第8話 囚人と心
毒バエを片付けた後、近くの広めの洞窟で、クリアはヨーク含む囚人たちと合流した。
「みんな君の境遇を聞いたら、喜んで協力するってさ。何人かは怪我で動けないけど、僕含めここにいる十六名が君の味方だ」
ヨークが功績を誇るように語る。
アイアンガーデンに女性はいないらしく、全員が男だ。
皆一様にクリアの振るった力に驚きを見せていたが、死を覚悟して肝が据わっているのか、あまり動揺した様子はなかった。
その中でも一際大柄で、たくましい体つきをした男が代表して名乗りを上げた。
「バルクセス・フルメイラムだ。今年で五十三になる。ここにぶち込まれたのは二年前だが、一応、まとめ役のようなことをやっている。生き延びるためにも指示を出す人間は必要だったんでな」
「バルクセスさんはここでの最年長で、一番古くからいる人なんだ。僕もこの人に命を救われてね」
「森林地帯を抜けられる者はまれなんだが、ヨークはアイアンドールに見つからずにここまでたどり着いたところを、一体の毒バエにつけ狙われててな。俺が洞窟にかくまってなんとか事なきを得たのよ」
「というわけでね。命の恩人なんだ」
ヨークと似たような事情は他の囚人たちにもあるらしく、それゆえにバルクセスという男がいつしかここでのリーダー的立ち位置になったらしい。
一人一人に話を聞く中で、彼らがここにいる理由というのも見えてきた。
囚人たちは、下はニ十代から上は五十代まで、人種も年齢もばらばらだったが、みな共通した点があった。それは全員が国家騒乱罪に問われてここに送られたということだ。
ある者は七大企業の利益の独占に声を上げて。
ある者は七大企業の悪事を暴こうと嗅ぎ回って。
だから、彼らは純粋な犯罪者というより、不穏分子なのだ。
七大企業の治世に反逆する、放っておけばその存在を脅かす可能性を持った不穏分子。
アイアンガーデンは、そんな不穏分子の排除と見せしめのために存在し、処刑を兼ねた試作兵器の実験のためにも使われている。そういうことなのだろう。
そして、彼らが言うには、そんな不穏分子などはイーリスにいくらでもいるらしい。
ゆえに、アイアンガーデンに送られる哀れな死刑囚は途絶えることがないそうだ。
「それだけの数の不穏分子がいるのに、よくまだ国としての体裁を保っていられるもんだね」
呆れたように言うクリアに、バルクセスがしかめ面をして答えた。
「そこが七大企業の憎たらしいところでな。余計な反抗をしようとする者には、徹底的な武力をもって叩き潰すんだが、従う者には繁栄を約束してくれるのよ。元が商売人なだけに、利益をちらつかせるのが上手くてな。実際、大人しく従っていれば食うには困らん。才能さえあれば自力でのし上がって幹部にだってなれる。奴らの内部にいる分には居心地のいい世界なのさ」
「なら、どうして君たちは反抗したの?」
「まあ、各々理由はあるんだが……」
囚人たちそれぞれがお互いの意思を確認するように目配せし、代表してバルクセスが口を開いた。
「俺は自分の店を潰されたのが直接的な理由だな。三十年近く細々と続けてたパン屋だったんだが、奴らの大規模チェーン店が近くにできるってんで、立ち退きを要求されたのよ。で、断ったら強制退去させられて、土地もほとんど無理やり取り上げられた」
バルクセスの体つきはたくましく、元兵士か何かだとクリアは勝手に想像していたが、意外にもパン屋だったらしい。
日々パン生地と格闘することによってこの筋肉は鍛え上げられたのだろう。
「やってられねえよ。昨日まで盛況だった俺の店が次の日には更地になってるんだ。怒りを通り越して唖然としたもんだよ。幸い子供も自立してたし、妻にも先立たれてたんでな。じゃあ、残りの余生をいっそ派手に燃やし尽くすかってんで、奴らに対する抗議活動を開始したのよ。したら、半年もしないうちにこのざまだ」
平然と言ってのけているが、なかなかに気骨のあるパン屋さんのようだった。
