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第15話 火

 殴り、殴り、殴り、回避し、殴り、カルマ・スライド、ポイント・リライト、殴り、殴り、殴り、殴る。

 一度攻勢に回ったクリアの勢いは簡単には止まらなかった。

 百メートル近い巨体のウォードと違い、クリアの体は圧倒的に的が小さい。

 同じような巨腕を持っていても、腕力の面と『肉体』の上書きによる広範囲攻撃に関してはウォードに分があるが、逆に回避性能と透明な腕や魔法などの手数の多さではクリアに分がある。

 その点において、一度攻勢に回ることができれば、動きの読みやすいウォードを攻めるのは比較的容易かった。

 それでも、一撃喰らえばアウトなので、油断はできないのだが。


「もう少しで海か」


 果敢に攻めを続けているうちに気付けばウォードとクリアの位置は海岸に近づいていた。

 空を飛んでいるクリアと違って、ウォードの動きは地上に限定される。

 海で動きが制限されればそれはクリアに有利に働く。

 海に落とすことができればさらに動きが阻害され、こちらも攻めやすくなる。

 この移動は完全にクリアに利するものだ。


「海の近くはわしの方が不利、そう考えておるのじゃろう」


 クリアの透明な打撃を両腕でガードするようにしながらウォードがつぶやく。


「逃げ場は封じられ、動きに制限が付けられ、回避もままならない。確かにそれはそうじゃろう。――しかし、それはわしが守勢に回っていればの話じゃがな!」


 突然クリアに背を向け、ウォードは海岸に走り出した。

 虚を突かれ、振りかぶった拳が空を切る。

 クリアは風球で加速し、ウォードを追った。

 海岸線までたどり着いたウォードは半ば飛び込むような勢いで海に手を伸ばす。

 そして、その勢いのままに海水をすくい、背後のクリアに投げつけた。


「……!?」


 その攻撃の意図を汲みかねたクリアはそのまま障壁で海水を受ける。

 いくらサイボーグの腕力と言えど、ただの海水では大した威力にはならない。

 確かに巨大化したウォードの手で行えば、濁流が迫ってくるようなものではあるが、それでも空中にいるクリアに対する効果は薄い。

 頭の中に疑問符が浮かんだまま、障壁に海水がぶつかり、そして、飛び散った海水が上から降ってきた段で、クリアはようやくその意図を理解した。


「海水に魔力を……っ!?」


 ウォードのブラックボックスから放たれた黒い魔力が彼のすくった海水に込められている。

 その海水に触れるということはすなわち、彼の『肉体』の上書きの影響を受けるということで。


「いっ……!」


 体の各所にかかった海水から黒い魔力がクリアの肉を侵食し始め、全身に激痛がはしった。


「……因果断絶(カルマ・ディバイド)!!」


 慌ててカルマ・ディバイドで『肉体』の上書きの効果を打ち消す。

 瞬間的な接触だったせいか、海水に込められた魔力は大したものではなかったので、打ち消すこと自体は比較的容易だった。

 しかし、問題はこの攻撃は一度防いで終わりというわけではないことだ。


「これでも仕留めきれんか。じゃが、その顔を見るにどちらが本当に不利かを理解したようじゃな」

「……ちっ」


 確かにウォードの言う通りではあった。

 海岸は向こうの動きが制限されるとはいえ、海水を用いた今の攻撃を乱発されるのなら、こちらの不利の方がはるかに大きい。

 液体による攻撃は障壁だけでは完全に防ぎ切れない。

 ステッキやカルマ・スライドによる移動でも飛沫を完全にかわせるかは微妙なところだ。

 特にカルマ・スライドによる移動は、原因から結果へ滑落するものなので、上から下への移動、つまりは落下のみに限定される。

 何もない空中を下から上に移動するなんていう事象はそもそも人間としてありえないので、滑落する因果自体が存在しないので使えない。

 ステッキによる移動の過程をさらにカルマ・スライドで飛ばすことも、間の工程が複雑すぎて使えない。

 結果、落下するだけのカルマ・スライドは落ちてくる液体をかぶるだけの結果になる可能性が高い。

 あと回避の手段としてはポイント・リライトだが、これはそもそも魔力消費が重いので、あまり連発したくはない。

 ゆえに、海水を使ったこの攻撃はそれなりにクリアの弱いところを突いていると言える。


「海水を使って攻撃か……」


 向こうが環境を利用してくるのなら、クリアもお返しに利用してやりたい気持ちはある。


「やってみるか」


 風球で加速したクリアは足首まで海水に浸かっているウォードに突っ込んでいく。


「凍華氷球」


 生成した二十個の氷球を投射。

 今まさにウォードがすくおうとした海水を手首ごと凍らせる。


「それがどうした!」


 ウォードが力任せに手を振り上げると、今度は砕かれた氷が弾丸となってクリアを襲う。


「障壁」


 それくらいの攻撃ではクリアの障壁は破れない。

 そして、障壁にぶつかってさらに細かくなった氷の破片をクリアは浴びたが、黒い魔力が肉を上書きすることはなかった。


「魔力は魔力で上書きできない」


 因果干渉は魔力を使って起こすものであり、それゆえに魔力そのものに上書きを施すことはできない。

 『破裂』の上書きが障壁に効かなかったように、魔力で形作られた氷にさらに『肉体』の上書きを施すことはできない。


「……小癪な!」


 正確な原理は分からないだろうが、ウォードも何が起こったのかは何となく理解したらしい。

 次弾の氷球を生成したクリアに対して、先んじて足を蹴り上げて足元の海水を飛ばしてくる。

 手ですくうよりも命中精度は悪いだろうが、より速度を重視した動き。

 向かってくる海水を氷球で迎撃するが、飛沫の全てまではカバーできない。

 障壁とステッキの併用でかわそうと試みるが、髪の毛に被弾。

 黒い魔力が侵食してきたところを袖口の壁弾でカットして事なきを得た。

 髪型がぐちゃぐちゃになって気分は下がったが。


「……ジリ貧かも」


 海水を避けるのが想像以上に難しい。

 サイボーグの力で打ち出されるだけでもかなりの速度で迫ってくるのに、液体だから飛び散って目に見えないぐらいの大きさの飛沫になるのが回避の難易度を圧倒的に引き上げている。

