第16話 真と偽
黒い箱に袖口の照準を合わせる。
「壁弾」
魔法少女の衣装の袖口に仕込まれたBB弾が発射され、それを包んだ障壁によって、サイボーグの体すら穿つ威力をもった弾丸が黒い箱に着弾する。
けれど、着弾後も黒い箱はびくともしていない。
衝撃でわずかに後ろに動いただけで、その表面には傷一つない。
相変わらず真っ黒な深淵をたたえている。
薄々想像はしていたが、生半な手段では破壊不可能ということらしい。
カルマ・ディバイドでなら消滅させることができるのは分かっているが、これは一等級のブラックボックス。
百万人分の魔力が込められた理外の代物。
同じく百万人分の魔力を用いなければその因果を断絶させることはできない。
そして、当然ながら、もはや数千ぐらいしか残っていないクリアの備蓄魔力ではそれを成すことはできない。
「これ、どうしようっかなぁ」
さすがにここに放置しておくわけにもいかない。
放置すれば、十中八九、他の七大企業の連中に回収され、悪用されるだろう。
破壊ができない以上、クリアがどこかに隠し持っておくしかない。
「触っても平気かな」
おっかなびっくり近寄って、黒腐が噴き出してこないかを警戒しつつ、拾い上げる。
一見して手のひらに乗るぐらいの小さな箱。
ただし魔力を感知してみれば、その中に込められた魔力の歪さに吐き気が出る。
中に残っているのは大体七十万人分の魔力といったところか。
減ってはいるが、それでも多い。
これがゼロにまで減ったとき、黒腐が噴き出し、そして、その黒腐の湧出は百万という膨大な人間の命を奪わない限り止まらなくなる。
改めて考えると、三等級はともかく、二等級や一等級のブラックボックスに内包されている魔力はあまりに膨大だ。
下手に浪費して魔力が枯渇すれば、万単位の人間の命が失われる。
その管理を七大企業はどうしているのだろうか。
ゼロになるまで使い切るような馬鹿な真似はさすがにしているとは思えない。
好き放題に使っていれば、黒腐による人口減少で国が滅ぶはずだ。
そうなっていないということは使い切るまでに補充する手段があるということ。
黒腐自体は発生しているのだから、三等級のブラックボックスはまた別なのかもしれないが、二等級以上にはまた別の魔力を補充する手段があると見ていいはずだ。
「まあ、それは追々考えるとして」
クリアはポイント・リライトで適当なリュックサックを取り寄せると、ブラックボックスをその中にしまった。
それから、人質の無事を確認しに島の沿岸部に向かう。
意識を失い、手足を縛られた人質たちが数多く倒れている。
正直、魔法塾の場にいた人間かどうかクリアも判断がつかない。
いたような気もするし、いなかったような気もする。
さすがに全員の顔までは覚えていない。
どこか別の場所に捕らわれている人間がまだいたとしてもおかしくはないが、いるかどうかの判断もクリアにはできない。
「トマト、マミさん、メリアは……と」
クリアの認識しているのはその三人くらいで、割と大事に思っているのもその三人くらい。
なので、彼らの姿を真っ先に人質の中に探した。
「あれ……?」
そして、何度探しても人質の中に彼ら三人の姿がないことを見てとって、クリアは徐々に冷や汗をかき始めた。
「まさかまだ海の中!?」
一瞬、さっきの地点に戻ろうかと考えたが、すぐに踏みとどまった。
いくら戦闘中だったとはいえ、ウォードの『肉体』が消えてすぐの時点で人質の魔力は感知できた。
切羽詰まった状況では既になくなっていたので、クリアも彼らのポイント・リライトを行う際に余裕はあった。
飛ばした後に残っている魔力がないか確認もした。
確かにウォードの『肉体』は巨大だったので、もし『肉体』のばらばらな地点に人質が格納されていたとしたら、見つけづらいということはあるかもしれない。
それでも、クリアの魔力の感知範囲は数百メートルで、彼の百メートルに及ぶ肉体をすっぽり包んで余りある。
