第11話 新しい特産品
「ローザマリア様、閣下からお手紙が届きました」
朝一番でオーウェンから渡されたそれには、ローザマリアが行うことへの了承と、期待しているという辺境伯からのエールが添えられていた。思わず口を綻ばせたローザマリアは、そのままオーウェンに話しかける。
「良かった。閣下からも了承いただいたわ」
「私宛の手紙にも、そう書かれておりました。くれぐれも、ローザマリア様を頼むとも…」
「…閣下は意外に心配性ね。早速で悪いけれど、今日の午後にお願いできるかしら?」
「はい、ご準備しておきます」
生暖かいオーウェンの目に気づかないふりをして、ローザマリアは早口で告げた。
オーウェンが部屋を退出すると、再び手紙に目を向ける。手紙には、力強い文字が踊っており、辺境伯の性格がよく現れていた。
ーー閣下の期待に応えるためにも、なんとかしなくちゃいけないわね…!!
ローザマリアは意気込みを新たにするのであった。
◇◇◇
ユディタは混乱していた。
城下で服屋を営んでいるユディタは、ファーウェル城で執事をしているオーウェンから、辺境伯の婚約者が嫁がれてきたので、いずれドレスを依頼する予定があると、事前に聞かされていた。そして今朝早くに、急ではあるが午後から城に来るようにと連絡がきたのだ。
事前に話は聞いていたし、午後から予定もなかったので、どうせ貴族のお嬢様のわがままで急に決まったのだろうとユディタは少々呆れながらも、了承したのだった。
こんなしがない田舎町で、気位の高いわがままお嬢様が、満足するような物を用意することなど出来はしない。どうせ王都の高級ブティックに話が行くことになるだろう。そう高を括ったユディタは、城に入り、お嬢様が来るのを待っていた。
しばらくして現れたのは、あまり見たことがない黒い髪と、薄紫色の瞳をした凛とした女性であった。地味な装いではあったが、見た目から分かる手触りの良さとその煌めきから、高級な布が使われていることは一目で分かった。
「お待たせしてしまったわね。急な依頼にも関わらず、来てくれてありがとう」
「いえ…、滅相もございません。ユディタと申します」
笑顔と丁寧な言葉遣いで、どこか親しみやすさを感じさせながらも、気品ある仕草で、令嬢は椅子に座った。ユディタも、相手を観察しながら、ゆっくりと椅子に座る。
「ローザマリア・アーヴァインよ。こちらは、私が贔屓にしているローランド商会のリタ」
「リタと申します。よろしくお願いします」
令嬢が座る椅子の、斜め後ろで立つリタに向かって、軽く頭を下げる。しかし、商人が同席するとはどういうことなのだろうか。やはり、もううちで注文することはないということなのか。
疑問を感じながらも、ユディタは大人しく座っていた。貴族相手に、こちらから変に話しかけると面倒になることは、すでに経験から学んでいるのだ。
「実は、お願いがあって今日は来てもらったの」
「はい。ドレスの注文でしょうか…?」
「そう、と言えばそうだけど、違うと言えば違うかしら」
「は…?」
謎かけのような言葉を紡ぐ令嬢に、思わず疑問の声をあげてしまう。
「まずは、これを見てちょうだい」
ユディタの発言を気にすることなく、令嬢はリタという商人に合図した。リタは、テーブルの上に青く光る小さな石を置いた。
「これって…、クズ石ですよね?」
「ええ、そうよ。あなたには、これを使ってドレスを作って欲しいの」
「え…?」
突然のことで、ユディタは言葉を失った。クズ石はエネルギーが宿っていない魔石である。子供の頃、砂の中に落ちているクズ石を探したこともあるし、町外れに行けばちらほらと落ちており、馴染みのある代物である。しかし、これを使ってドレスを作ると、どういうことなのだろうか。
「あの、これは魔石であって、宝石ではありませんよ?それを使ってドレスだなんて…」
「ええ。宝石よりも小さいけれど、この独特の輝きは、クズ石でなければ出せないわ。色も形も様々だから、色々と工夫できそうね」
「ですが…」
ーークズ石を宝石と同じように使うだなんて、本気で言ってるのか?
突拍子もない考えに、ユディタは混乱していた。確かに、宝石とは違う色味、形をしているとはいえ、宝石と比べるとあまりにも小さすぎる。
大きな宝石を付けるというのは、それだけでステータスだ。それぞれの家の財力と権力を持っていることを示す物でもあった。小さなクズ石が、それに敵うはずもない。
「今までは、大きな宝石をたくさん飾り立てて、むしろ宝石を見せるようなドレスが流行だったわ。でも最近は、小ぶりの宝石をたくさん散りばめたりするものも出てきているの。段々と、大きな宝石を使うのは、逆に下品と言われるようになってきたわ。そこで、提案があるの」
令嬢が話す、新しいドレスの案は、今まで聞いたことがないものであった。確かに、これまでの流行であれば、歯牙にもかけられなかっただろうが、流行が変わってきているのであれば、十分にいけるかもしれない。
令嬢は、さすが流行の中心である王都にいただけあって、かなり最近の事情に詳しかった。そこから導き出された今回の案は、確かにやってみる価値はありそうだった。しかしーー。
「あの、確かに素晴らしい提案だと思います。ですが、ここまで決まっているのなら、自分でなくても良かったのではありませんか?王都に御用達のブティックなどもあるでしょうし…」
「…それじゃだめなのよ。これは、この辺境で作られたものでなくてはならないわ。それに…」
「それに、なんでしょうか?」
「あなたの作品を見たわ、ユディタ。その人の骨格や身長に合わせてデザインを変えていたわね。それとメーア国のものかしら、珍しい布も多く見たわ。王都の、ただ流行の服を作るだけのものとは全く別だったわ。今回の計画は、あなたにしかできないと思っているの。…力を貸してくれないかしら?」
自分にしかできない。そこまで言われて黙っていられるほど、ユディタも落ちぶれていない。王都の、完全にワンパターンな流行物しか作らず、ドレスを着る人のことを考えないやり方には辟易していたのだ。独自の経路で、メーア国の布や糸も入手できるし、こんな楽しい計画、やらないわけがない。
「もちろんです!やらせてください!!」
「良かったわ!では、よろしくお願いするわね。何か必要な物があれば、リタに言ってちょうだい。今後は王都からの注文も殺到するでしょうから、人手が足りなくなると思うわ。人手を増やすことも考えないとね」
「え、王都からですか…?」
「ええ、だってこれは絶対に流行るもの。王都の令嬢たちからの注文が押し寄せるわよ?」
自信満々に令嬢は言うが、正直半信半疑であった。
この言葉が正しいと分かるのは、もう少し先のことである。