 氷球で海面を凍らせて妨害くらいはできるだろうが、ここら一帯を全て凍らせるのはさすがに厳しい。

 それならばまだウォード自体を凍らせる方が早そうですらある。


「水……魔力……上書き……か」


 一つ浮かんだアイデアがある。

 相手が巨大な『肉体』を有していようと、肉体であり生物である以上、外部から取り込まねば生きていけないものがある。

 それを絶つことができれば人は死ぬ。

 サイボーグであろうとそれは変わらない。

 狙うのは――。


「――窒息死!!」


 クリアは全速飛行を開始する。

 ウォードの足元に向かって。

 当然蹴り上げた海水による迎撃が来るが、前面に障壁を展開してある程度の被害は防ぐ。

 飛沫は避け切れないが、致命的な状態になる前にカルマ・ディバイドを使えばいいと高をくくって今は無視。

 激痛に耐えながらウォードの足元に氷球を連続投射。

 海面を凍らせ、彼の股下を抜ける形で彼の背後に回る。


「流凍水氷球」


 水球と氷球の乱れ撃ち。

 氷を砕きながら背後を振り返り、さらに海水の飛沫を飛ばしてくるウォードの動きを止めるように、水と氷のダブルショットで攻め立てる。

 ウォードはそれをかわす素振りすらなく、むしろ受けて立つと言わんばかりに、負けじとあらん限りの力で海水をまき散らし始め、水の華と氷の華が空中に舞った。


「……いったぁ!」


 海水を受け続け、クリアの体の各所が黒ずみ始める。

 臨界点を超える前に、カルマ・ディバイドを発動し、受けたダメージをリセット。

 ただし、すぐに新たな海水が振りかかるため、その効果も一時的なものでしかない。

 それでも、がむしゃらにただ水球と氷球をまき散らし続ける。

 ウォードは氷にまとわりつかれ、クリアは海水にまとわりつかれる。

 意地と意地のぶつかり合い。

 どちらの限界が先に来るかのチキンレース。

 そんなふうにも見えるが、クリアの狙いは別なところにある。

 ウォードの体の動きが氷で鈍り始め、クリアの備蓄魔力が一万を切ったころ、クリアは因果干渉を発動させた。


「ポイント・リライト」


 自身の体の位置をウォードの鼻先へ。


「流霞大水球」


 彼の顔全体を覆うように水球を生成した。


「……っ!?」


 寸前の撃ち合いから突然のゼロ距離への接近。

 ウォードは一瞬たじろいだようだったが、すぐに気を取り直して海水を今度は自身の頭に浴びせる。

 当然、そこにいるクリアも水浸しになり、『肉体』の上書きを実行する黒い魔力が侵食してくるが、カルマ・ディバイドでそれを無効化。

 そのまま水球の維持に全力を注ぐ。


「……ゔぁらかっ!」


 まさかと言ったのかもしれないが、水球に阻まれて音は言葉にならない。

 そこでようやくウォードもクリアの意図に気付いたらしい。

 クリアが狙っているのは氷漬けではなく、水球による窒息だと。

 だが、彼に焦ったような様子はなく、水球を飲み込もうとするような仕草を見せる。

 それはある意味もっとも手っ取り早い対処。

 これだけの巨体ならクリアがどれだけの大水球を生成したところで飲み込むのは容易い。


「そんなことは分かってる」


 だから、彼の喉を防ぐように障壁を展開した。

 黒い魔力の流れに阻まれて、この巨体の体内に魔法を発動させるのは難しい。

 ゆえに、ここまで接近する必要があったのだ。

 嚥下に失敗したウォードが初めて目をむく。

 若干焦りを見せたような表情で今度は両腕を口元に持っていこうとする。

 手で拭う。

 鼻先の異物を払うには本来それだけの動作でいい。

 確かにサイボーグの腕力なら、水球ごと弾き飛ばすことは可能だろう。


「『腕』の上書き」


 先ほど使った『腕』はいまだスタンバイ状態だった。

 海水を防ぐのには不要だっただけで、クリアの意思でいつでも動かせる状態にあった。

 それらをウォードの巨腕を抑え込むために用いる。

 何の障害もなければ、クリアの『腕』はウォードの腕に力負けするだろう。

 しかし、今、彼の腕は乱れ撃ちした氷球によって動きを阻害されている。

 クリアの『腕』でも動きを止めることは可能だった。

 結果、ウォードは腕で水球を払うことにも失敗する。


「……があぐうああ!」


 水球で呼吸を封じられ、飲み込むこともできず、腕は動かせず、ウォードは言葉にならない苦鳴を漏らす。