万が一にも漏れがあったとは考えにくい。
「だとすると……」
人質の誘拐は順次行っているとトーマスは言っていた。
もしあの三人を輸送するのに思ったよりも時間がかかって、この場には間に合わなかったのだとすれば、彼らはまた別の場所にいるのかもしれない。
あるいは、時間がかかったからこそ、『肉体』の中に取り込むのには間に合わず、島内の別の場所に収容されているか。
恐らくはそのどちらかのはず。
「……残ってる箱持ちもいるはずだし」
ここからやるべきことは残敵掃討と残る人質の捜索といったところか。
ウォードを倒しても、まだ仕事は残っている。
クリアは人質たちの拘束だけを解くと、彼らのことはひとまず放置し、島の中心部に向かって飛び立った。
※
結論から言うと、箱持ちはいるにはいたが、ほとんどが戦意を喪失していた。
ウォードがやられたという報告が既に入ったからというのも理由としてはあったのかもしれないが、それ以上に島内に浸透し始めた黒腐の存在が大きい。
クリアが二等級五人、三等級一人のブラックボックスのセーフティを起動したせいで、信じられない数の黒腐がアイアンガーデンにはばらまかれている。
時間の経過とともにそれらが島内に広がっていった結果、敵も味方もまともな戦闘継続は不可能となったのだ。
ほとんどが黒腐から逃げるので必死という有様だった。
「……ま、まあ、結果オーライだね」
戦う必要がないのは朗報ではあるが、もしまだ島内に残っている人質がいれば巻き込まれて確実に死んでいるだろう。
あの三人がその中に含まれていないことをクリアとしては願うばかりだ。
そして、黒腐の性質として一つ分かったことがある。
それは魔力の多い人間の方に寄っていくということだ。
現に地上を見下ろせる低空の位置で空を飛ぶクリアの動きに、黒腐たちは追従していた。
箱持ちの方に数多くの黒腐が群がっているのも道中で何度か目にしたので、クリアだからというわけではなく、魔力の多寡によるもののはずだ。
特に今、クリアは一等級のブラックボックスを有している。
クリア自身というよりはその中の魔力に釣られていると考えるのが自然だろう。
「でも、こうなると、さっきの人質も放ってはおけないか」
沿岸部にはまだ黒腐は寄っていないが、時間と共にさらに散らばっていくのは避けられないだろう。
そうなれば、さっきの人質も危ないのは確かだ。
三人の捜索もこの状況ではあまり意味をなさない。
島外にいることに賭けるしかないだろう。
クリアはステッキを反転させ、人質のいる位置まで戻る。
「……あー」
そして、そのそばに立っている見知った人影を見て、げんなりとした声を上げた。
「ヨークさん」
ヨークトーク・カルギュリアは表情の読めない無表情でクリアを見返す。
それから、腰を折ってクリアに頭を下げた。
「済まなかった」
「……え?」
「さっきの取引の話だ。君が追い詰められていると知って、少々図に乗ってしまったようだ。こちらの都合を押し付けるような取引に君も気分を害したことだろう。これはそれに対する謝罪だ。済まなかった」
「……」
頭を下げ続けるヨークにクリアは呆れた目を向ける。
「今更そんな殊勝な態度を取ってもいろいろと手遅れ過ぎると思うけど」
「確かにそうかもしれない。それでも、ただ僕は謝りたいんだ。人の弱みに付け込むだなんて人間として最低の行為だ。寸刻前の僕はどうかしていた。君のような優しくて可憐な子にあんな卑劣な取引を持ちかけるだなんて、痛恨の極みだ。あのときの自分が恥ずかしい。羞恥の極致で頭がどうにかなってしまいそうだよ。君が求めるなら、今この場で腹を切ることもいとわない」
「あのさぁ」
クリアは呆れを通り越して軽蔑の視線でヨークを見下ろす。
「演技にしてももう少し一貫性のある態度取らないと、たとえ信じてもらえたとしても狂人の類いだと思われると思うよ」
「そうかい?」
