどの言葉を告げたのである。
あまりにも突然の話に、ローザマリアは驚いた。いぶかしく思いながらも、気を取り直してオーウェンに質問する。
「王太子殿下がいらっしゃるのはいつ頃なのかしら?」
「…2週間後とのことです」
「まあ、本当に急なのね…。何か理由があるのかしら?」
「私も詳しくは存じませんが、どうやら閣下が長年進めていらっしゃった、ライン砦の防衛強化のことでいらっしゃるようです」
「そうなの…。分かったわ。手紙を読んだら、閣下へ返事を書くから、またライン砦に届けてくれないかしら?それと、殿下がお越しになるに当たって、色々と準備しないといけないわ。各部署の使用人たちと話がしたいわね」
「かしこまりました。手紙の件は、後ほどラーラかロエナに預けていただければ、私から閣下にお送りいたします。使用人の件も、今日の午後にお時間をいただければと思いますが、いかがでしょうか?」
「構わないわ。よろしくお願いね」
オーウェンは一礼すると、そつのない動きで部屋を出ていった。
それを見送ったローザマリアは、手に持った手紙をじっと眺めた。来客の世話は、女主人の仕事であり、この城においては、ローザマリアの役割である。つまり、王太子を迎え、快適に過ごしていただけるかどうかは、ローザマリアの采配次第なのだ。
ーー閣下の期待を裏切らないよう、頑張らなくては…!!
これからの段取りを考えながら、ローザマリアは急いで支度を整えるのであった。
辺境伯からの手紙によると、王太子の他は護衛が10名ほどしかいないようで、かなりの少人数で訪れるとのことであった。つまり、それだけ急を要する要件であるということなのであろう。ファーウェル城に到着した後は、すぐにライン砦に向かうらしい。出迎えにあたっては、辺境伯が城に戻るようなので、城を出た後のことは辺境伯に任せて良いとのことだった。
王太子は魔物と戦ったこともあるらしく、野宿や野営にも慣れているので、寝床と食べ物があれば他は気にする必要はないと、辺境伯からの手紙には書いてあったが、さすがに辺境を取り仕切る身として、そのような対応ができるはずもない。
色々と問題はあるものの、一番の問題は使用人の数が足りないことである。
ラーラとロエナを雇った後、新しい人は雇っておらず、この城には最低限の使用人しかいない。辺境伯が前線で戦っている中、パーティーを開くことはないし、ローザマリアも特に着飾ったりはしないので、日々の生活には十分事足りていたのだ。
本来であれば、今は社交シーズンであるため、王都の社交界に参加する必要があるのだが、辺境伯は国境を守るという責務のために、必ずしも参加しなくて良いことになっている。結婚までの間、辺境のしきたりを学ぶローザマリアにもそれは適用される。ただでさえ資金がなく、領地が切羽詰まっている中で、社交をする余裕など皆無に等しいため、ローザマリアにとってはちょうど良いことではあった。
しかし、王太子が訪れるとなると話は別である。大々的な訪問でなかったことは幸いであったものの、今の人数ではとても対応できそうにない。
ーーリタに言って、なんとか数日だけでも、人を寄越してくれないか頼むしかないかしら…。
忙しく考えながら、ローザマリアは使用人が待つ部屋まで足を進めた。
使用人たちが待つ部屋に入ると、ローザマリアは、王太子が2週間後に訪問されること、その対応をしなければいけないことを手短に説明した。
緊張と動揺はあったものの、皆、比較的落ち着いていて、協力的であった。どうやら、以前にも王太子が訪問されたことがあったらしい。
「小ちゃい頃から、時々お忍びで遊びに来てんだ、あの王子様。そんな大袈裟な対応をしなくて大丈夫だぜ。こっちの状況は分かってるからな」
「シド、何度言ったら分かるのです。ローザマリア様に、そのような言葉遣いはやめなさい」
「いいのよ、オーウェン。気にしないでちょうだい。それより、シドは直接、殿下とお会いしたことがあるのね?」
「ああ、何度かな」
「じゃあ、殿下のお食事の好みも分かるかしら?」
「あー、いや、何でも食うんじゃねえか?特に好き嫌いとかはなかったはずだぜ?」
「…そう。なら大丈夫かしら。でも、準備が大変ね。数日前から、何人か雇おうと思ってるのだけど…」
「いや、料理は問題ねえ。材料さえあれば、数日前から仕込めるからな。むしろ、変に厨房に入られる方が気が散るぜ。当日は、俺のカミさんに手伝いを頼もうと思うんだが、構わないか?」
「シドがそれでいいなら、私は大丈夫よ。オーウェンも、それでいいかしら?」
「はい、ローザマリア様がよろしければ」
「決まりだな!料理のことは心配すんな。ただ、食材はな…」
「それは、私からリタに頼むわ。後で、どんな食材が必要か確認させてもらえるかしら?」
「おう、分かったぜ」
これで料理の方は目処がついた。
「あとは、部屋の準備も必要よね。そちらは人数が足りるかしら?」
「事前に準備できるので大丈夫かと。問題は当日の人手でしょうか」
難しそうな顔をして、オーウェンが声を上げた。
「そうね…。当日は、私のことは後回しでいいから、ラーラとロエナを殿下たちの世話係にしてちょうだい」
「そんな…!!そしたらローザマリア様が…」
「1日くらい大丈夫よ、ラーラ。心配しないで。ただ、裏方としてあと数人いた方がいいと思うから、やっぱり何人か雇うしかないわね」
「急ですが、大丈夫でしょうか?」
「ちょっと高くつくかもしれないけれど、何とかしてみるわ。他に気になることはあるかしら?」
そうして、各部署の状況を確認しながらファーウェル城一丸となって準備を進めていると、あっという間に王太子の訪問の日を迎えるのであった。