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第7話 ハエと火

 焼いた鹿肉を頬張っていると、洞窟の外から叫び声が聞こえた。


「これだけでもおいしいんだけど、もっと塩味が欲しいなぁ。胡椒とかあればいいんだけど……」


 それと近くに複数の人間の反応。ヨークが仲間を連れて戻ってきたのだろう。彼らが何らかの襲撃を受けているらしい。

 みんなここでの生活に慣れているらしく、深手を負った者はいないようだ。

 何人か軽い怪我をした者はいるようだが、致命的なエネルギーの減少は感じられなかった。

 人間の生命エネルギーのようなものを感じ取れるクリアには、それが手に取るように分かった。


「カレンはどう? 塩分欲しくない?」

「わうぅっ」


 彼女は軽くうなりながら、洞窟の入口に警戒の目を向けている。

 クリアは構わず、鹿肉を咀嚼した。


「悪いけど、ちょっと面倒なことになった」


 ヨークが足早に洞窟に駆け込んでくる。今さっきの襲撃によるものか、頬を浅く切り裂かれていた。


「どうしたの?」

「飛行型の索敵に見つかったんだ。僕らが毒バエと呼んでる奴でね。名前通り、ハエみたいにすばしっこくて、毒針でこっちの動きを鈍らせてくるんだ」

「鈍らせるだけ? 致死毒じゃないの?」

「あれは多分、戦闘が目的の自動機械じゃないんだろうね。敵を生きたまま捕らえたいときに使う機種だ。その実験をここでしてるんだろう。どっちにしろ、アイアンガーデンの中で行動不能になれば死に直結するからね。あまり違いはないよ」

「ヨークさんのれーざーは使えないの?」

「使えないこともないけど、ここじゃエネルギーを補充できないから、撃ち尽くせば終わりなんだ」


 その割にはクリアに印象付けるためだけに撃っていたようだったが、それは必要経費だったということなのか。

 ヨークの言動にはとにかく微妙に納得しかねる点が多いが、ここを出るためには彼の協力が必要そうなのも確かだ。

 結局クリアは何も言わずに鹿肉の骨を放り投げる。空中で小型の火球をぶつけると、地面に落ちるころにはその骨は灰に変わっていた。


「外には十機ほどが徘徊してる。他の仲間は近くの洞窟に隠れた。いつもはこんな数いないんだけどね。君がアイアンドールを倒したってことだから、奴らも警戒してるのかもしれない」