 サイボーグとて改造されただけのただの人間。

 息ができなければ苦しいし、窒息すれば死ぬ。

 体内に酸素ボンベでも仕込んでいれば別だろうが、水中や毒ガスの中での戦闘を想定しているわけでもなければ、そもそもそんな装備を仕込むことはないだろう。

 鼻口以外のどこかから酸素を取り入れている様子も見えないので、このままならいずれ窒息する。


「はいはい。次は頼みのブラックボックスね」


 黒い魔力が水球を『肉体』で上書きしようと絡みついてくる。


「残念でしたー!」


 ただ、魔力は魔力で上書きできない。

 水球は水であって水じゃない。

 水の役割を果たすだけの魔力だ。

 魔力に魔力で干渉できない以上、その因果干渉は失敗に終わる。

 ウォードの表情がだんだんと鬼気迫るものへと変わっていった。

 彼があがく間にもクリアは追加の氷球で彼の体を凍らせていっている。

 時間が経てば経つほど、彼の体は動かしづらく、この窒息からも逃れづらくなっていく。


「ぐうあああああ!」


 そうして追い詰められたウォードは半ば無理やり体を動かして、顔面から海にダイブすることを選んだ。

 クリアは寸前で空に逃れる。

 離れる間際、水球を氷球で覆うことも忘れない。

 海水で水球を振り払うなんて真似をさせる気はない。

 こいつは絶対にここで窒息させる。

 慈悲はない。

 クリアの弟子を巻き込んだ報いを受けろ。


「氷漬けになれ!」


 自ら海に飛び込んだウォードはもはや袋の鼠だ。

 氷球は容赦なく、さらに彼の体の動きを奪っていく。

 『腕』で腕を抑えつけ、氷球で全身の動きを封じる。

 そして、ウォードはやがてぴくりとも動かなくなった。


「……」


 一瞬の後、百メートルを超える巨体が瞬時に黒い液体へと変わり、そして、水中へ溶けるように色を失っていった。

 どうやら『肉体』の上書きの力が失われたようだった。

 その中から多数の人間の魔力の反応も感じる。

 トーマスの言ったように彼の巨体の中に人質はいたのだろう。

 溺れる前に彼らをポイント・リライトで岸へと運ぶ。

 そして、ウォード・リンページ本来の肉体の反応もまたクリアは感じ取った。

 空中からそこへ近づいていく。


「……はあ」


 海面の氷に引っかかるような形でウォードは意識を失っているように見えた。

 意識を失い、『肉体』の上書きが解除されたことで、呼吸を遮る水球からも解放され、何とか一命をとりとめた。

 そんなふうにも見受けられる。

 あるいは、あえて自分の限界が来る前に『肉体』の上書きを解除し、こうして気を失ったふりをすることでクリアの油断を突こうとしているか。

 後者だとすれば今、彼は虎視眈々とクリアの隙を伺っている。

 ただ、どちらにしろ、クリアのやることは一つだった。


「焼夷火球」


 クリアがつぶやいた瞬間、目を開いたウォードが海水を弾き飛ばした。

 黒い魔力のこもった海水による『肉体』の上書き。

 クリアはそれに眉一つ動かさない。

 海水を全身に浴びるのも構わず、ただ全身全霊を込めて火球に魔力を込める。

 そして、ウォードに放った。


「があああああああああああ!」


 魔力の炎が彼を焼き、絶叫が海に響き渡る。

 海に逃げることをよしとせず、彼の足元は既に障壁で支えている。

 火球の燃焼には何の問題もない。

 クリアの全身を黒い魔力が蝕むが、彼女はそれを全く意に介さず、次弾の火球を装填する。


「焼夷火球」

「ぐがああああああっ!」


 氷が溶け、海水が蒸発し、肉と金属が焼ける嫌な臭いが漂う中、全身を炎に包まれたサイボーグにクリアはただ火を放つ。

 ただ憎悪のままに火を放つ。


「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」「焼夷火球」……


 ウォードが窒息していようといまいと、徹底的に彼を滅ぼすとクリアは決めていた。

 演技だろうが、演技じゃなかろうが、関係がないのだ。

 ただ燃やし尽くすだけなのだから。

 クリアの憎悪でウォードを焼き尽くすとここに来る前にそう決めた。


「……消えてなくなれ」


 そうして、燃えカスになった黒い塊の中から一層色濃い黒い箱がただ静かにその存在を主張していた。

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