「まあ、どいつもこいつも似たような理由さ。職や土地なんかを理不尽に七大企業に奪われた奴ばかり。そんでしまいには死刑宣告だ。笑うしかねえよな」
「でも、みんなちゃんと生き残ってるんだね」
「今のところはな。つっても、限界はある。刑執行までの猶予期間ってところよ。先は長くねえのさ」
「どう上手く隠れたところでこんな箱庭の中じゃすぐに見つかるってこと?」
「それもある。だがなあ、奴らはその気になりゃ、俺達の居場所なんかすぐに分かるのさ。こいつでな」
バルクセスがシャツを脱ぎ去ると、筋骨隆々のたくましい肉体が露になった。
クリアは少しだけ狼狽える。
「……どうして脱ぐの」
「いや、すまんな、嬢ちゃん。つまらねえもん見せちまって。そういうんじゃねえんだわ。ここだよ、ここ」
彼は胸の中心辺り、わずかな傷跡の残る箇所を示す。
「俺達の体の中には心臓近くにチップが埋め込まれてる。俺達がどこに逃げても、連中の方で補足できるようにな。だから、居場所を見つけようと思えば見つけられるのよ」
「……ならなんでそうしないの?」
「そうする理由がねえからさ。いざ新しい兵器を試そうって段になって、肝心の標的が一人も残っちゃいなかったら、奴らだって困るだろ? だから、基本は放任主義なのよ。洞窟に隠れ潜んでびくびく生きようが、絶望して首吊ろうが自由。実験に使いたりゃ、チップの居場所に殺戮機械を送り込めばいい」
「……ひどい話だね」
「まったくだ! あいつら、ひどい奴なのよ」
賢い孫を褒めるようにバルクセスが手を叩いた。他の囚人たちも口々にそれに同調する。
「だから俺達は、嬢ちゃんみたいな無関係な子供がこんな地獄みてえな場所に放り込まれたってんなら、全力でお前を逃がしてやりてえと思うのよ。たとえお前が毒バエの大群を一蹴するぐらい強力な力を持ってるとしてもな。だから、嬢ちゃんが外に出るのに俺達はいくらでも協力するぜ。肉の盾でもなんでもな。なあ、そうだよなあ! お前ら!」
バルクセスが囚人たちに大声で呼びかけると、そこかしこから力強い応答が返ってくる。
「ああ! こんなかわいい子を死なせねえ!」
「どうせ死ぬだけの命! 子どものために使えるなら本望だっ!」
「鉄くずに蹂躙されて死ぬよりこの子の盾になって死ぬ方がよっぽどましだよなあ!」
誰も彼も、何の縁もゆかりもないクリアのために本気で憤っているように見えた。ヨークだけは居心地の悪そうな顔をしていたが。
クリアはそれに小さくない衝撃を覚える。
「……ありがとう、ございます」
深々と頭を下げた。
記憶のない彼女にとって、これが初めてとなる多くの人間との触れ合いだったが、彼らの温かい想いに胸がくすぐられるようだった。
記憶を失う前に自分に何があったのかは分からないが、並大抵のことには感情の欠片さえ感じなくなっていた心が、残雪が解けるようにわずかばかりの温度を取り戻したのを感じた。
「それでどうする? 今すぐにでも討って出るか? 俺達の準備は万全だ。いつでもいけるぞ」
バルクセスが問いかけてきて、慌ててクリアは目元を拭う。
「ええと……、自動機械たちは夜には一度基地かどこかに戻っていくんだよね? だったら、それに乗じて攻められないかなって思うんだけど……」
「なるほど、闇に乗じてか……。悪くないな。その作戦で行こう」
方針が決まると、彼らはそれぞれ持ち寄った保存食を共有し、英気を養う。
クリアが獲ってきた鹿の肉も、全員がおいしそうに頬張った。
「……」
それを遠巻きにしながら、クリアはどこか落ち着かない気持ちを抱えていた。
※
※
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レンは鉄壁で囲まれたアイアンガーデン内部へと足を踏み入れる。
従業員用の通用口をくぐると、目の前には深い森林が広がっていた。
現在時刻は午後三時半。
社長への報告と相談を終え、収容区内に侵入する許可を取り付けた。