「りょーかい」


 クリアは立ち上がって、服の汚れを叩いた。

 話の流れはいまいち気に食わないが、動きの速い相手に自分がどこまで戦えるか試してみるいい機会だ。


「ヨークさんは中に隠れていて、ボクが片付けてくるよ」

「一人で大丈夫かい?」


 そういうふうに話を持っていったのはヨークだろうに、抜け抜けとそう言う彼に、クリアもまた淡泊に返す。


「どうともでもなるよ」

「わうっ!」

「あ、カレンも来る? いいよ。手伝って」


 猛々しく吠えただけで、クリアはカレンの意図を正確に理解した。

 二人で洞窟の出口に向かう。

 物陰からそっと外を窺うと、近くに毒バエとやらが一機飛んでいるのが目に入った。


「歪な形してるなあ」


 全形は五十センチ程度。歪で大きな虫という印象。ハエというよりハチに近いかもしれない。

 二対の羽と青く光る目玉。足はなく、代わりに付いている二つの筒がせわしなくいろんな方向に動いている。恐らくあの筒から毒針を発射するのだろう。


「思ってたよりかなり小さい。あれじゃあ、適当にぶっ放してもどうにもならなさそうだ。火球一発で完全に破壊できるだろうけど、問題はどうやってあれに当てるか、か」


 ハエの動きはかなり速い。

 目で追えないほどではないが、クリア自身よりはかなり速いだろう。まともに向き合っても、死角に回り込まれるだけで致命的な隙を生んでしまいそうだ。


「とりあえず火球を一発」


 洞窟の影に潜んだまま、腕だけ出して火球を放つ。


「あ、気づいた」


 一瞬前までハエのいた位置を火球が通過し、その熱を感知して避けたらしいハエがすぐにこちらに近づいてくる。

 隠れていれば洞窟の中に入ろうとするだろうと予想し、洞窟の入口を塞ぐように障壁を張る。

 が、しかし、ハエは二、三メートルの距離をぶんぶん飛び回るだけで一向に中に入ろうとはしない。


「入った瞬間攻撃されるのを警戒してる?」


 少なくともあの小さいハエですらそれくらいの知能はあるようだった。

 障壁にぶつかって自滅するのを期待したかったが、そううまくはいかないらしい。


「ならやっぱり燃やすしかない!」


 障壁を解除して腕を出す。

 今度は火球を二発放った。

 瞬間、腕に鋭い痛みがはしる。


「いったあ!」


 すぐに引き抜いた二の腕には太い針が一本刺さっていた。

 慌てて引き抜く。


「精度高すぎ。学習能力高すぎ。ボクより頭いいんじゃないの」


 ハエの癖に生意気だ。

 致死毒でないのが幸いだった。

 でなければ、これだけで死んでいた可能性もあった。

 また刺されないよう一瞬だけ顔を出して様子を確認したところ、ハエはなおも健在だった。二発放った火球も外れたらしい。


「どれくらいで毒回るんだろ」


 少なくとも撃たれた左腕は痺れ始めているが、残りの部分はまだ平気だ。

 生け捕るための毒なら、そこまで強いものではないだろうから、一発ぐらいは平気かもしれない。

 と思っていると、カレンが勢いよくクリアの左腕に飛びつく。


「カレン?」

「……うがっ!」


 左腕を甘噛みされ、何だ何だと思っているうちに、カレンの中のエネルギーがクリアの中に流れ込んできたのを感じた。

 不快なものではなかったので、されるがままにしていると、やがて彼女が口を放す。

 その顔の前に緑色の液体が数滴、空中に浮かんでいた。


「えっと、それ、もしかして毒?」

「わう」

「取ってくれたんだ、ありがとう」

「わうわう」


 カレンはその毒を吐き捨てるように洞窟の壁に叩きつける。

 クリアはこの力はそんなこともできるのかと思ったものの、もはやカレンが取った行動に驚くことはなかった。


「でも、うかつに腕も出せないし、どうやってあれ処理しよ」

「わうっ!」


 つぶやいたところでカレンが前に出た。

 入口から顔を出すことなく、隠れた状態のまま、カレンは火球を放った。

 その火球は入口横の壁にぶつかる前にぐいと急激に方向転換し、洞窟の外に出ていった。


「ふむぅ……?」


 カレンが何をしようとしているのかを感覚に意識を集中させ、感じ取る。

 外に出た火球のエネルギーは少し進んだところで一気に爆散した。


「おお!」


 ちらりと顔を出して外を窺うと、ハエは見事に撃墜され、近くの地面に転がっていた。


「そういう使い方ね」

「わう!」


 要は、火球を岩に浸透させたのと逆の原理だ。

 思いっきり爆散させることで、火球を広範囲に散布する。

 火力は小さくなるだろうが、あのハエぐらいならかすっただけでも大ダメージになるだろう。

 もちろん避けようとはするだろうが、飛び散る火の粉すべてを避けるのはどれほど動きが素早くても難しいはずだ。


「相手に見合った使い方をしなくちゃいけないってことだね。動きの遅い相手には威力で攻めて、動きの速い相手には数で攻めるみたいな」

「わうぅ!」


 意を得たりとばかりに吠えるカレンの頭をよしよしと撫で、クリアは再度外を窺った。

 見える範囲にも遠くの方に二、三機、ハエが飛んでいるのが見える。

 恐らく毒針の射程外だと踏んで、また腕だけを外に出す。

 カレンのように、火球の動きをコントロールするのは今のクリアにはちょっと難しそうだった。

 直線的な動きしかまだできそうにない。


「その分、数で攻める!」


 三発同時に火球を生成すると、遠くのハエに向かって放つ。

 近づいたところで爆散させようと思ったが、なぜかそのまま火球はあらぬ方向に飛んで行った。


「もしかして一定距離離れるとコントロールできなくなる?」


 魔法を構築するために使うエネルギー、クリアの体内に流れているこのエネルギーを仮に魔力とすると、この魔力は体から一定距離離れると制御できなくなるようだ。

 あくまで投射するだけなら可能だろうが、動かしたり、爆散させたりするのは離れた場所からでは不可能らしい。


「やべっ、こっちくる!」


 放った火球に反応してハエがこっちに集まってくる。

 慌てて迎撃の火球を生成しようとしたが、その前にカレンが洞窟の外に出て、障壁を張った。


「わう!」


 振り返りながら勇ましくカレンが吠え、クリアはその意図を正確に理解した。


「防御は任せろってことね! おっけー、攻撃は任せて!」


 クリアは障壁の眼前に火球を十個生成する。

 そして、数機のハエが近くによってきて、毒針を発射し、その毒針が障壁に阻まれたのを見届けると、一斉にその火球を放った。

 ハエの群れに近づいたところで一気に爆散させる。

 火の粉が舞い散り、ハエが飛び回る。

 羽を焼かれた機械のハエはあえなく地面に墜落していった。


 ※


 ※


 ※


 記録されたすべての映像が途切れても、レンは開いた口が塞がらなかった。


「何ですか、あれは」

「ね。だから言ったでしょう。すべてはあの女の仕業だと」


 傍らには、グレイス・メインの姿もある。

 レンがアイアンガーデンに着いたのは正午を過ぎて間もなくの頃だった。

 昼食を取る間もないままに、第一発見者であるグレイス・メインの報告を聞き、今日の早朝に撃破された機体があると言うからその戦闘記録を見せてもらったのが今さっきのこと。