クリアが言い終えるか言い終えないかのうちに顔を上げたヨークは悪びれることなくにやりと笑った。
一瞬前までの口だけの殊勝な様子などどこにもない。
「あれだけ腹黒い面を見せておいて、今更いい人ぶろうとしても無理でしょ。ていうか、何しにきたの。僕とはもうあれっきりじゃなかったの」
「はい」
クリアの質問に答える代わりに、ヨークが差し出した手の下に、今まさにクリアが探していた三人の姿が現れた。
トメイト・クタビレア、浅野マミ、メリアルリド・クルスタイン。
「……何のつもり?」
「探してたんだろう? 事の発端には間に合わなかったらしく、港で待機していた部隊から僕が取り返しておいた」
「だから、何のつもりって聞いたんだけど。ボクを手伝う気はなかったんじゃないの?」
「君に手を貸す気はないとは言ったけど、だからといって、僕が勝手に人質を助ける分には何の問題もないだろう。君としても、弟子が助かって万々歳、僕も善行が成せて徳を積んだ。ウィンウィンじゃないか」
「徳とか気にするタイプじゃないくせによく言うよ」
あのまま黙って縁を切れたなら別にクリアとしてはそれでもよかったのだが、そんな単純な話ではないだろうとも思っていた。
そして、逆にこうもクリアを助ける動きをされると、それはそれで気持ちが悪い。
「ヨークさんは何がしたいの?」
「最初に言ったはずだよ。探し物をしていると。そのために君には協力してもらうと。まあ、君が僕の思い通りに動く人間じゃないことは十二分に分かったから、適当に利用することにしたけどね。放っておいても君は七大企業と敵対する。現にそのうちの最大戦力を一人葬ってくれた。僕としてはこれくらいの返礼をしたってかまわないぐらいの気分なんだよ」
「返礼ね」
ヨークにとっても七大企業は邪魔だから、ウォードを片付けたことに対する返礼品がこの三人だというのなら、言っていることも分からなくはない。
ただ、それならそれで、なぜさっきはああも頑なな態度を取っていたのかは気になる。
「ユリアのことはもういいの? それとも、この三人を助けた代わりにまた魔法を教えるのをやめろとか言い出すわけ?」
「……今はいいさ。この三人を助けたことについては別に見返りはいらないよ」
「ふーん。そう」
腑に落ちないところはあるが、一応、筋は通っているだろうか。
追及したところでまたごまかされるだけだろう。
そうクリアが無理やり納得しようとしたところで、ヨークは言った。
「実は僕のいた世界ではユリアは既に死んでいるんだ」
「……え?」
「だから、君がイエローコートと真っ向から戦おうとしているのを見て、少し不安に思ってね。君の一番弟子であるところの彼女も近い将来、危険な目に巻き込まれるのではないかと。自分の世界の妹だけじゃなく、この世界の妹もまた失うんじゃないかって恐怖に駆られた。それで、少し感情的になってしまっていただけなんだよ。いやー、ごめんね。これは本当にそう思っているんだ」
淡々とそう語るヨークの顔には苦笑のようなものが浮かんでいる。
感情的になった自分を恥じる表情のようにも見えるが、真実、何を考えているかはクリアには分からない。
「だから、君の弟子を助けたのは返礼と反省を兼ねているんだ。感情的になって、君に迷惑を掛けてしまったからね。本当にごめん。できるなら今後も君と協力していきたいと思っている。かまわないかな?」
「……別にいいけど」
「そうか! 本当にありがとう。僕も今後は君を不快にしないよう気を付けるよ。じゃあ、またね」
「あ、ちょっと!」
クリアがそれ以上追及する前にヨークの姿は虚空に消える。
勢いに乗せられて頷いてしまったが、果たしてそれでよかったのかと疑問は尽きない。
狐につままれたような気分のクリアだったが、それでも、倒すべき相手は倒し、探していた三人は見つかったのだから、結果としては何も悪くない。
少しだけもやっとした気持ちを感じつつも、クリアはほっと胸を撫で下ろした。