アイアンドールを含めた自社機には既に帰投命令を出してある。少なくとも自分の会社で作った機械に殺されるということはない。
他社機はそのままの状態だが、自動機械のほとんどは対人間用なため、サイボーグのレンにはそれほど効果的とは言えないから問題はない。
「あの女の子のことも気になるけど……、まずはやられたアイアンドールの状態を確認しないと」
森の中で破壊されたというアイアンドールは、まだ回収されていないのだ。
回収担当であったグレイスとその同僚があの少女に襲われたことで、一晩が経過した今になっても機体は放置されたままだ。
ただ、座標自体は記録されているので、たどり着くこと自体は容易。
サイボーグとしての脚力を発揮して、すぐに問題の池のほとりまでやってくると、目立つところに焼死体が転がっていた。
あの少女に焼かれたというグレイスの同僚だろう。
「……うっぷ」
正直、軽く目を向けただけで吐きそうになってしまった。
死体を見た経験は、当然ながらレンにはない。
「……成仏してくださいね」
死体を避けるように遠回りして、アイアンドールに近づく。
「ほんとぼっこぼこ」
アイアンドールは完膚なきまでに破壊されていた。
胸の辺りから腹にかけて穴だらけで、反対側の地面が見えている。
写真でも見たが、実物で見るとより衝撃的だ。
レンは機体中央部にあるはずの制御中枢の辺りを確かめた。
「……これは無理かな」
抉られた穴から覗いてみると、制御中枢自体はかろうじて確認できたが、七割方謎の攻撃手段に抉られてしまっている。
やはりデータの回収は不可能のようだ。
おそらく、今朝、少女がやった炎の攻撃に近い何かによる損傷だろうが、詳しくは分からない。
「一応、写真撮って、っと」
昨夜グレイスたちが撮った写真はあったが、深夜だけあって不鮮明で、重要箇所がどこかも分かっていない撮り方だった。破壊状況を詳しく報告するために、詳細な写真を撮影する必要がある。
「ん?」
小型の撮影機を機体に向けながら何枚か写真を撮っているうち、そこかしこに開いた穴の中に、ころんとした塊が転がっているのが目に付いた。
つまんで取り出してみると、それはアイアンドールの部品ではなかった。というか、明らかに銃弾だった。
「……ただの銃弾でこの大穴を開けたって言うの……?」
いくらなんでもそんなはずはない。
アイアンドールの装甲は堅固であり、生半な重火器でダメージを与えられるはずがないのだ。
何せその頑丈さだけが取り柄なのだから。
それをこの程度の口径の弾丸で穿てるはずがない。
「これもあの子の不思議な力によるもの……?」
そう結論付けるしか他にないように思われた。
何にせよ、警戒しておくに越したことはない。相手がただの拳銃しか持ち合わせていないとしても、最大限の注意を払って対処することにしよう。
作業を終えると、レンは足早にその場を去った。
「さて、あの子は私の話を聞いてくれるかな」
森でやることを終えれば、後はあの少女のいた山岳地帯に向かうだけ。そこにいるならよし。いなければ足取りを追うだけだ。
「……戦いたくはないんだけどね」
戦闘になるかどうかは分からないが、なったとしてもどうにかできるだろうとレンは思っていた。
サイボーグになって得た力は強大で、普通の拳銃程度ではかすり傷一つ負わないのだ。
相手が何をしてきたとしても、対応できる自信はある。
「それでも、あの炎の球の正体が何なのかわからない限り、下手な行動は起こしたくない」
それに、アイアンドールを蜂の巣にした攻撃の正体も。
未知というのはそれだけで恐ろしいものなのだ。正体不明が一番恐ろしい。それが何かが分からなければ対処のしようがないのだから。
「いつでも逃げ出せる準備だけはしておこう」
少なくとも逃げるだけなら簡単なはず。
サイボーグの速度には人間は追いつけないのだから。
レンは大地を蹴り、跳躍し、凄まじい速度で以て、クリアの隠れる山岳地帯に近づいていく。