 眉唾だと思っていた謎の少女の存在はこれでもかというほどに明確に証明され、その上でその少女は正体不明の謎の力を使った。

 レンと同じくサイボーグであるというのなら、いろいろな疑問は残るが、まだ話は通る。アイアンガーデンに出資している他の企業による実戦でのテストということで納得できなくはない。

 だが、あれはサイボーグがどうとかいう以前の問題だ。

 なぜ何もない空中から炎の塊が現れ、フライビーが焼かれたのか。

 なぜ何もない空中で毒針が弾かれたのか。

 なぜあんなところに子犬がいて、その子犬までもその少女と同じ力を使うのか。

 道理に反していて、まるで理解が及ばない。


「こんなこと、どうやって社長に報告しろって言うんですか……」

「俺だって同じ気持ちでしたよ。常にオンラインでデータリンクしてるフライビーと違って、アイアンドールはスタンドアローンですからね。本体の記録装置が壊れたら、戦闘記録も読み取れない。今日の朝、戦闘があるまでは、誰も俺の話を信じちゃくれなかったんですから。データがあるだけあなたはましなんじゃないですか?」

「……」


 投げやりに言うグレイスの言葉に、レンは頭が痛くなる思いだった。


「確かアイアンガーデンは、イエローコート国土建設の子会社が運営しているんでしたよね? そちらの判断はどうなってるんですか? あの女の子は囚人じゃないんですよね。状況は分かりませんが、巻き込まれただけなら、すぐにでもここから出してあげれば……」

「巻き込まれただけつっても、こっちは仲間一人殺されてるわけでして。ここの本部には報告を上げときましたけど、今んとこ返答はありませんし、こっちとしても、下手に動いてフレイルの二の舞になるのは嫌なんですよ」


 一警備員のグレイスとしては、それは当然の反応だろう。

 雇われ社員でしかないグレイスを責めるつもりはレンにもない。

 それはそれとして、レン自身の対応を決める必要がある。


「今、この少女はどうしているんですか?」

「さてね。それは分かりません」

「分からないってことはないでしょう? ここはあなた方が管理している施設なんですから」

「そりゃあ、囚人の居場所は分かりますよ。ここに入る囚人はみんな心臓近くに生体反応を認識するチップが埋め込まれてる。けど、あの女は囚人でも何でもない。居場所を探す手段がないんです。まさか森ん中全部にカメラを仕掛けるわけにもいきませんし」


 グレイスは半ば投げやりに言った。

 その態度にレンが呆れた声を返す。


「……要するに、ご自身たちの管理している庭のことなのに、何も分からないんですか」

「ええ、その通り。元々、秘密裏に人殺しの実験を行う場所ですんで、中で何が起ころうと誰も知らないのが好都合なんですよ。俺らにとっても、お偉い企業様たちにとっても。これまでそれで問題が起きたことはほとんどありません。だから、あの女の様子なんざ分かりっこない」


 レンはほとほと呆れ果てた。

 アイアンガーデンの噂は今までも聞いたことがあったが、人の生死がかかった場所で、これほどまでに無責任な仕事が横行しているとは思わなかった。


「分かりました。あなた方にはこれ以上、言うことはありません」

「……どうなさるおつもりですか?」

「私が直接言って、あの子と話してきます」

「はあっ!? 正気か、あんたッ。俺の話を聞いてなかったのかよ! フレイルは寝ているあの女に近づいただけで全身を丸焦げにされたんだぞっ。俺だって、何もしてねえのに、背中を一面、炙られた。いや、それ以前に、他の自動機械はどうするってんだよ!」


 慌てた様子のグレイスを前に、レンはにっこりと笑う。


「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫です。私、サイボーグですから」


 そう言ってレンは自分の右手を掲げて見せた。彼女の言葉を裏付けるように、彼女の指の関節一つ一つが稼働して、つなぎ目にはしる機械部分が露になる。


「――」


 それを見てグレイスは何も言えなくなる。


「失礼します」


 丁寧にお辞儀をして、レンはコントロールルームを出て行った。

 一人残されたグレイスは、呆れると共につぶやいた。


「――今どきの女子供は化け物ばっかりかよ」


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